読みもの
2021.01.05
大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その34

オーケストラ:古代ギリシア・ローマの時代発祥! 時代とともに意味が変わりゆく楽語

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

弦楽器や管打楽器など、さまざまな楽器の演奏家がたくさん集まった楽団のことをオーケストラと言います。何十人、ときに百人以上が一斉に演奏する様子は、実に圧巻です。

さて、そのオーケストラという言葉ですが、もともとは楽団のことを指していたわけではないのです!

続きを読む

遡ること古代ギリシア・ローマの時代、各地に円形劇場が建設され、そこで演説や演劇が催されていました。段の部分に聴衆が座り、奥の舞台で行われる演劇などを観ていました。

さらに客席と舞台の間にできた、平らな半円のスペースで、演劇に付随する合唱が歌ったり踊ったりしていました。そしてその半円の部分を、古代ギリシア語で「オーケストラ(ὀρχήστρα)」と呼んでいました

2世紀初頭に建設されたボスラの円形劇場(現在のシリア)

それから長い間、オーケストラという言葉は「舞台の手前」という意味で使用されました。

時が過ぎ17世紀前半、オペラが誕生します。いわゆる音楽付きの演劇です。ステージでは歌手たちが演技を交えて歌います。では、音楽家たちはどこで演奏するのか。ステージと客席の間の部分……そう、「オーケストラ」と呼ばれる部分です。現在では、オーケストラピットという名前が浸透していますね。

その後オペラが流行し、オーケストラは「音楽を演奏する人たちが座るところ」という意味になりました。そして、1670年ごろから「オーケストラ部分で演奏する音楽家たち」、いわゆる「合奏する人たち」も指すようになりました。

エドガー・ドガ《オペラ座のオーケストラ》(1869年)
客席からの様子を描いた絵です。向こう側に見える舞台とのあいだに、オーケストラの人たちが座って演奏しているのがわかります。

ちなみにそれまで、楽器を演奏する人たちのことや、オーケストラと呼ばれるスペースで演奏する人たちのことを「ストロメンティ(楽器たち)」、「カペラ/カペル(楽団)」と呼んでいました。現在でも楽団指揮者のことをドイツ語で「カペルマイスター(楽団の親方)」と呼ぶのは、このときの名残りです。

それまで合奏は小さな規模で演奏されていましたが、17世紀後半より楽団の人数が徐々に増やされ、音域や音色に広い幅をもつようになります。さらに19世紀に入ると、オーケストラが一人の指揮者では抱えきれないほどの規模になることも……。

ベルリオーズが副指揮者を伴ってオーケストラを指揮する様子(1845年)

このようにオーケストラは、時代によってさまざまな形に変化してきましたが、実は「オーケストラ」という言葉そのものも、同じく時代とともに変化してきたのです。

オーケストラを聴いてみよう

1. ビーバー:53声部のザルツブルク・ミサ〜第2曲「グローリア」(作曲:1682年)
2. J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番 ニ長調〜第1曲 序曲(作曲:1730年?)
3. ベートーヴェン:歌劇《フィデリオ》〜序曲 (作曲:1805年)
4. ベルリオーズ:葬送と勝利の大行進曲〜第3曲「アポテオーズ」(作曲:1840年)
5. マーラー:交響曲第8番「千人の交響曲」〜第1部より「グローリア」(作曲:1907年)
6. メシアン:トゥランガリーラ交響曲〜第5楽章「星たちの血の悦び」(作曲:1948年)
7. 
ジョン・ウィリアムズ:映画『スターウォーズ/新たなる希望』〜「メインタイトル」(作曲:1980年)

ビーバー 53声部のザルツブルク・ミサ、自筆譜。大編成のオーケストラの曲が書かれ始めた初期の曲ですが、目がチカチカするほどの規模です...!
大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ