読みもの
2021.05.18
大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その50

ラルゴ:イタリア語で「幅広い」の意。遅いテンポを表す楽語ではなかった!?

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

バッハ「チェンバロ協奏曲第5番 ヘ短調 BWV1056」第2楽章の自筆譜。小さい文字ですが、左端にLargoと書かれているのがわかります。

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遅いテンポの指示でよく目にする、ラルゴ。イタリア語で「幅広い、ゆったりした」という意味です。英語のlarge(ラージ)とまったく同じ意味をもちます。

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レントとは違い、直接的に「遅い」という意味ではないので、曲中でラルゴが登場するときには、ゆったりしたテンポや雰囲気を想定して書かれています。

ラルゴは、17世紀より頻繁に登場し、テンポというよりも、音楽に幅を持たせるために用いられていました。例えば、1601年に出版された、カッチーニの《新しい音楽》では、「この小節では幅を広めにとってね」という指示が見られます。

カッチーニ:《新しい音楽》より「あぁ、どこへ行ってしまったの」

カッチーニ 《新しい音楽》より「あぁ、どこへ行ってしまったの」初版

しかし、音楽の幅をゆったりとれば、テンポも自然と遅くなるもの。アダージョアレグロのように、もともとはテンポの指示でなくとも、副次的にテンポに影響が出ることで、18世紀に入ると、ラルゴはテンポの指示としての意味合いが強くなりました。

特にヘンデルは、ゆったりとしたテンポを指示する場合、積極的にラルゴを用いました。

同じく、ヘンデルはラルゲット(Larghetto)という指示も使用しています。ラルゲットは、ラルゴに-ettoという意味を弱くする接尾語をつけた言葉で、少し幅広くという意味になるかと思います。

ヘンデル の歌劇《セルセ》第1幕より「オンブラ・マイ・フ」(ラルゲット)

以降、直接的にテンポの遅さを表すレントほどは遅くないけれど、でもゆったりとしたテンポが必要な場合に、ラルゴが使われるようになりました。

少々脱線しますが、クラシック音楽をこよなく愛した手塚治虫が描いた漫画『ブラックジャック』では、ラルゴという犬が登場します。いつもぐうたらしていて、動きの遅い犬で、作品内では「イタリア語で、ものすごくスローという意味のラルゴと名付けた」とされています。このことからも、ラルゴという言葉がテンポや動きとしての意味合いが強くなった変遷がわかるのです。興味のある方は、手塚治虫文庫全集《ブラック・ジャック》第2巻の「万引き犬」(講談社)を読んでみてください! 

ラルゴを聴いてみよう

1. ヘンデル:歌劇《セルセ》第1幕より「オンブラ・マイ・フ」(ラルゲット)
2. バッハ:チェンバロ協奏曲第5番 ヘ短調 BWV1056〜第2楽章 ラルゴ
3. ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37〜第2楽章 ラルゴ
4. ショパン:ピアノソナタ第3番 ロ短調 作品58〜第3楽章 ラルゴ
5. ブラームス:6つの小品 作品118〜第6番 間奏曲 ラルゴ
6. ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第4番 ト短調 作品40〜第2楽章 ラルゴ

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

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