読みもの
2021.06.15
大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その53

ヴィブラート:イタリア語の振動するに由来! 普及には歴史と弦の種類も関係

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

イタリアのアブルッツォ地方で飼育される羊の群れ。この羊たちとヴィブラートにどのような関係があるのでしょうか?©︎Immobilare caserio

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弦楽器や歌の演奏技法の1つである、ヴィブラート。この言葉は、「震える振動するという意味のイタリア語の動詞vibrareの過去分詞からきています。時代やスタイルにもよりますが、ヴィブラートとは、ある特定の1つの音を上下に少しだけ揺らして演奏されることを指します。

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弦楽器における2種類のヴィブラート

ヴィブラートの歴史のはじまりは中世まで遡るそうですが、その真相は未だ定かではありません。しかし、“ヴィブラートのようなもの”の痕跡は辿ることができます!

カッチーニの曲集《新しい音楽》(1602年)では、トレモロのような歌唱法が紹介されていますが、1つの音を細かく反復する様子は、ヴィブラートと似ています。この種のヴィブラートは、時代とともに大きな発展を遂げてきました。

ここで弦楽器におけるヴィブラートは、大きく2種類に分かれました。

まず、バッハの作品にもよく見られますが、現在のように指でヴィブラートをする代わりに、弦楽器の弓で緩急をつけてヴィブラートをする奏法(ボーゲンヴィブラート)です。

J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番 BWV1050〜第1楽章より
伴奏のヴァイオリンとヴィオラの部分で、同じ音がスラーで結ばれていることがわかります。これは、スラーでまとめられている4つの音を切れ目なく、しかし、音を8分音符ごとに強調させて演奏されます。

もう1つは、弦を押さえた指で行うヴィブラートです。

レオポルト・モーツァルトは著作『ヴァイオリン奏法』(1756年)の中で、「鐘を打った時に残響が波打って聴こえるが、この残響の揺れをトレモロという」と書いていますが、これは、いわゆるヴィブラートの考えに近いでしょう。しかも、まだ当時は、ヴィブラートという言葉は普及していなかったのです。

そして、レオポルト・モーツァルトは、この残響の揺れについて、「弦を指でしっかり押さえ、そのまま手を前後に揺り動かす」ことを推奨しています。まさに、現在のヴィブラートと同じ奏法です!

レオポルト・モーツァルト:『ヴァイオリン奏法』初版〜第11章「トレモロ等について」より
上から順に、ゆったりとしたトレモロ(ヴィブラート)、だんだんと間隔を狭めるトレモロ(ヴィブラート)、速い動きのトレモロ(ヴィブラート)が紹介されています。
ここで音の動きを示す際に「U」もしくは「u」の文字を使っていますが、母音のみで音を示すことで、トレモロのような刻まれた音ではなく、ヴィブラートのような隙間のない音を想像していたことがわかります。

クラヴィコードという、18世紀まで広く使われたピアノのような楽器でも、鍵盤を揺らすことで、弦楽器における指で行なうヴィブラートのような音色を作ることができます。

ただ、指のヴィブラートはあくまでも装飾のような効果として用いられていたようで、特別な音や、長い音にだけ用いられており、この考えは20世紀初頭まで続きます。

ここで転機が訪れます……!

ガット弦の衰退とヴィブラートの普及

もともと弦には、羊の腸をねじったものを使っていました(ガット弦)。

この弦は、主にイタリアのアブルッツォ地方で作られていました。この地は山脈の麓にある、岩肌が剥き出しの場所。そのため植物が育ちづらく、劣悪な環境でも育てられる羊が多く飼育されていました。

羊のガット弦は、アブルッツォ地方からヨーロッパへ輸出されていましたが、1本1本が大変高価で、こまめな手入れが欠かせません。そのため19世紀末には、安価で大量生産しやすい金属のスチール弦も製造されるようになりました。

ガット弦を作る職人たち(モンソー『弦の製造に関する概論』(第2版、1769年)

当初、そこまで普及しなかったスチールは、ある出来事を境に一気に普及します。第一次世界大戦です。

まず、戦争によって、コストのかかるガット弦の製造が落ち込みます。さらに、イタリアは、第一次大戦で隣国オーストリアと激しく戦ったのですが、その際に、イタリアからヨーロッパ各国に結ばれる交通網も遮断されました。このことで、ガット弦はイタリア国外に行き届かなくなったのです。

その結果、苦肉の策として、安価で製造しやすいスチール弦が各国で作られるようになりました。

柔らかい素材で作られたガット弦は、柔らかく豊かな響きを持っているのですが、スチール弦は金属でできているため、ガット弦と比べて音が硬いのです。そのため、スチール弦で演奏する際に、ヴィブラートをかけて豊かな響きを作り出すことが必要になりました。

現在、弦楽器のほとんどはスチール弦で演奏されますが、このようにして、スチール弦が普及した結果、ヴィブラートをせざるを得なくなったのです……!

ヴィブラート聴き比べ

1つ目はヴィブラートをしない演奏、または少ない演奏、2つ目はヴィブラートを取り入れた演奏、または多い演奏です。

モーツァルト:クラリネット五重奏曲 KV581〜第1楽章

シューベルト:交響曲第7番 D.759「未完成」〜第2楽章

ブラームス:交響曲第3番 作品90〜第3楽章

最後に余談ですが、実は雅楽にもヴィブラートがあります。箏の演奏法に「揺色(ゆりいろ)」という、ヴィブラートと同じ演奏技法があります。ブラームスも箏の生演奏を聴いたそうですが、どう思ったのか気になりますね!

八橋検校:「六段」

八橋検校「六段」
「ユ◉」と書かれた部分が揺色、いわゆるヴィブラートの指示です。
あのブラームスも、この「六段」を聴いたと言われています。

ヴィブラートを聴いてみよう

1. バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番 BWV1050〜第1楽章
2. ハイドン:ピアノソナタ第11番 Hob.XVI:2〜第2楽章 (クラヴィコードでの演奏)
3. クライスラー:美しきロスマリン
4. バルトーク:弦楽四重奏曲第4番〜第3楽章
5. ジョニー・ホッジス:Didn’t know about you

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

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