クレッシェンド/デクレッシェンド:奏者にお任せ→記号→楽語に!?
1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...
演奏する際に、音量を段々と強めることを、クレッシェンドといいます。逆に、音量を段々と弱めることを、デクレッシェンドといいます。
どちらもイタリア語で、増加するという意味の動詞crescereと、減少するという意味の動詞decrescereがそれぞれ現在分詞に変化したものです。英語のincreaseとdecreaseと同じ語源をもちます。
音量が大きくなったり、または小さくなったりする曲は、皆さんも絶対に聴いたことがあるはずです。しかし、クレッシェンドやデクレッシェンドという言葉が、初めて音楽において使われたのは、17世紀のことでした。
それまでは、クレッシェンドもデクレッシェンドも、わざわざ楽譜に書かれることはなく、演奏者の裁量に任されていたのです。
さらに、もし、作曲者がデクレッシェンドを書きたくても、当時はまだクレッシェンドやデクレッシェンドという言葉は使われていませんでした。代わりに、強弱記号のフォルテの後にピアノを書き、さらにそのあとにピアニッシモを書くことで、デクレッシェンドを表していました。
これを記号にして表したのが、ジョヴァンニ・アントニオ・ピアーニ(1678〜1760)です。彼は、『ヴァイオリンソナタ集 』作品1(1712年)において、音符の横に黒い線を書き、それをだんだん太くしたり、細くしたりすることで、クレッシェンドとデクレッシェンドを表しました。
レオポルド・モーツァルトの『ヴァイオリン教本』(1756年)で、音楽用語としてのクレッシェンドとデクレッシェンドが紹介されます。記号としてのクレッシェンドとデクレッシェンドのほうが、少しだけ早かったようです。
文字によるクレッシェンド(crescendo)とデクレッシェンド(decrescendo)は、省略してcresc.やdecresc.と表記されることもありますが、文字による表記は、長いスパンでの音量の変化を表しています。反対に、記号によるクレッシェンドとデクレッシェンドは、短い間での変化を指すことが多いです。この記号による表記は、見た目が髪を留めるピンに似ていることから、ヘアピンと呼ばれることもあります。
作曲家の中には、強弱の変化以外のことを表す場合もあります。この例は、ブラームスなどの作品に顕著に見られます!
例えば、「ピアノ四重奏曲第1番」作品25の第4楽章では、クレッシェンド(cres.)が書かれている場所にヘアピン記号のデクレッシェンドが書いてあります。
さらに、「ピアノ三重奏曲第1番」作品8の第4楽章には、文字でのクレッシェンドと一緒に、ヘアピン記号のクレッシェンドが書いてあります。
おぉ……紛らわしいですね!!
このことに関して、ブラームスと親しい仲だったイギリス人ピアニスト、ファニー・デイヴィーズは、「ヘアピン記号によるクレッシェンドとデクレッシェンドは、音量を表すというよりも、内面的な表情の変化を表しています(あからさますぎない程度に)。ブラームスは、音楽の温かさを表す際に、このヘアピン記号を使いました」と述べています。
さらに、ブラームスの親友だったヴァイオリニストのヨゼフ・ヨアヒムは、自身の著作『ヴァイオリン奏法』(1905年)に、「ヘアピン記号のある場所では、ヴィブラートの加減によって音楽に動きをつけたり、少なくしたりするだけではなく、弦に対する弓の圧力を増やしたり減らしたりして、音楽に動きをつける」と記しています。
すなわち、ヘアピン記号のクレッシェンドは、ただ音量が大きくなるというよりは音楽に動きをつける、デクレッシェンドは音楽の動きを少なくする、というような感じです。
ブラームスをよく知る演奏家や、20世紀初頭の演奏家の録音を聴くと、「なるほどな!」とおわかりいただけると思います。
シューマン:子供の情景 作品15
クララ・シューマンの弟子で、ブラームスと親交の深かったピアニスト、ファニー・デイヴィーズによる演奏。
ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番 作品8(改訂版)〜第4楽章
ブラームスが信頼を置いていたピアニスト、カール・フリードベルクらによる演奏。
ブラームス:ハンガリー舞曲第1番 ト短調(ヴァイオリン版)
ブラームスの友人で、ヴァイオリン作品を作曲する際にブラームスに助言をしたヴァイオリニスト、ヨゼフ・ヨアヒムの演奏。
クレッシェンドは増加する、デクレッシェンドは減少する、という意味ですが、実は音量だけではなく、音楽の動きに加減をつけることを指すこともあったのです!
クレッシェンド/デクレッシェンドを聴いてみよう
1. ピアーニ:ヴァイオリン・ソナタ 作品1-1 ト短調〜第1楽章
2. モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番 KV310 イ短調〜第2楽章
3. ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 作品67〜第4楽章
4. ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番 作品8(改訂版)〜第4楽章
5. ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番 作品25〜第4楽章
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