ヨーデル:ベートーヴェンやシューベルトも魅了したアルプスのチロル地方の歌唱
楽譜でよく見かけたり耳にしたりするけど、どんな意味だっけ? そんな楽語を語源や歴史からわかりやすく解説します! 第94回は「ヨーデル」。
1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...
見事なアルプスの山々をバックに、民族衣装を着た人が、高い声と低い声をとんでもない速さで行き来して、超絶技巧を披露する……というようなイメージがある、ヨーデル。
日本では、『アルプスの少女ハイジ』のテーマソングに使われていることからも、馴染みがあるかと思います。
語源と歴史
ヨーデルという言葉が最初に登場したのは、1796年。最初にこの言葉を使ったのは、エマヌエル・シカネーダーでした。彼は、モーツァルトの歌劇《魔笛》の台本を書いた台本作家であるだけでなく、《魔笛》の初演ではパパゲーノ役で出演するなど、歌手や俳優として活動した人物です。
自身の戯曲《チロルの白パン(Der Tyroler Wastl)》の中で、“ヨーデル(jodeln)”という言葉を用いて、オーストリア・アルプスのチロル地方で歌われるヨーデルについて描写しています。
ただ、「ヨーデル」という言葉は、シカネーダーが作った新しい造語というわけではなく、似たような言葉は元からあったそうです。というのも、遡ること16世紀半ばの資料では、ヨーレ(jole)、またはヨーラ(jola)という呼称で、ヨーデルのことが記述されているのです。
語源にはさまざまな説がありますが、もっとも有力なのは、歌がそのように聞こえるから。なので、歌い方を模した発音を当てつけて、そのまま単語にした「ヨーレ」などの言葉が派生した結果、このヨーデルという言葉が生まれたそう(ドイツ語のティンパニの語源と同じような感じです!)。
もう一つの説として、ラテン語で咆えるという意味のululātusが語源だとも言われています。
ちなみにヨーデルは、アルプスの中でもドイツ語を話す地方での歌唱法なので、「ヨーデル」はドイツ語に分類されます。
オーストリアやスイスなどのアルプスが横たわる地域は、厳しい山岳地帯のため、ドイツ語の方言の差がとても激しく、もともとはヨーデルの呼び方もいろいろあったようです。
例を挙げてみると、スイスでは「ユーツェ(juuzä)」「ユイツァ(juizä)」、上オーストリア州では「ヨアレン(jorlen)」、ドイツのアルゴイでは「ヨーラ(johla)」のように、枚挙にいとまがありません。
厳しい山岳地帯と述べましたが、ヨーデルが生まれたのには、山の存在が大きく関係しています。
まず、アルプスには、羊飼いや牛飼いがたくさん住んでいます。しかし、遠くにいる仲間とやり取りをするのに、山の登り降りは疲れます。そこで、なるべく遠くまで届く高い声、すなわち裏声を用いて歌い、メロディーやリズムごとに意味を決めてやり取りをしていたのが、ヨーデルの起源となります。
クラシック音楽との関わり
元はアルプスの住民の中で歌われていたヨーデルですが、19世紀に入ってからはヨーロッパ中に広まります。もちろん、いろいろな作曲家もこれを見逃すはずがありません!
ベートーヴェンやシューベルトはもちろんのこと、あの文豪のゲーテも実際にヨーデルを聴いた記録が残っています。特にヨーデルに魅せられたベートーヴェンは、なんとヨーデルの曲を編曲しました!
ベートーヴェンとヨーデル
1. ベートーヴェン:さまざまな国の民謡集 WoO 158〜第4番 Wann i in der Früh aufsteh
2. ベートーヴェン:さまざまな国の民謡集 WoO 158〜第5番 I bin a Tyroler Bua
3. ベートーヴェン:さまざまな国の民謡集 WoO 158〜第8番 Ih mag di nit nehma, du töppeter Hecht
4. ベートーヴェン: 10の主題と変奏曲 作品107〜第1番 Air tirolien
シューベルトの数ある歌曲の中でも《岩の上の羊飼い》には、顕著なほどヨーデルが用いられています。さらにシューベルトは、声楽作品だけではなく、器楽曲にもヨーデルを引用します。
シューベルトの時代は、ナポレオン戦争による混乱の時代で、オーストリア国内では愛国心が非常に高まっていました。そんな中、ヨーデル発祥の地の一つであるチロル地方は、バイエルン王国やイタリアへ割譲され、ヨーデルがオーストリア人の愛国心を刺激するようになります。そして次第にヨーデルが国のシンボルの一つとなったわけです。
同時期に作曲された《楽興の時》第1番は、ヨーデルを意識して書かれていると言われていますが、まるでアルプスの山々でヨーデルを掛け合い、さらにそれがこだまするような場面が浮かんできます。
シューベルトとヨーデル
1. シューベルト:歌曲《岩の上の羊飼い》 D. 965
2. シューベルト:レントラー D. 366〜第6番 ハ長調
3. シューベルト:レントラー D. 366〜第7番 ト長調
4. シューベルト:楽興の時 D. 780〜第1番 ハ長調
他にも、ブルックナーやR. シュトラウスなど、多くの作曲家がヨーデルを自作に取り入れました。こうして、ヨーデルはのどかな山々で響き渡るコミュニケーションのツールとしてだけでなく、国家の象徴としての役割も担うようになったのです。
筆者も、中学生のときにフランツル・ラング(Franzl Lang)というヨーデル歌手の動画をネットで見つけて、衝撃を受けました。ぜひみなさまも、ヨーデルの異質さに耳を傾け、シビれてみてください!
ヨーデルを聴いてみよう
1. ブルックナー:夕べの魔力 WAB 57
2. R. シュトラウス:歌劇《アラベラ》〜第2幕より Die Wiener Herrn verstehn sich
3. べナツキー:喜歌劇《白馬亭にて》〜 Im Salzkammergut, da ka’mer gut lustig sein
4. Der Appenzeller Jodler(Franzl Lang)
5. Der Jodelwirt vom Alpenblick(Franzl Lang)
6. Einen Jodler hör i gern(石井健雄)
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly