ワーグナーのためにバイロイト劇場やノイシュヴァンシュタイン城を建設! 国王の壮大な推し活
クラシック音楽に囲まれる家庭環境で育ったイラストレーターの五月女ケイ子さん。「ゆるクラ」は、五月女さんが知りたい音楽に関する素朴な疑問を、ONTOMOナビゲーターの飯尾さんとともに掘り下げていく連載です。五月女さんのイラストとともに、クラシックの知識を深めましょう! 今回は「推し活」にフィーチャー!
「推されNo. 1」の作曲家は国王を心酔させたあの人
最近、アニメイトで中高生たちが「推し活」グッズに群がる様子を見てカルチャーショックを受けたという飯尾先生。
「ほんとにいろいろなグッズが販売されてるんですよ」
しばし、遠い目になる先生。
「これがいわゆるお布施っていうやつですね」
お布施とは、アクスタ(アクリルスタンド)とかグッズを購入したり、イベントに参加したり、全ステージを見る‘全通’をしたりして、消費活動で推しを支えることですが、
「そういえば、クラシック界もまさにこのお布施で成り立ってるんですよ」
えーっ!
でもクラシックのチケット代って高価だから、十分まかなえるんじゃないですか? とくにオペラは、お金持ちがいそしむラグジュアリーな催しというイメージです。
「実は、人件費や舞台費にお金がかかって、採算が取れないものがほとんどなんです」
そうなんですか!?
だから、昔から宮廷や教会が、楽団員や音楽家の給料を払い、今もなお、自治体、企業、資産家などからの寄付、つまり“お布施”が大切な財源になるそう。一見華やかにみえるクラシック界が実は人様のお布施頼りだったとは……驚きです。
ちなみに、たくさんお布施をもらえた「推されNo. 1」の作曲家って誰ですか?
先生「やはりワーグナーでしょうか」
BTSの「アーミー」みたいに、ワーグナーファンは「ワグネリアン」と呼ばれることからも人気のすごさがわかりますが、そのワグネリアンの頂点に立つのが、バイエルンの国王ルートヴィヒ2世。
国王は即位後すぐに、幼い頃から大好きだったワーグナーを自国に呼びます。そして、1部4時間×4部作、総上演時間16時間に及ぶ大作オペラを上演するための劇場をワーグナーにおねだりされると、国が持っていた白ビールの権利を売って、資金援助をしたのです(参考記事:バイロイト祝祭劇場の着工に一役買った白ビール)。
“バイロイト詣で”は聖地巡礼!?
そのオペラの名は《ニーンベルグの指環》(通称「リング」)。あらすじが気になり、とり急ぎ、里中満智子さんの漫画を読んでみました。
物語は、地球の誕生に始まり、その後も、神、小人、巨人、たまに魔法。燃え盛る炎の岩山を乗り越えたり、洪水が起こったり……。CGなしでは実写化不可能な場面の連続に度肝を抜かれました。先生、このバイロイト祝祭劇場には、ハリーポッターの劇場みたいに、イリュージョン的な仕掛けでもあるんでしょうか? 巨人役は大きな竹馬に乗って歌うのかしら。
「ワーグナーにとって、衣装や装置はそれほど大事じゃなくて、もっと観念的なものだったんです」
そうか。この壮大すぎるストーリーを、ワーグナーは音楽と言葉の力で表現しようとしたのですね。彼の高き理想を実現するため、音楽を美しくかつ集中させて聴かせることを追求したのが、この劇場なのです。
今までは社交場だったオペラ劇場の華やかな装飾を排し、真っ黒に塗られた観客席の間に通路はなく、すべての席がステージを向くように配置。椅子をクッションのない木製にしたのは、客が居眠りしないようにするためだったとか……。
「(寝るな)俺の音楽だけ観てろ」
魔王ワーグナー様を少女漫画に変換すると、萌える人が続出しそうですが、社交場と思って劇場に来たにわかファンの貴族の驚愕する様子が目に浮かびます。
「ワーグナーのオペラは滝の荒行のようです。それでいて、愛と夢の世界観に没入する体験型アトラクション。いわば、クラシックのディズニーランドなのです」
と飯尾先生。私には滝の荒行とディズニーランドがどうしても結びつきませんが、もはや、ワーグナーは「道」なのですね。我慢の末に整うサウナ道にも似てそう。お尻の痛さもトイレも眠気も我慢し乗り越えた先に至福が待っていて、鑑賞後のビールが美味しそう。「俺には見えた! あの洪水が」と会話も弾みそうです。
というわけで、劇場完成後に開かれた第1回バイロイト音楽祭には、男のロマンを求め、ワグネリアンが大挙押し寄せました。 “バイロイト詣で”は聖地巡礼。ボードレール、サン=サーンス、チャイコフスキーなど、有名人ワグネリアンも訪れ、ルクー は興奮で失神したとか。
ワーグナーからのお布施の返礼品は無形の価値
そんな大きなムーブメントを起こしたフェスでしたが、なんと興行的には失敗。本人も作品の出来に満足できず、ワーグナーの生前中、二度と上演されなかったとか。そんなのありですか? 国王も正直「えーっ……マジで……?」と思ったはず。
それでも国王はめげずに推し活を続け、ワーグナーのオペラの世界観を再現するお城まで建ててしまいます。建築家ではなく、劇場の舞台美術のクリスチャン・ヤンクがデザインを担当してできたノイシュヴァンシュタイン城は、ディズニーランドのお城のモデルになったそう。聖地巡礼どころか自ら聖地を作ってしまった国王。
しかし、お布施にお金を注ぎ込みすぎたのか、国は財政危機に陥り、彼は国王の座を追われ、しかもその翌日、湖で水死体で発見されたのです。自殺と言われているものの、その死はいまだに謎のまま。哀しい運命をたどった国王でしたが、その後、劇場では毎年バイロイト音楽祭が開かれ、今も、現代のワグネリアンたちが集まるそうです。
「お金には換算できない無形の価値を残したのです」
と先生。
こうして、推し活で民を大いに困らせた国王が、クラシック界に名を残し、都に価値を与えたのです。これが、ワーグナーからのお布施の返礼品だったのですね。
それにしても、都に価値を与えられるほどのワーグナー、そしてクラシックって……。底知れない魔力がありそうです。すでに、「リング」を見てみたくなってきた私は、ワグネリアンへの道へ片足を突っ込んでいるのかも? 恐るべしですね。
さて、次回もクラシック界の推し活を見ていきたいと思います。
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