作曲家の父子関係~バッハの3人の息子たちとヨハン・シュトラウス親子の確執
クラシック音楽に囲まれる家庭環境で育ったイラストレーターの五月女ケイ子さん。「ゆるクラ」は、五月女さんが知りたい音楽に関する素朴な疑問を、ONTOMOナビゲーターの飯尾さんとともに掘り下げていく連載です。五月女さんのイラストとともに、クラシックの知識を深めていきましょう! 作曲家の家族の話題から、今回は子育てと父子関係にフォーカス!
「親の七光り」を超えた才能を見せたバッハの息子たち
浮気が日常茶飯事の作曲家たちの家族は、ご苦労も多かったかと思われますが、天才に育てられた子どもたちは、どんな大人になったのでしょう。世襲制が当たり前だったという音楽家。父を超える音楽家になった人はいるのでしょうか。飯尾先生、教えてください。
代々音楽家であったバッハ一族。父バッハは子どもたちに熱心に音楽教育を施し、10人の子どものうち、4人が音楽家になったそう。音楽の父は、普通の父としても立派だったのですね。
特に長男のヴィルヘルム・フリーデマンの才能を買い、オリジナルの音楽帳を作って音楽をみっちり教え込み、自分は大学に行けなかったからと大学にやったり、コネをフル活用してオルガニストの職を与えたりと、親バカぶりを発揮しましたが、しかし。ヴィルヘルム・フリーデマンは性格が不安定だったため、オルガニストもクビになった挙句、酒に明け暮れ、放浪生活の末に父の楽譜まで売ってしまったとか……。
本当は即興音楽家になりたかったという彼の曲は、少し物悲しく、また父へのオマージュ的な部分もあったりして涙を誘います。父のように完璧ではなく少し不完全なところがパンクのようで味わい深かったです。
次男のカール・フィリップ・エマヌエルは作曲家として大成功し、当時は「バッハ」といえばエマヌエル。父よりも有名だったというから驚きです。カール・フィリップ・エマヌエルが作ったのは、父に似たような音楽ではなく、冒険心にあふれ喜怒哀楽がくるくると変わる、枠にはまらない音楽だったそうです(父バッハは彼の音楽をあまり好きではなかったようですが)。
また、50歳のときに生まれた末っ子のヨハン・クリスチャンに大バッハは「この子はバカだからきっと大物になるぞ」と言っていたそう。ロンドンでオペラ作曲家としてデビューし、「ロンドンのバッハ」と呼ばれた彼も、古典派の先駆けとも言える新しい音楽を追求し、モーツァルトに影響を与えたとも言われてます。
父のコピーではなく、新しい音楽を追求した2人は「親の七光り」を超えた才能を持っていたということになりますね。この2人がバロック派と古典派の間を埋めながら、新しい時代への礎を作り、また忘れられていた父バッハの音楽も伝え、19世紀のロマン派へと繋げたのだとしたら、クラシックの歴史はバッハ一族によって作られたのかも……。バッハ一族、恐るべしです。
ヨハン・シュトラウス父子の仁義なき戦い
同じ親子でも仲が険悪だったのが、ヨハン・シュトラウス1世と2世。
1世はワルツの父、2世はワルツの王。「ラデツキー行進曲」は1世、「美しき青きドナウ」は2世。紛らわしい名前の2人ですが、19世紀のウィーンで流行しヨーロッパ中に広まったウィンナワルツ界を牽引した2人の仲が最悪だったとは……。
ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」、ヨハン・シュトラウス2世:「美しき青きドナウ」
そもそも音楽家になることを反対していた1世。音楽家に憧れ、隠れて練習していた2世のヴァイオリンを叩き壊してしまうほどでした。甘いマスクの1世は、息子が小さい頃から愛人の家に入り浸っていたそうで、家にお金も入れないひどい父親を2世は恨みました。
苦労しっぱなしだった母親は、1人で2世を音楽家に育て上げましたが、楽団を作ろうとした2世に、1世は楽団員を解雇したり、新聞社に2世の悪評を書かせたり、ちょっとどうかと思うくらい邪魔しまくります。ウィーンでは、2つのウィンナー楽団がお互いにつぶしあう仁義なき闘いが繰り広げられたとか。ご陽気なウィンナワルツ界で、そんなドロドロの愛憎劇が繰り広げられていたなんて……。1世が病気で亡くなり、晴れてワルツ王となった2世でしたが、
「結局のところ曲は似てるんですよね」
という先生の言葉に、なんだか切なくなりました。2人の似ている音楽を聴きながら、一生解けることのない親子の謎に思いをはせようと、Apple Musicで2世のプレイリストを聴いていたら、急に流れ出した「ラデツキー行進曲」。アップルも欺く2人の曲の類似性……。
疫病や戦争などで、暗かった時代に、あえて高揚感と幸福感半端ないウィンナワルツを人々に届けようとした1世と2世。ウィンナワルツで人を幸せにしたいという気持ちは、同じだったはず。例え憎しみあっていても音楽の中で心は繋がっていたにちがいありません。当人同士ですら気づかなかったかもしれない親子の愛を感じながら、今夜はお気に入りのウィンナー、シャウエッセンで乾杯しようと思います。
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