パリ・オペラ座の天井画――シャガールとマルロー、2人の友情が彩った音楽の殿堂
フォトジャーナリストの若月伸一さんと、美術史家の中村潤爾さんが「場所」と音楽にまつわる「美術」を結び付けて紹介する新連載。第1回はフランス・パリの象徴ともいえるオペラ座ガルニエ宮の天井画。名画家マルク・シャガールと、当時のフランス文化相アンドレ・マルローの友情から生まれた、この観光名所の見どころを徹底解説してくれました。
パリの中心、オペラ座ガルニエ宮
パリを訪れると滞在中にたびたびオペラ座を目にする。
オペラ座は、パリのほぼ中央に位置し、観光、ショッピングの中心地。オペラ座正面から目抜き通リ「オペラ大通り」が始まり、突き当たりにルーブル美術館がある。
オペラ座の建築は、19世紀半ば、皇帝ナポレオン3世により計画された。 匿名によるコンペが開催され、パリ高等芸術学校出身の若きエリート、シャルル・ガルニエが制した。彼の名前を取ってオペラ・ ガルニエと呼ばれる。
年間を通してオペラやバレエの公演をしているが、日中は内部見学が可能で、年間48万人が訪れる観光スポットとなつている。
観客席に入ると、シートの赤と劇場の金色で目を奪われるだろう。 豪華なシャンデリアの上に位置するのが、 シャガールの天井画だ。
カラフルなパリの空の下、パリを象徴するモニュメントが描かれている。赤い背景に青く光るエッフェル塔。緑の背景に赤く彩られた凱旋門とその背後にコンコルド広場 。白い背景、 月に照らされた赤いオペラ・ガルニエ。
さらに、モーツァルトの《魔笛》、ベートーヴェンの《フィデリオ》、チャイコフスキーの《白鳥の湖》などオペラ、バレエの有名作品がモチーフになっており、偉大な作曲家とその作品へのオマージュとなっている。
2人の友情が生み出した「新しい」天井画
今では鑑賞者を魅了するこの天井画だが、すんなりと世間に受け入れられたわけではない。きっかけは1960年2月17日。シャルル・ド・ゴール大統領と文化大臣アンドレ・マルローは、ペルーの代表団とともにオペラ座にいた。演目はモーリス・ラヴェルのバレエ《ダフニスとクロエ》。
舞台に退屈したマルローが見上げると、天井には時代遅れのアカデミックな絵画が描かれている。歴史画で名の知れたジュール=ウジェーヌ・ルヌヴーが描いたものだ。
マルローは休憩時間中、舞台美術監督を任されていたシャガールに新しい天井画を描いてみないかと打診した。 シャガールとマルローは30年来の友人でもあった。 シャガールはその仕事の重大さにたじろいだが、下書き、模型を作製し、その後、その依頼を受けることを決意した。77歳だった。
1962年に依頼は公表され、 メディアでは批判が殺到した。 オペラ座の調和が乱れる、というのがその趣旨だった。 あまりの辛辣さに、 シャガールは隠れて制作を行なわなければならなかったほどだ。制作期間は、7か月。12のパネルで構成された全体240平方メートルの天井画の組み立ては、パリ郊外のアトリエで行なわれたが、作品移動するにあたり被害を恐れて、軍隊の警備がついた。
1964年9月23 日、新しい天井画は公開され、2000人が特別コンサートに招待された。メディアは案の定、作品を辛辣に批判した。対してマルローは、シャガールを同時代のもっとも偉大な色彩画家であるとし、彼以外にどの芸術家がオペラ座の天井画をこのように描けただろうかと作品を称賛した。シャガールはこの作品に対し制作料を一切取らず、 国は材料費のみ何とか受け取らせた。
シャガールとマルロー2人の友情は、ニースのシャガール美術館も生むことになる。オペラ座の天井画公開から2年、シャガールは17点からなる連作 『聖書のメッセージ』をフランス国家に寄贈した。その作品を展示する美術館をつくるため、動いたのがマルローだった。1972年にも作品が寄贈され、その翌年に「マルク・シャガール聖書のメッセージ国立美術館」が誕生している。フランス初の生存している芸術家の美術館となった。
天井画に登場する音楽たち
写真中央、黄色い天使に花束をささげられたオペラ・ガルニエ。左下、 青い背景は、ドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》。もたれかかって髪をとかしているメリザンドと、窓から顔をのぞかせるペレアス。2人を見下ろすのは、王冠をかぶった老王アルケル。
赤い背景は、ラヴェルの《ダフニスとクロエ》。羊が放牧されているニンフの神殿の下に、海賊に襲撃された群衆が描かれている。
上部には、 守り神のバン神が海賊の首領ブリュアクシスを連れ去り、 再会して愛し合うダフニスとクロエは半身がつながつて表現されている。
画面右端には、パリの象徴、エッフェル塔。その右隣にバレ ットを片手にしたシャガールの自画像。右上、中央部分の青と緑の背景はベートーヴェンの 《フィデリオ》。剣をもった青い騎士にレオノーレが立ち向かう。
写真上部は、ストラヴィンスキーの《火の鳥》。体がチェロになった音楽の天使。その横の魔法の木には、火の鳥が見える。
鮮やかな黄色を背景に描かれるのは、チャイコフスキーの《白鳥の湖》。写真左、湖のほとりにいるのは悪魔ロットバルトによって姿を白鳥に変えられてしまったオデット姫。
後ろのダンサーたちは、 アダムの《ジゼル》の村娘たちと混じり合う。 濃紺の背景に描かれるのは、 ムソルグスキーの《ボリス・ゴドゥノフ》。顔が鳥になった天使が空を飛び、 その隣には、 緑で描かれたモスクワの街。
写真右上の中央部分は、 グルックの《オルフェオとエウリディーチェ》。エウリディーチェがオルフェオの竪琴を奏で、 天使が花を贈る。
写真左、天使が花輪に飾られたモーツァルトの肖像画を指し示す。 鳥が笛を吹いているように、 テーマは《魔笛》。
緑の背景、赤く照らされた凱旋門の左下、横たわり抱き合う2人は、ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》。
右上、抱き合うカップルは、ベルリオーズの《ロメオとジュリエット》。
中央上部、赤と黄色の背景は、ピゼー《カルメン》。雄牛の奏でるギターに合わせて、カルメンが踊っている。
ランキング
- Daily
- Monthly
ランキング
- Daily
- Monthly