幻想的な世界に誘う『白鳥の湖』の魅力
魔法で白鳥にされてしまったお姫様と王子の恋......そんな幻想的な物語に魅了された沢山の演出家によって愛され、味付けをされてきた『白鳥の湖』を、2018年の東京で一挙に観ることができます。バレエを愛してやまない渡辺真弓さんの連載、「バレエに恋して」。第1回は、『白鳥の湖』の魅力にとことん迫ります。
お茶の水女子大学及び同大学院で舞踊学を専攻。週刊オン・ステージ新聞社(音楽記者)を経てフリー。1990年『毎日新聞』で舞踊評論家としてデビューし、季刊『バレエの本』(...
「一番好きなバレエは何ですか?」と聞かれたら、真っ先に挙げるのがチャイコフスキー作曲『白鳥の湖』である。
これまで数多く見てきたバレエだが、さまざまな演出や名演に触れるたびに新たな魅力を再発見することができ見飽きることがない。
物語は、ヨーロッパ各地に伝わる白鳥伝説をもとに、悪魔の魔法によって白鳥の姿に変えられた王女オデットと王子の運命を描いたものである。
舞台はドイツのある王国。成人式を迎えた王子の祝宴が開かれている。王子は母王妃から明日の舞踏会で花嫁を選ぶように命じられるが気が進まない。夕暮れ時、空を飛ぶ白鳥の群れを目にした王子は、湖に狩りに出かける。湖畔で1羽の白鳥を見つけた王子が弓を向けると、白鳥は美しい王女の姿に変身、2人は一目で恋に落ちる。オデットは、悪魔の魔法にかけられ、夜の間だけ人間の姿に返ることができるという。オデットを救おうと王子は永遠の愛を誓う。翌日の舞踏会。王子は、悪魔の娘の黒鳥オディールをオデットと勘違いし、花嫁に選んでしまう。王子の裏切りに絶望したオデットは湖に身を投げ、王子も後を追う……。
チャイコフスキーの音楽は、従来のバレエ音楽にはない交響楽的な手法で書かれた点が画期的で、哀愁を帯びた「白鳥の主題」の旋律は一度聞いたら忘れられないほどドラマティックで美しい。舞踏会の場面での各国の舞曲もそれぞれの特徴が明快で聞き応え十分だ。
バレエの見どころは、やはりオデットと王子の出会いのロマンティックなアダージオ、そして白鳥たちの華麗な群舞等々。黒鳥オディールが披露する32回のグラン・フェッテは、片脚を軸に回転し続ける最高難度の大技で、興奮を誘う後半最大の山場である。とにかく全編、音楽と踊りが一つに溶け合って幻想世界に誘うのがこのバレエの魅力であろう。
ハッピーエンドか?悲劇か?
『白鳥の湖』を鑑賞する時のポイントの一つが、結末の解釈である。ハッピーエンドか悲劇か。ちなみに1877年のモスクワ初演では、オデットも王子も湖に身を投げて死んでしまうという悲劇的な結末であったようだ。
これを改訂したのが、1895年のプティパとイワーノフによる復活上演である。こちらは、台本及び音楽構成に手を加え、二人は死によって結ばれる。現在でも結末は2種類。ハッピーエンドは、主にロシア系で、例えばサンクトペテルブルグのマリインスキー・バレエのセルゲーエフ版がそうである。
モスクワ音楽劇場で生まれたブルメイステル版は、白鳥の姿に変えられたオデットが、王子の愛によってもとの王女の姿に戻る結末とし、バレエ史上画期的な名版として名高い。
この版は音楽の原点に立ち返り、例えば「黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ」などの音楽構成にも独特の味わいがある。1992年にパリ・オペラ座が、毛利臣男の衣裳で新制作した際のシルヴィ・ギエムの妖艶な舞台姿は今でも忘れ難い。
シュトゥットガルト・バレエのクランコ版は、2012年の来日公演で上演されたが、最後に洪水が起こり、王子が溺死するという結末もショッキングだった。
現代的解釈では、英国のニュー・アドベンチャーズのマシュー・ボーン版をおいてほかにないだろう。男性が白鳥を踊る驚きの演出で、初演から20年以上のロングランの実績。
2018年はスワン・レイク・イヤー!
今年は例年にない、日本における『白鳥の湖』の当たり年。これは、現在上演されているこのバレエの原典版を作った巨匠マリウス・プティパの生誕200年に当たることと無関係ではないだろう。
マリインスキー・バレエやシュトゥットガルト・バレエの外来をはじめ、新国立劇場バレエ団や東京バレエ団など東京だけで10数団体の公演が行われ、百花繚乱の趣がある。英国ロイヤル・バレエの<ライヴ・ビューイング>では新制作版が見られそうだ。
『白鳥の湖』全幕が東京バレエ団(現在の東京バレエ団とは別団体)によって本邦初演されたのは、今から72年前、1946(昭和21)年8月の旧帝劇。演出・振付は小牧正英。まだ戦後の復興期にあって、日本のバレエ界が一致団結して取り組んだ舞台は大成功を収め、多くの人に希望を与えた。
「本当にきれいなものを見た」と当時舞台を見た私の恩師たちは口を揃える。
この本邦初演で舞台美術を手がけた藤田嗣治の美術の原画を復元した画期的な上演が3月、東京シティ・バレエ団によって行われた。指揮は次期新国立劇場音楽監督の大野和士、演奏は都響というのも極めて異例のことで、通常のスケールを大きく上回る成果を上げた。
『白鳥の湖』をまだ見たことがない人にも、劇場あるいはスクリーンでぜひ一度この名作に触れて魅力を味わってほしい。
【プティパ/イワーノフ/セルゲーエフ改訂版による上演】
公演期間:12月6日(木)~12月9日(日)
会場:東京文化会館
演奏:マリインスキー歌劇場管弦楽団
舞踊監督:ユーリー・ファテーエフ
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