芸術監督の仕事―― パリ・オペラ座にみるバレエ団の階級制度
階級制度に昇格試験... 大変厳しいバレエの世界の頂点に立つのが芸術監督です。ダンスに関することだけではない、膨大な仕事を抱える芸術監督には苦労と苦悩がつきもののようです。パリ・オペラ座とウィーン国立バレエ団を例に、芸術監督の仕事を覗いてみましょう。
お茶の水女子大学及び同大学院で舞踊学を専攻。週刊オン・ステージ新聞社(音楽記者)を経てフリー。1990年『毎日新聞』で舞踊評論家としてデビューし、季刊『バレエの本』(...
世界的にメジャーなバレエ団の芸術監督の交替のニュースは、企業のトップが交替すると同じくらい、社会的にも大きな関心事である。芸術監督はバレエ団の「顔」であり、バレエ団のカラーを決定するほど大きな影響力をもつ。
では具体的に芸術監督とは、何をする人なのか?
一般にカンパニーの運営から、演目の決定やダンサーの採用といった芸術面に至るまで、その仕事の内容は実に様々だ。芸術監督には元ダンサーや振付家が多い。ダンサー兼振付家の場合は特に多忙だ。バレエの殿堂パリ・オペラ座を例に見てみよう。
パリ・オペラ座バレエ団では、2016年、芸術監督がバンジャマン・ミルピエからオーレリ・デュポンへと電撃交替。このニュースが世界を駆け巡ったのが記憶に新しい。ミルピエは、米ニューヨーク・シティ・バレエの出身の現代振付家。一般には、映画『ブラック・スワン』の主演女優ナタリー・ポートマンの夫君といった方がわかりやすいだろう。一般の人にも名が知られている“セレブ”であることも芸術監督に選ばれる要件の1つなのだ。
ミルピエが就任したのは2014年。パリ・オペラ座全体を統括するリスナー総裁が、「オペラ座に新風を」と期待を込めて抜擢した鳴り物入りの人選だったが、就任2シーズン目に退任という短命に終わってしまう。その原因は、アメリカの合理主義を取り入れ、オペラ座の伝統を破壊しようとしたことにあった。この辺りの事情は、日本でも公開されたドキュメンタリー映画『ミルピエ〜パリ・オペラ座に挑んだ男〜』(2015)の内容からも容易に想像できる。
パリ・オペラ座バレエ団には、独自の階級制が存在する。団員は、上からエトワール(フランス語で「星」の意)、プルミエ・ダンスール(第1舞踊手)、スジェ、コリフェ、カドリーユと5階級にクラス分け。
世界のバレエ団には、同じような階級制があるが、スジェ以下の団員が毎年昇級試験を受け、空席がある分だけ上に上がるという熾烈な競争があるのは、世界中見回してもオペラ座のみ。審査には、10名ほどの審査員が携わるが、一番の決定権は芸術監督にある。さらに最上位のエトワールは、総裁と芸術監督の指名によって任命される。
従って、いかに芸術監督の権力が絶大であるかおわかりだろう。どんなに才能があっても、芸術監督に気に入られなければ昇進の望みはない。そうした団員の中には、他のバレエ団に移籍する例も少なくなく、過去に見られた人材流出や人材放置は非常に残念だ。
Paul MARQUE © Sébastien Mathé
2016年にミルピエが辞任した後、後任に就任したオーレリ・デュポンは、大輪のバラの花を思わせる美貌のエトワールとして人気を博した人。2015年に定年で引退後も(オペラ座の定年は42歳と半年)、ダンサーとしての活動を続行、私生活では2児の母でもあり、芸術監督としての激務の合間に、何役もこなすのは並大抵ではないだろう。
順風満帆に見えたデュポン政権だったが、つい最近、バレエ団の運営に不満を唱える内部アンケートが漏洩するという波風が立ったばかり。その真相については不明だが、団員150名を統率する責任の重さが改めて浮き彫りにされた。
このオペラ座出身で、芸術監督として非常に成功しているのが、5月にウィーン国立バレエ団を率いて来日公演を行ったマニュエル・ルグリである。
ルグリは、オペラ座を定年で引退後、2010年以来ウィーンの芸術監督を務めてきた。50歳を超えても、オペラ座時代と変わらない颯爽とした魅力を維持し、ダンサーとしても健在。さらに今回は、自身が初めて演出・振付を手がけた全幕バレエの快作『海賊』を披露し大成功、総力を結集した舞台は、バレエ団の飛躍的な進歩を強烈に印象づけた。
芸術監督であり、ダンサー、振付家、そして教育者としても優れているのは、世界的にも珍しい事例であろう。
そんな彼も2020年にウィーンを去ると宣言、周囲を動揺させたが、既にルグリなりの未来地図が描かれていることであろう。今秋には振付第2弾の『シルヴィア』を発表するという。成果はいかに。その去就に今世界から熱い視線が注がれている。
芸術監督によってバレエ団がどう変わるのか。それが端的にわかるのは、まずレパートリー。特に就任最初のシーズンは、芸術監督がバレエ団のためにぜひこの作品を上演したいという意欲的な新作が並ぶので、その選択肢によってバレエ団の今後の方向性を占うことができる。
次にダンサー。才能豊かなダンサーを主役に抜擢するなど、情実ではなく実力主義を貫けば、自ずと団員のモチベーションは高まり、バレエ団全体のレベル・アップにつながる。1980年のパリ・オペラ座のヌレエフ時代、そして現在のウィーンのルグリ時代はその好例ではなかろうか。
©Wiener Staatsoper GmbH/Michael Pöhn
関連する記事
-
2019年はブーム? インドを舞台に悲劇の三角関係を描いたバレエ《ラ・バヤデール...
-
「バレエに選ばれた子どもたち」が踊る《くるみ割り人形》―― 来日間近ワガノワ・バ...
-
バレエはホラーの宝庫? ホラー文学の登場人物が踊り出す......
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly