バレエはホラーの宝庫? ホラー文学の登場人物が踊り出す......
ドラキュラ、くるみ割り人形に、コッペリウス博士の仕事場......。バレエにはホラー小説を原作とした作品が少なくないのをご存知でしょうか? ダンサーたちの人間離れした動きはある意味「ホラー」を演出するのにピッタリかも?
お茶の水女子大学及び同大学院で舞踊学を専攻。週刊オン・ステージ新聞社(音楽記者)を経てフリー。1990年『毎日新聞』で舞踊評論家としてデビューし、季刊『バレエの本』(...
めくるめくホラーだらけのバレエ作品
先頃、「怖い絵」と題した展覧会が開催されたのが記憶に新しいが、これをバレエに当てはめてみたら、「怖いバレエ」がいくつか思い浮かんできた。
真っ先に思い浮かんだのは、ドリーブ作曲の『コッペリア』。ポーランドのとある村を舞台に、人形技師のコッペリウスの作った人形コッペリアを巡って起こる一騒動を描いたバレエで、全体に軽快なタッチで展開するが、コッペリウスの仕事場の場面は別。薄暗い室内で、人形達が生命を宿したように突如動き出したり、コッペリウスが、青年フランツの魂を抜き取って、人形コッペリアに吹き込もうとする下りはホラー性が高い。この辺りには原作としたホフマンの『砂男』からの影響が伺える。
他にも、チャイコフスキーの名作『くるみ割り人形』では、主人公のクララが夜中にねずみに襲われ、『眠れる森の美女』では、カラボスがオーロラ姫に呪いをかけ、『ジゼル』では、森に迷い込んだ若者をミルタとウィリたちが襲う。古代インドを舞台にしたミンクス作曲『ラ・バヤデール』は、寺院の舞姫ニキヤが、恋敵の仕組んだ毒蛇に噛まれて落命する……などなど、怖い場面がある古典バレエは意外と多い。
現代バレエでは、英国の巨匠マクミランの『マイヤーリンク(うたかたの恋)』やハンブルク・バレエのノイマイヤーの『タチヤーナ』などに若干ホラー色がある。
前者は、オーストリアの皇太子と若い令嬢の心中事件の実話をバレエ化したもので、皇太子の狂気に焦点を当てた猟奇的なバレエ。
後者は、プーシキンの有名な韻文小説『エウゲニー・オネーギン』の原作に立ち返り、主人公タチヤーナの妄想の中でオネーギンはバンパイアとして登場する。
ホラー界のスーパースター「ドラキュラ」
では、全編丸ごと怖いホラー・バレエと言ったら『ドラキュラ』をおいてないだろう。19世紀末にブラム・ストーカーの原作が出版されて以来、吸血鬼ドラキュラは、世界的にミュージカルや映画、演劇など多彩なジャンルで取り上げられてきた。バレエでも、数えきれないほどさまざまな演出でこの題材が舞台化されている。
日本で上演された中で記憶に新しいのは、2014年、所沢市を拠点とするNPO法人NBAバレエ団が、創立20周年を記念して制作した『ドラキュラ』である。
原作の出版から100年に当たる1996年に英国のノーザン・バレエで上演されたマイケル・ピンク版。NBAバレエ団の久保綋一芸術監督が、この作品に実際に出演し、アメリカでも大ヒットしただけに、ぜひ日本に紹介したいと思い立ち、待望の日本上陸が実現したものだ。
最初から最後まで隙のないホラー・バレエである。客電がいきなり消えてスタート。客席からキャーという悲鳴が漏れるなど、幕が開く前から恐怖を誘う。
弁護士のジョナサン・ハーカーが、イギリスに土地を買ったドラキュラ伯爵を訪ねて、トランシルヴェニアのドラキュラ城に向かう。そこで美女たちが次々にドラキュラに誘惑され、ジョナサンたちとの壮絶な闘いが繰り広げられる。
フィリップ・フィーニーのオリジナル音楽が効果抜群で、心臓の鼓動音や鐘の音を響かせたり、壁をドンドン叩く音などを取り入れ、ホラー・ムードをたっぷり醸成。ドラキュラとジョナサンの出会い、ドラキュラに魅了される美女たち、そしてバンパイアたちの扇情的な乱舞……。
全体にブロードウェイ・ミュージカルを彷彿とさせる演出なので、初めて見る人にも親しみやすい手法で作られているのに感心させられた。
注目のドラキュラには、バレエからジャズ、ヒップホップまで多彩なダンスをこなすマルチ・ダンサーの大貫勇輔がゲスト出演。真紅のマントを着て不気味に階段を下りて来る登場から、カーテンコールの仕草に至るまで、すらりとした立ち姿に威厳があり、ただ怖いだけではないミステリアスな魅力で観客をマジックとホラーの世界に引き入れるに十分だった。
この作品は非常に好評を博し、エンターテイメント路線を突き進むNBAバレエ団のトレードマーク的なバレエとして、ステップアップのきっかけとなった。
フィリップ・フィーニー作曲 バレエ音楽『ドラキュラ』全曲
バレエは基本的にエンターテイメントとして観る者を楽しませる内容のものが多いが、時には、怖いものを見たいと思うのも人の心理だろう。こんな盛夏の折りには、一時でも暑さを忘れさせてくれるかもしれない。
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