読みもの
2020.09.14
週刊「ベートーヴェンと〇〇」vol.30

ベートーヴェンとピアノ(その4:シュトライヒャー)

年間を通してお送りする連載「週刊 ベートーヴェンと〇〇」。ONTOMOナビゲーターのみなさんが、さまざまなキーワードからベートーヴェン像に迫ります。
第30回は、

飯田有抄
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

ハイリゲンシュタットのベートーヴェン・ミュージアムにある、ナネッテ・シュトライヒャーのピアノ。ベートーヴェンは後年、聴力の衰えをサポートするために大きな補聴装置を用いたと言われているが、その復元装置を付けた形で展示されている。撮影:筆者、取材協力:ウィーン市観光局

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シュタインの娘、ナネッテ・シュトライヒャーとの出会い

ベートーヴェンが生きた時代、ピアノという楽器はスピーディーにバージョン・アップされ、新機能もぞくぞく追加。

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ペダルが増えたり、音域が広がったり、アクション機構も多様になっていった。ベートーヴェンはモニターよろしくフィードバックやら希望やらをメーカーに伝えていたことは以前にも触れた。

メーカーの中でも、ベートーヴェンがもっとも気心知れた間柄で、他のメーカーのピアノのメンテナンスや改造までお願いしていたのが、シュトライヒャー社である。

経営していたのはナネッテ・シュトライヒャー(1769〜1833)とその夫。ナネッテは、本連載「その1」で紹介したウィーン式アクションを完成させた職人シュタインの娘である。

ナネッテ・シュトライヒャー(1769〜1833)。ウィーン式アクションを完成させた職人ヨハン・アンドレアス・シュタインの娘。

ベートーヴェンがナネッテと最初に出会ったのは、まだ二人とも10代の頃。1787年4月に、ほんの2週間程度という短いウィーン滞在からの帰途で、シュタインの工房を訪れたときだった。 

ナネッテは、アウグスブルクを拠点としていた父が亡くなると、父からピアノ作りの教育を受けた弟マテーウスと、結婚したばかりの夫アンドレアス・シュトライヒャーとともに、1794年にウィーンへと移り住み、ピアノ工房の経営を行った。弟とはやがて決別し、1802年からは夫との二人三脚で自らの工房を切り盛り。彼女の会社は、息子と孫の代まで94年間続いた。

音色をつくる自由を奪う? シュトライヒャーのクオリティ

本連載「その3」で紹介したエラールのピアノは、ダイナミックな表現力によりベートーヴェンを多いに触発したものの、どうやら調子を崩しがちで、ベートーヴェンは何度もナネッテに修理を依頼していた。

もちろんナネッテの作るピアノも、ベートーヴェンはとても気に入っていた。すでに1796年時点で、夫アンドレアスへの手紙に次のように書き送っている。

まことに素晴らしい楽器です。だれもがこれを手元に置きたがるでしょう。けれども——あなたはお笑いになるでしょうが——この楽器は私にはよすぎると言わなければ嘘になるでしょう。なぜでしょう? それは、この楽器が私自身から音色をつくる自由を奪うからです

(筒井はる香『フォルテピアノ 19世紀ウィーンの製作家と音楽家たち』 2020年/アルテスパブリッシング、p75~76)

よすぎて自分の音色作りを奪う……という、褒めているのか文句をいっているのか、いまいち微妙な言い方ではあるものの、ベートーヴェンは自宅でもコンサートでも、シュトライヒャーのピアノを使用した。

また、1809年以降のシュトライヒャーの楽器をベートーヴェンは「とくに気に入っている」と述べ、1810年ごろには彼らが開発した6オクターブの楽器を使い、ピアノ・ソナタ第26番《告別》を作曲している。この曲の最高音にファ「f4」が使われているのだが、これは彼らが開発した73鍵盤のピアノでなければ弾けなかったのだ。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第26番《告別》(演奏はロナルド・ブラウティハム。フォルテピアノのメーカーは不明)

シュトライヒャー社は意欲的に顧客の声を反映し、音量を増大させるべく、アクションやフレームを強化したり、音域も拡大させていった。

なにかとナネッテを頼りに

後年、難聴が進んでからは、ベートーヴェンはナネッテに大きな音の出るピアノを作って欲しいと頼んでいる。次回「その5」で紹介予定のロンドンはブロードウッド社のピアノも、ウィーンの到着窓口はナネッテの工房とし、彼女に調性・調律をしてもらってから、ようやく自宅へと運ばせている。

ベートーヴェンがナネッテを頼ったのは、ピアノのことばかりではなかった。シュトライヒャー夫妻とは友人としても仲がよく、夏の終わりを避暑地バーデンで共に過ごすこともあった。日常生活に関して無頓着なベートーヴェンに対し、ナネッテはなにかと世話を焼いてくれた。甥っ子カールの教育相談に乗ったり、時には家計簿の付け方を教えたり、洗濯もしてあげたというから、実に面倒見のいい人だ。

飯田有抄
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

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