結構な年なのに独り身という悩みに若きプーシキンが恋心を綴った爽やかな歌曲を処方!
読者から寄せられた恋愛のお悩みを、メゾソプラノの鳥木弥生さんが歌曲をもとにスパッと解決する連載。 鳥木さんがお悩みに効く歌曲を処方します。
第8回は、「結構な年齢なのに独身で恋人もできない」というお悩み! 愛の処方箋として、文豪プーシキンが28歳のときに書いた詩にダルゴムイシスキーが作曲した爽やかな歌曲を紹介します。
武蔵野音楽大学卒業後、ロシア、セルヴィアなど東欧各地におけるリサイタルで活動を開始。第1回E.オブラスツォワ国際コンクールに入賞し、マリインスキー歌劇場において、G....
結構な年齢なのに未だ独身で、彼氏もできません。
思いつく一つの理由は、好きな相手が振り向くまでその人のことで頭がいっぱいなのに、その人が私のほうを振り向き、歩み寄ってくれた途端、気持ちが冷めてしまうことです。
こんな私に「愛の処方箋」をお願いします。
恋愛マスターからのおことば
人を映す鏡はゆっくり磨いて
ご相談ありがとうございます。
さて、結構な年齢がおいくつかわかりませんが、「恋」はともかく、「愛」はやはり、それなりの人生経験があったほうが実感しやすい場合の多いものだと思います。
つまり、現在、結構なご年齢で「愛の処方箋」をお求めというご相談者様は、いい感じに結構なご年齢で、その結構なご年齢に相応しい御慧眼をお持ちなのではないでしょうか?
ところが、現状を見る目があったとしても、あるとは限らないのが「未来を見る目」。結構なご年齢まで独身、彼氏がいない、というのも、ある意味、目の前の物や人がしっかり見え過ぎていたから……なのかもしれませんが、結構なご年齢だからこそ、見るべきものはむしろ「現在」よりも「未来」なんです。
結構だろうが結構でなかろうが、どんな年齢の、どんな恋愛をしている方にとっても、「時間」は時に残酷なようでいて、その実、とっても優しい味方です。
ただ、味方を味方にしておくには、やはり、大切にしなければいけませんよね。恋愛関係において、時間を味方にするためのアドバイスは、ズバリ!
「鏡をゆっくり磨きましょう」。
現在の相談者様の行動パターンを、「すでにピッカピカな鏡を、更にピッカピカに磨き上げながら好きな相手に背後から近付いている」と例えてみましょう。その人のことを最初っから鮮明に映したくて仕方がないわけです。
そして、振り返ったその人を、ピッカピカの鏡に映して、満足してなのか、がっかりしてなのか、すべてを見た気持ちになり、その人のために磨き上げた鏡を叩き割って終わりにしているのではないでしょうか?
もしかしたら、その破片は、相手や、自分に細かい傷をつけているかもしれません。
「時間を大切にする」のは、「変化を喜ぶ」ことでもあります。
相談者様への処方曲には、「Ты и Вы(君とあなた)」を選びました。28歳のプーシキンがアンナ・アレクゼーヴナ・アンドロ・オレニーナに捧げた詩に、あまり知られてはいないものの、ドン・ファン伝説を基にした《石の客》(同じくプーシキンの作品)、たくさんの美しい歌曲を残した作曲家アレクサンドル・ダルゴムイシスキーが、言葉の響きを爽やかに表現した歌曲です。ダルゴムイシスキーは、ドヴォルザークの同名作品が有名な《ルサルカ》などのオペラも残しています。
ロシアを代表する作家・詩人。グリンカの《ルスランとリュドミラ》やチャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》、ムソルグスキー《ボリス・ゴドゥノフ》などのオペラの原作者としても知られている。
ロシア、サンクトペテルブルク出身の作曲家。グリンカとの出会いをきっかけに本格的に作曲に取り組むようになり、《エスメラルダ》や《ルサルカ》などのオペラを残した。
小さいけれど恋心が沸き立つ変化を喜びながら、慌てず徐々に距離を縮めて愛を確かめることの楽しみが感じられる詩と曲です。まあ結局、プーシキンとアンナは短い付き合いに終わり、彼女は別の人と結婚するのですが……。
とりあえず、まったく映らなくはないものの、少々くもり気味の鏡をご用意下さい。もちろんピカピカに磨いた鏡で変化を見ることもできますが、最初から細かいところまで鮮明に見え過ぎると、逆に要点や全体を掴み損ねることも多いでしょう。
そして、少しずつその鏡を磨きながら、相手の変化と、自分自身の視界の変化も楽しんで、「愛」をゆっくり育ててみてください。
処方された歌曲
「くん」と「さん」(君とあなた)
詩: プーシキン (Aleksandr Sergeyevich Pushkin,1799-1837)
曲: ダルゴムイシスキー (Alexander Sergeyevich Dargomyzhsky,1813-1869)
Пустое вы сердечным ты
Она, обмолвясь, заменила
彼女が不意に 僕のこと
「さん」じゃなくて「くん」で呼んだ
И все счастливые мечты
В душе влюбленной возбудила.
幸せが夢のように広がり
魂が恋をして もえた
Пред ней задумчиво стою,
Свести очей с нее нет силы;
彼女を前に 僕は慎重に考える
でも僕の目は彼女に釘付け
И говорю ей: как вы милы!
И мыслю: как тебя люблю!
僕は言う「可愛いよ」って!
でも思ってる「愛してる」って!
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