レコードが流れ、チェンバロが聴ける大人の空間で夜遊び。荻窪「名曲喫茶ミニヨン」
JR総武線 荻窪駅からほど近いビルの2階にそのお店はありました。ドアを開けると、珈琲を淹れる香り、シックな家具に、あたたかなレコードの音色。こんな素敵な空間で、時には生の演奏が聴けることもある「名曲喫茶ミニヨン」。
仕事帰りにふらっと立ち寄って、クラシック音楽を聴きながら、贅沢な時を過ごす...... 名曲喫茶での夜遊びを、白沢達生さんがご提案します。
英文学専攻をへて青山学院大学大学院で西洋美術史を専攻(研究領域は「19世紀フランスにおける17世紀オランダ絵画の評価変遷」)。音楽雑誌編集をへて輸入販売に携わり、仏・...
夜遊びに「名曲喫茶」という選択肢
21世紀もかなり過ぎた今「レコードが再び注目されている」とよく言われます。そんなに違うかなあ、と思いながら体験はしてみたい、でも専門店でいろいろ説明を受けるのも気がひける。もしくは、レコードが体になじむのは知っているけれど、プレイヤーも手放してしまって久しい、また好きなだけじっくり聴きたい。どちらにしても、聴くなら落ち着いた空間がいい……なんとなくそう思ったら、名曲喫茶と名のつく場所に行ってみるとよいかもしれません。
クラシック音楽のレコードをしっかりしたオーディオ装置でかける喫茶店が「名曲喫茶」として続々登場したのが20世紀半ば……まだLPレコードが高価で、個人で買い揃えるのが大変だった時代です。その後は時代の変化もあって数は少なくなりましたが、21世紀にも残っているお店はどこも独特の懐の深さがあって、落ちついた時間を過ごせる空間になっている気がします。
そんな昔からの名曲喫茶で、さらには生演奏まで聴けるところが都内に……。
階段を登れば非日常が...「荻窪ミニヨン」
名曲喫茶ミニヨンは、中央総武線の荻窪駅から歩いてすぐ、商店街の一角に。昼間でも宵どきでも、看板をみつけて階段を上るところからなんとなく「これからちょっと非日常の時間だ」という気分が……。
扉を開ければ、焦茶と白のシックな内装。どんな音楽が響いているかはその時しだい。すぐ左のカウンター奥に並ぶレコードの列、手前には今かかってる盤のジャケットが。入口から見渡しやすい四角い店内は、席ごとにやや高い間仕切りもあって、どこの席もさりげなく自分の時間を確保しやすい作り。ひとりになりたい大人がふらっと立ち寄りやすい場所だなあと思います。
でもピアノのそば、ベートーヴェンの顔が見えるところが人気の席だとか。
名曲喫茶は本来的に「良いオーディオで再生されるレコードを聴きにくるところ」だったので、店によっては私語厳禁のところもありますが、ミニヨンはそこまで厳密にはしていません。それが穏やかな空気感につながっているのかも。
でも静かに聴きたい方への配慮はなされています。次にかけてほしい曲があれば、リクエストは口頭で伝えるのではなくノートに書くようになっていたり……。その参考にする音盤リストは手書きで何冊にもわたるボリューム感ですが、めくればめくるほど探す人がみつけやすい細かな気配りが見えてきます。「探す人」というのは、聴きたい音楽を探すお客さんも、リクエストに応えるお店の方も含めて。
現在のママさんは21世紀に入った年に同店を受け継いだ二代目ですが、先代の頃からのミニヨンを店員としてよくご存知です。
「昭和36年にできた最初のお店は駅の反対側にあって、ちょうど向かいが今でもやっている月光社というレコード屋さんで。この店のコレクションは、ほとんどそこで手配したもの。
椅子やテーブルはたまたま吉祥寺の古本屋さんから揃いで引き取れたのね。昔は音楽を静かに聴きたい人が多かったから、私語厳禁の別室をリスニングルームにしていたけれど、今はこちら(店内)でかけるようにしてますね」
ほどよく年期を経た調度品の数々。前の所有者だった吉祥寺の古本屋というのも、センスのよい場所だったのではと想像してしまいます。18~20世紀のヨーロッパでは、まさにこうした空間で演奏されていた音楽なのだと思いながらレコードの音に耳を傾けていると、店の外に流れている時間のことは心の外に行ってしまう……。
長居してしまう秘訣はいくつかあって、居心地もさることながら、宵時に嬉しいアルコール類も少々。ワインにもコーヒーにも合う食事メニューも心そそります。
壁面には、年代を感じさせる欧州演奏会のポスターや古写真も。運よく近くの席に座れたら、演奏会告知の文字をたどってみるのも素敵な時間になりそうです。
ギャラリースペースではコンサートも開催
「別室のリスニングルーム」とは隣室のギャラリースペースのことで、これが現在のミニヨンのもうひとつの「顔」ともいうべき空間。というのもこのお店、名曲喫茶でありながらレコード観賞だけでなく、折々に音楽会が開かれていて生演奏にも接する機会があるんです。
日本フィルのチェロ奏者の方が中心になって、室内楽の集まりを定期的に催していたのが、やがていろいろな音楽家の方も演奏するように。近年はお客さんからの提案と紹介で、ピアノだけでなくチェンバロ(ピアノの登場以前に普及していた古い鍵盤楽器)も導入されました。名画も多い17世紀オランダ語圏で作られていたモデルだそうで、細かな装飾まで見ていて飽きません。ぜひ生演奏も聴きたいところ。
コンサートは毎月1~2回のペースで開催されています。
少人数で演奏される室内楽や歌曲などは、ベートーヴェンやブラームスなどが活躍した19世紀にはコンサートホールよりもむしろ、このギャラリースペースくらいの客間で演奏されるのが常でした。またバロック時代以前にチェンバロが置かれていた場所も、オランダの古い絵にあるようなプライベート空間がほとんど。ミニヨンでのコンサートは、そうした当時の気配そのままに名曲を体感できる貴重な機会にもなりますね。
先代から受け継がれたレコードコレクションからお気に入りの一曲を
演奏会のないときには、名曲喫茶本来のレコード観賞を。LPレコードの音がどのくらい人の体になじむものかは、実際にお店で体感してみるのがきっと一番でしょう。
「まだレコードが高かった頃は、みんな聴きたいものを店でかけてもらうのに必死でしたね。あれこれママに取り入って高いセット物のレコードを導入してもらう人もよくいらっしゃいました。長いオペラを聴きたいときなんか、全曲聴くのに時間もかかりますから、朝一番で大急ぎでかけつけてリクエストしたり……。」
数千枚に及ぶコレクションは「死角なし」の一言で、古典派・ロマン派から近代にかけてのクラシック王道は一通り、オペラも含め珍しい演目に至るまで充実していますし、さらにはチェンバロが活躍した時代の音楽も。より古い時代の中世・ルネサンス音楽も多く、それだけで分厚いカタログが別冊で用意されているほどです。
体になじむのをよく知っている演目をかけてもらってもよいでしょうし、知らない音楽に出会いにゆく場としても面白いのが名曲喫茶。知らない人と友達になる機会も、新しい何かを知る機会も、大人になったから減るというものではないのですね。
レコードやCDなど音盤のよいところは、身動きや物音で客席の他の方に迷惑をかけやしないか? といった心配もなしに、自分のペースで好きなように聴けること。
会社帰りの宵時まで開いていて、ターミナル駅からもそう遠くない場所にある、個人のスペースを確保できる空間でそれに接することができる名曲喫茶ミニヨンは、自分なりの時間の過ごし方を楽しみたい大人のひとり夜遊びの選択肢として見過ごせないのではないでしょうか。
こうした古くからの業態が「いま」のものとして息づいている中央総武線、沿線の方々がうらやましいです。ミニヨンを出てからもう少し遊んでいても、終電が遅いのはありがたい限り……。
場所:東京都杉並区荻窪4-31-3 マルイチビル2F(JR中央線、営団地下鉄丸の内線、荻窪駅南口徒歩3分)
お問合せ:03-3398-1758
営業時間:12:00~21:00(月~土)
11:00~19:00(日・祝のみ)
定休日:水曜
取材時リクエスト&ミニヨンママおすすめのプレイリスト
ガルッピ:ソナタ第5番/スカルラッティ 3つのソナタ
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(ピアノ)
ジョリヴェ 木管五重奏のためのセレナーデ
フランス木管五重奏団
ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第14番より 第1・2楽章(店主様おすすめより)
カペー四重奏団
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アンナ・モッフォ(ソプラノ) レオポルド・ストコフスキー指揮アメリカ交響楽団
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