イベント
2020.10.30
SDGs×芸術を考える〈前編〉

ソプラノ田中彩子が体当たりでアーティストと共創!持続可能なモノオペラ《ガラシャ》

2019年にNewsweek誌より「世界が尊敬する⽇本⼈100」 に選出され、その多彩な活動で広く知られるソプラノ歌手、田中彩子さん。彼女が構想から作品委嘱、スポンサー獲得まで、すべて体当たりで創り上げている新プロジェクトが、モノオペラ《ガラシャ》だ。
11月20日、京都上賀茂神社橋殿での世界初演(オンラインで世界配信)に先駆けて、京都府出身でウィーンに住む田中さんにオンラインインタビュー!

オペラを創る人
田中彩子
オペラを創る人
田中彩子 ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)

3歳からピアノを学ぶ。18歳で単身ウィーンに留学。わずか4年後の22歳のとき、スイス ベルン州立歌劇場にて、同劇場日本人初、且つ最年少でソリスト・デビューを飾る。ウィ...

取材・文
船越清佳
取材・文
船越清佳 ピアニスト・音楽ライター

岡山市出身。京都市立堀川音楽高校卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。長年日本とヨーロッパで演奏活動を行ない、現在は「音楽の友」「ムジカノーヴァ」等に定期的に寄稿。多く...

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日本とウィーンをつなぐ存在、細川ガラシャの生き方

モノオペラ《ガラシャ》の公演のチケットは1ヵ月で完売したという(※オンライン配信あり)。プロジェクトは、どのような構想を経て、現実化していったのだろうか。

田中彩子「スイスのベルン州立歌劇場でデビューしたころから、『歌手とは、オペラという芸術の最後の一部分に過ぎない』と感じていました。ゼロから自分の手でオペラのプロジェクトを立ち上げたい、それも日本を題材としたものを……という気持ちも、以前から温めてきたものです。

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今年ちょうど、ヨーロッパ在住年数が日本での年月を超えたこと、また昨年、新作のショートオペラの上演で、イタリアとオーストリアのツアーを経験したこともきっかけとなり、題材について考え始めました」

欧米でも、日本にキリスト教が伝わったこの時代の歴史に注目する人は多い。テーマに細川ガラシャを選んだ理由を伺った。

田中「有名な《マダム・バタフライ(蝶々夫人)》を始め、ヨーロッパ人による日本女性を題材とした作品には、私たちから見ると『?』と思う部分もありますよね。日本の視点からも共感を呼び、そして、ヨーロッパの人が興味を惹かれる要素も取り入れた作品に仕上げたかったのです。

当時、宣教師の記録に残されていた細川ガラシャを讃えたオペラ《丹後王国の女王グラツィア》(作曲:シュタウト脚本:アドルフ)は、1698年にウィーンで上演され、ハプスブルグ家の姫君たちを魅了しました。また、マリー=アントワネットは1793年、処刑される直前に『ガラシャのように誇りと信念を持って最期を迎えたい』と妹に書き送っているのです。ウィーンと日本のつながりを含むこれらの事実を知って、ガラシャへの興味が膨らみました。ガラシャのドラマチックな人生は、ヨーロッパと日本の視点を組み合わせつつ、双方を納得させる作品の題材にふさわしいと思ったのです」

田中さんにとってのガラシャ像とは?

田中「『戦国時代の姫・ガラシャ』という色眼鏡を外せば、いい意味で普通の女性ですよね。決断を貫く意志の強さを持ちつつ、離婚に対する迷いもある。『女神』ではなく、強さと弱さが共存する、現代の女性に通じる面に共感します。一方で、小笠原少斎に介錯(切腹する人の首を切りおとすこと)を命じ、家来の手を汚して、自死を禁ずるカトリックの戒律のほうを選んだところに、当時の絶対的な上下関係、またそれが生死と隣り合わせの上下関係であったという事実を思わずにはいられません。現代の私たちからは想像もつかないことですが……」 

モノオペラ《ガラシャ》の衣装をまとって。

自身でアーティストを探し、お願いする

今年に入って、コロナ禍で音楽界が停滞する中でも、ガラシャ・プロジェクトは急速に進んだ。作曲は、共演を重ねて彼女の声をよく知るエステバン・ベンセクリさんに委嘱、脚本は、戯曲「ガラシャの祈り」の著者である横島昇さんに託された。

田中 「国際共同プロジェクトであることから、作曲はヨーロッパの方にと思いました。日本人作曲家に頼んだほうがいいというベンセクリに、『あなたの視点で、あなたが感じたガラシャの音楽を』とお願いしたのが2月。夏までにという無茶なお願いを聞いてくださったんです」

フランスを拠点に活動するアルゼンチン出身の作曲家、エステバン・ベンセクリさん(1970〜)。

これまでにも田中さんのために作品を書き下ろしているベンセクリさんのアルバム紹介動画

田中 「脚本は、日本の歴史と文化に精通した方でなければなりません。ガラシャそのものが、ミステリアスな存在ですし。調査中に読んだ本の一冊に、ご存命の作家の方がいらして、調べてみると、京丹後市にお住まいだということがわかりました。タウンページで調べた電話番号にかけてみたら、何と横島さんご自身が電話に出られたのです。企画を話して脚本をお願いしたら、ご快諾くださいました」

1953年京都府生まれの横島昇さんによる戯曲『ガラシャの祈り 三浦綾子著『細川ガラシャ夫人』に拠る』(未知谷/2019年)
本能寺の変のあと明智光秀の娘・玉子は嫁ぎ先の細川家で匿われキリスト教に帰依、洗礼名ガラシャを得た。ガラシャの敬虔さと美貌は、当時のイエズス会士が本国への報告で伝え、世界的に著名であったヘルマン・ホイヴェルスを嚆矢とし、多くの作家がその凄絶な人生を題材とした。本書は三浦綾子の小説を背景に、自立した女性として戯曲化している。

SDGsの理念をオペラに

モノオペラ《ガラシャ》は、忙しい現代人のライフスタイルも考慮し、上演時間は約1時間半。世界各国での上演を視野に入れ、さまざまな工夫が凝らされている。

田中 「ガラシャの歌と、俳優による小笠原少斎の語りだけで構成され、5幕を通して、音楽だけ、歌だけ、語りだけの部分が交錯する形式です。

言葉が壁になってはならないという思いから、このオペラには会話がありません。小笠原少斎の語りは、各国の聴衆に理解していただけるよう、上演国の言語に翻訳して演じられるような形をとりました。

歌も、ガラシャの辞世の句と、彼女が洗礼を受ける前に勉強したであろうラテン語の修得書〈Contemptus mundi〉から抜粋した古いスペイン語の文を除いて、歌詞のないヴォカリーズの曲で占められています

楽器編成は、現地の奏者を起用することを考え、フルート、チェロ、ピアノ、パーカッションのカルテットという編成を選びました。ピアノはキーボードで代用することもできますし、後の楽器も比較的運搬が容易ですから」

《ガラシャ》は、芸術にSDGs(国連サミットで採択された持続可能な開発目標)をクロスした初のオペラとなる。誰でもアクセスできる公演を目指し、無駄を省いて、残ったものを組み合わせたのが本作品だという。

田中 オペラの上演につきまとう大がかりな準備を排除し、劇場のない国、照明器具がない場所、野外など、どんな場所でも上演できること、それが第一条件でした。

《ガラシャ》の舞台装置は、藍染めの帳(とばり)ひとつです。その帳を掲げるだけで別世界が生まれる、そんな力が音楽にはあるのです。帳なら、巻くだけで世界中を回れますから。

舞台美術は、現代美術作家の杉本博司さんに相談しました。十字を染め抜いた藍染めの帳のみで構成するミニマルな美術を考案していただき、国内外で活躍する藍の染色作家・福本潮子さんが数ヶ月かけて制作してくださいました。古来から伝わる製法で作られた藍の染料は環境を汚染しないため、これもまさにSDGsの一環だと思いました。

《ガラシャ》は私にとって発見ばかり。新たに日本の良さ、日本の芸術を勉強させていただいています」

上:衣装は最高級の丹後ちりめんの打ち掛けを制作。

左:世界初演の舞台となる世界文化遺産 上賀茂神社にて。

日本の美を通してガラシャの心を表現する

衣装は、特別制作された最高級の丹後ちりめんの打ち掛け(近世の武家女性の礼服)をまとう。オペラという西洋音楽の形式を通して、日本の美を世界に伝えることも、田中さんの目標のひとつだ。

田中 「外国人みたいですが、やはり能を取り入れたいと思いました。昨年10月、岡山で行なわれた後楽園華舞台でのコンサート出演の折、前日に能の公演があり、出演されていたのが能楽師の林宗一郎さんだったのです。企画についてお話し、ご協力いただけることになりました。能の所作について細かく教えていただき、今もオンラインレッスンで、歩き方から教えていただいています

彼女の熱意に賛同して集まった、超豪華な出演者と制作協力アーティスト。田中さんのバイタリティあふれる行動力の賜物だろう。

田中 「小笠原少斎の役については、ネットで『渋い俳優 60代から70代』と検索したんです。『渋いな、すてきだな』と思ったのが、俳優の升毅さん。こんな有名な方にどうしよう……と思いつつ、知人を介してお願いしたら、何とご承諾くださいました」

細川ガラシャは、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」にもこれから登場するそうだ。一方、田中さんの《ガラシャ》は、あえて自ら感情を表さず、小笠原少斎を通した幻として描かれる。

田中 「お客様のひとりひとりにガラシャの心を想像していただき、それぞれのガラシャを感じてほしい、それもテーマのひとつです」

さらりと語る声に、田中さんの創作者としてのこだわりがにじむようだった。

公演情報
モノオペラ《ガラシャ》 全2公演 ※世界初演

作曲:エステバン・ベンセクリ

監督:マッテオ・マッツォーニ

脚本:横島昇

能所作:林宗一郎(能楽師)

帳制作:福本潮子

美術協力:杉本博司

出演:

ガラシャ 田中彩子

​小笠原少斎 升毅

 

日時: 2020年11⽉20⽇(⾦)17:30開演/19:00頃終演予定

会場: 世界⽂化遺産 上賀茂神社  ※オンライン世界配信

 

日時: 2020年11⽉22⽇(⽇)18:00開演/20:00頃終演予定

会場: 京都府丹後⽂化会館 

共催: 「細川ガラシャ」京丹後公演実⾏委員会

 

主催: Japan Association for Music Education Program

詳しくはこちら

 

世界同時オンライン配信

日時: 11月27日(金)20:00から3日間配信!

オンラインチケット購入はこちら

オペラを創る人
田中彩子
オペラを創る人
田中彩子 ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)

3歳からピアノを学ぶ。18歳で単身ウィーンに留学。わずか4年後の22歳のとき、スイス ベルン州立歌劇場にて、同劇場日本人初、且つ最年少でソリスト・デビューを飾る。ウィ...

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船越清佳 ピアニスト・音楽ライター

岡山市出身。京都市立堀川音楽高校卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。長年日本とヨーロッパで演奏活動を行ない、現在は「音楽の友」「ムジカノーヴァ」等に定期的に寄稿。多く...

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