猫にシェーンベルクは弾けるのか?〜「恵比寿映像祭2024 月へ行く30の方法」
日曜ヴァイオリニストで、多摩美術大学教授を務めるラクガキストの小川敦生さんが、美術と音楽について思いを巡らし、“ラクガキ”に帰結する連載。今回は愛らしい猫が、20世紀を代表する作曲家シェーンベルクの無調音楽をピアノで演奏する? 映像作品をご紹介。猫とシェーンベルク、思いもよらないコラボレーションの意図を小川さんが読みときます。
1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...
東京都写真美術館(東京・恵比寿)で始まった「恵比寿映像祭2024 月へ行く30の方法」で、驚くべき作品に出会った。アルノルト・シェーンベルクのピアノ曲を、何と猫が弾いているのである。コリー・アーケンジェルによる《3つのピアノ小品 作品11》(2009年)という映像作品だ。
アーケンジェルは、1978年米ニューヨーク州バッファロー生まれ。現在はノルウェーのスタヴァンゲルに住み、アーティスト、作曲家として活動しているという。《3つのピアノ小品 作品11》という作品名は、シェーンベルクが1911年に作曲した楽曲の名前をそのまま借用したものと見られる。
シェーンベルクのピアノ曲に合わせて猫の映像を切り貼り
「十二音技法」への道を開いた重要作
作者のアーケンジェルは作曲家でもあるので、シェーンベルクの作曲史における重要性は十分にわかっていただろう。シェーンベルクは「十二音技法」を創ったことで知られており、確立した時期は《3つのピアノ小品 作品11》の10年以上後の1920年代までくだる。だが、その十二音技法はおおむね「無調」と受け止められている。
つまり、「無調」を特徴とする《3つのピアノ小品 作品11》は、十二音技法への道を開いた重要な作品だったのである。もし動物にこの重要な曲の演奏を担わせるとしたら……ペットとして愛玩される長い歴史を持ちながらも、人間には動きの想像がつかないことが多い猫に託したのは、なかなか自然なことではないだろうか。
カンディンスキーの前衛とアーケンジェルの前衛
シェーンベルクの《3つのピアノ小品 作品11》には、美術と音楽をつなぐ有名なエピソードがある。
1911年1月2日にドイツのミュンヘンで開かれたコンサートでこの曲を聴いた画家のヴァシリー・カンディンスキーは、シェーンベルクの音楽に感動して《印象Ⅲ(コンサート)》(1911年)という油彩画を描いた。さらには、2人の間で膨大な量の手紙のやり取りが始まったのである。カンディンスキーの絵画には音楽性が多く表れているのだが、シェーンベルクとの文通が大きく寄与していることは間違いない。
ちなみに、カンディンスキーの《印象Ⅲ(コンサート)》の黄色について、以前は聴衆の熱狂を表すと解釈されていたが、近年は、当時の新聞記事の検証などによって一般の聴衆にはあまり受けがよくなかったことがわかっている。どうやら、熱狂していたのはカンディンスキー本人のみだった模様だ。前衛作曲家だったシェーンベルクの音楽に前衛画家だったカンディンスキーが熱狂し、交流を始めたわけだ。アーケンジェルがシェーンベルクに着目し、猫にピアノ曲を演奏させたのもまた、今日的前衛なのではないだろうか。
植物にアルファベットを教え、猫にインタビューする
ラクガキスト小川敦生のラクガキ
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