魂で表現するアート「東京ホワイトハンドコーラス」——見えない音楽を“手歌”のパフォーマンスに
耳の聞こえない子どもを中心に2017年に結成された「東京ホワイトハンドコーラス」。今年はそこに目の見えない子どもが加わり、試行錯誤の練習が始まっている。
お互いのコミュニケーションをどのようにとりながら、共に音楽を作り上げていくのか。9月30日(日)東京芸術劇場での合同練習を取材した。
音楽療法専門誌「チャレンジ!音楽療法2003」(2002年)「the ミュージックセラピー」(2003年vol.1~2011年vol.20/音楽之友社)の編集・取材・...
白い手袋と身体を楽器にして表現する“手歌”
「エーデルワーイス エーデルワーイス かーがやけ とわーにー」
歌のラスト、コロンえりかさんのソプラノと溶け合って、白い手袋と身体全体を楽器にして表現する“手歌(しゅか)”が天を指すと、その美しさに思わず心を奪われる。楽器や歌、台詞や舞踊といった表現以外にこんな表現の世界があったとは。まさにアートそのものだ。
子どもたちが主体となって創造する手歌は、手話とは異なるもの。歌のイメージをより豊かに表現するために、例えば、花や山でも、それはどんな花や山なのかを話し合い、新しい表現を加えるなどして、オリジナルの手歌を生み出していく。
練習しているのは「東京ホワイトハンドコーラス」“サイン隊”のメンバー。世界中に広がる教育システム「エル・システマ」(1975年南米ベネズエラで創設)にインスパイアされて日本で始まった一般社団法人エル・システマジャパンと東京芸術劇場が手を取り合って、2017年6月に結成された。
目の見えない子どもが中心の“声隊”とともに
今年は新たに“声隊”も結成。盲学校に通う子どもたちを中心にしたコーラスだ。
9月30日(日)、耳の聴こえない子どもが中心のサイン隊と、目の見えない子どもが中心の声隊が、初の合同練習を行なった。
声隊の子にサイン隊の子が近づき、そっと肩のあたりに触れ「はじめまして」の挨拶。一緒に歌う曲の好きな部分を、覚えたての手話や身振りなどで伝え合い、交流する。その後、さっそく《ふるさとの空》を歌ってみると、とても伸びやかに歌と手歌が響き合った。
それは、まったく新しい「歌&手歌」というアートが、純粋でまっすぐな子どもたちのエネルギーによって「命と魂に満ちた音楽」となって、この世に生み出された瞬間だった。
12月1日のガラコンサートに向けて
彼らが目指す本番は、12月1日(土)の「エル・システマ・フェスティバル2018 ガラコンサート」(池袋・東京芸術劇場)の舞台。
大舞台にかける思いを、東京ホワイトハンドコーラスの3人の講師はこう語る。
「私はサイン隊を指導していますが、手歌はとても美しい一つの言語で、見えないはずの音楽を見えるものにしてくれる、新しい楽器だと思っています。コンサートでは、それを生み出した子どもたちの創造性をぜひご覧いただきたいと思います。
また、声隊の子どもたちも、空間を音だけで認識しながら歌い、手歌と合わせていくので、これはものすごく難しいチャレンジなのです。子どもたちはどんなに小さくても一人の人間として立派な人格や魂、心をもっていて、それらのすべてを注いで精一杯に表現するものは、決して他と比べられるものではないと思います。
子どもたちにはまた、それぞれが得意なことでリーダーになって、自分のできることを全部グループの中に還元してほしいと考えています。手話が母語の子には手話でみんなをリードしてほしいですし、音が少しわかる子には音と合わせる作業を手伝ってもらいたい。また健常の子には、目の見えない子と耳の聴こえない子との架け橋になってもらいたいと思います。一人ひとりに役割があって、ここに自分の居場所も役割もあるということを子どもたち自身に知ってもらいたいと思っています。
日本で耳の聴こえない子と目の見えない子たちが出会い、地球の反対側のベネズエラからやってくる同じ困難を抱えた先輩たちと、音楽を通して出会う。たがいのことを思って舞台に立つことで、すべてを一つに包むような化学反応が起こるのではないか、それが今からとても楽しみです」(コロンえりかさん)。
「私自身もこうして音楽と関わるきっかけをいただき、とても感謝しています。手話が楽しいという子どもたちに出会って、それまでの既成概念を崩される思いでした。手歌を作るときは、えりかさんが言葉通りの表現は面白くないと言ってくださって、歌詞の意味を考えながら子どもたちとともに素晴らしい手歌を作ることができました。
このような新しい世界を作れるということは、とても素晴らしいことです。子どもたちにはぜひ、本番の舞台に立つ喜びを感じ取ってほしいと願っています」(井崎哲也さん/サイン隊講師)
「声隊結成にあたり盲の子たちと出会い、最初に歌を聴いたとき、これならできると思いました。最初から声を整えようとするのではなく、まずは声を出すことに躊躇しないというところから始めました。
また、子どもたちに自分自身の身体感覚への気づきにくさがあるため、足をしっかりと床につけて膝を屈伸させ、重心を下げたり、ストローを使って唇の周りを意識したりするトレーニングを始めました。すると、姿勢も良くなり、声も整ってきました。
声とは、いろいろなものが集約されて出てくるものです。大切なのは、まず自分の声に肯定感をもつということですね。肯定感があるからこそ、他者を受け止めていけるようになり、他の人の声が聴けるようになるのですから」(圡野研治さん/声隊講師)
誰もが才能を開花させる機会を
東京芸術劇場は2008年にドゥダメル率いる「シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ(現シモン・ボリバル交響楽団)」の来日公演を大成功させて以来、2013、2015、2017年に「エル・システマ・フェスティバル」を主催してきた。同劇場とエル・システマの関わりを、コンサートホール・ジェネラルマネージャーの鈴木順子さんはこう語る。
「あらゆる人に音楽に親しむ機会を作るというエル・システマの理念は、あらゆる人に芸術に親しめる場を作るという公共ホールの使命にも通じます。誰もが才能を花開かせるきっかけを作りたいとの思いでエル・システマジャパンと協働しています。手歌は、子どもたちと講師の皆さんとでディスカッションを重ねて生み出したもの。その豊かな表現をぜひ会場でお楽しみいただきたいと思います」
コンサート第1部には、エル・システマから育った注目の指揮者、エンルイス・モンテス・オリバーが登場。相馬・大槌・駒ヶ根の子どもオーケストラ、総勢約100名と《アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク》、《四季》より〈春〉〈冬〉を演奏する。ベネズエラ国外でのデビューとなるオリバーが、どのように日本の子どもたちを束ねるのかがとても楽しみだ。
東京ホワイトハンドコーラスは、第2部で《ふるさとの空》《エーデルワイス》を歌う。昨年に続いてベネズエラから来日するアンサンブル、ララ・ソモスとの共演にも期待が高まる。
*
無限の可能性を秘めた子どもたち。12月のガラコンサートでは、世界各地で活動し、教え合い、育ち合った子どもたちが東京芸術劇場に集結する。彼らが国も年齢も障がいのあるなしも超越し、一人のアーティストとしてどんな音楽を生み出すのか。本番の舞台での彼らの輝きは、必ずや聴き手に大きなエネルギーを与えてくれるに違いない。
これまでになかった、まったく新しいエンターテインメントとして、一人でも多くの方に本公演を知っていただきたいと思う。
「エル・システマ フェスティバル 2017」
“出会いから舞台まで”
編集:日高大樹、映像撮影:日高大樹/株式会社アレイズ、録音:下山幸一
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日時: 2018年12月1日(土)15:00 開演(ロビー開場14:00)
会場: 東京芸術劇場 コンサートホール(東京都豊島区西池袋1-8-1)
料金: 全席指定 一般 2,000円、高校生以下 1,000円 ※未就学児は入場不可
出演: エンルイス・モンテス・オリバー(指揮)、相馬子どもオーケストラ、大槌子どもオーケストラ、駒ケ根子どもオーケストラ、東京ホワイトハンドコーラス(指導・指揮:コロンえりか、井崎哲也、圡野研治 ピアノ:粟津礼子)、ララ・ソモス(ヴォーカル・アンサンブル)
問い合わせ: 東京芸術劇場ボックスオフィス 0570-010-296(休館日を除く10:00~19:00)
公式サイトはこちら
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