声・言葉と身体のマッチングの妙で描くパイト流ゴーゴリの世界〜KIDD PIVOT『REVISOR』
舞踊・演劇ライターの高橋彩子さんが、「音・音楽」から舞台作品を紹介する連載。今回取り上げるのは、日本で待望の初演が実現する、世界から引く手数多の振付師クリスタル・パイト率いるカンパニーKIDD PIVOTがローレンス・オリヴィエ賞も受賞した『REVISOR』。声や言葉の意味・響きと異色にシンクロするダンスで、ゴーゴリの『検察官』をダイレクトに描く作品の見どころを、原作とともに紹介してくれました。
早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...
あくまで演劇やオペラとの比較だが、言葉を用いることが少ないコンテンポラリー・ダンス。抽象的、多義的になりがちだからこそ、別の意味での雄弁性、観る者の胸に沸き起こる感情の発露があるのだけれど、社会の今の状況・動向を直接表すことには不得手な場合が多いのも事実。
そんな中、注目の振付家クリスタル・パイトは、まっすぐに人間の弱さや愚行を表し、警鐘を鳴らすような作品を発表してきた。そこでは声、言葉もまた、身体と密接に関わるツール。今月来日する『REVISOR』は、そのひとつの到達点と言えそうだ。
言葉と身体のシンクロで“人間”を描く
自身のカンパニーKIDD PIVOTで発表した『ベトロッフェンハイト』(2015)では悲惨な事故のトラウマと魂の救済を描き、
ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)に振り付けた『ザ・ステイトメント』(2016)では白熱する会議のもようを言葉と身体で表現し、英国ロイヤル・バレエ団に振り付けた『フライト・パターン』(2017)では壮大なスケールで難民問題を扱い、
パリ・オペラ座で発表した『ボディ・アンド・ソウル』(2019)では人間の摩擦や葛藤、繋がりなどを多彩に具現化し……。
醜さや愚かさを含め人間そのものにフォーカスを当てるカナダ人振付家クリスタル・パイト。KIDD PIVOT主宰のほか、NDTのアソシエイト・コレオグラファー、英国サドラーズ・ウェルズ劇場とカナダのナショナル・アーツ・センターのアソシエイト・アーティストも務め、これまでにブノア賞、ローレンス・オリヴィエ賞などの権威ある賞を多数受賞している。
その作品世界はときに諧謔的、風刺的であり、ひとつの生き物のように動かす群舞にしても、ただ美しいだけでなくさまざまなイメージを喚起させるのが特徴だ。言葉を用いる場合の手法もユニークで、説明に終始するのではなく、その響き・意味と身体のシンクロ具合が大きな効果となり、見応えのある場面を生み出す。
『REVISOR』はそんなパイトが2019年にKIDD PIVOTで発表した作品だ。『ベトロフェンハイト』『ザ・ステイトメント』と同じく俳優で劇作家のジョナサン・ヤングがテキストを執筆し、『ベトロフェンハイト』に続いてローレンス・オリヴィエ賞最優秀新作ダンス作品賞に輝いている。本作を語る上では、原作であるゴーゴリの戯曲『検察官』を欠かすことはできない。
皮肉たっぷりに人間を描いたゴーゴリ『検察官』
帝政ロシア時代の作家ニコライ・ゴーゴリが文豪プーシキンからもらった題材をもとに1835年に執筆し、翌年初演された戯曲『検察官』。「検察官」という訳が浸透しているが、要は査察官のこと(実際、「査察官」とする訳もある)。その査察によって悪行が露見することを恐れる人々の姿が、本作では皮肉や可笑しみたっぷりに書かれており、“皇帝ニコライ一世が抱腹絶倒して出版を許可した”“印刷工場の職人たちが大笑いして仕事にならなかった”などのエピソードが残るほど。演劇史に名を残す名作であり、日本では劇団俳優座が旗揚げ公演に本作を選んでいる。
ロシアの地方都市に、サンクトペテルブルクからお忍びで検察官が来るという連絡が入った。権力を傘に暴利を貪り、不正を繰り返してきた市長ら有力者たちは恐れおののく。街の宿に宿代も払わず逗留を続けている謎の若者がいるという報告を聞いた市長たちは、若者の堂々たる振る舞いや話から、彼こそが検察官だと思い込む。彼をこれでもかともてなし、賄賂を贈る権力者たち。若者はそんな市長らを喜ばせるような話を次々に披露し、有頂天にさせる。しまいには市長の娘と結婚の約束をした上で、一旦サンクトペテルブルクへと発つ若者だったが、もちろん帰るつもりはなく、事の顛末を面白おかしく知人に手紙に書き綴って送っていた。若者が去ったあと、査察への恐怖からこの手紙を開封し、彼が検察官でもなんでもなかったことを知る市長たち。そこへ、本物の検察官の到着の知らせが入るのだった。
本作に描かれた市長らの利権に溺れるさまや、それが明るみに出ることへの狼狽ぶり、手段を選ばず“検察官”を取り込もうとする浅ましさなどが、強烈な風刺として現代にも有効であることは、言うまでもない。
ダンサーの動きとテキストが豊かなイメージを紡ぐ
さて、この『検察官』の世界が、KIDD PIVOTではどのような作品になっているのか、簡単に見ていこう。
開演すると、舞台上には扉、机、棚……と具象的な世界。ダンサーたちは、俳優によって予め録音されたテキストを、あたかもその場で喋っているかのようにリップシンクしながら動きを展開。その動きはテキストに合っていながら日常の動作よりも大仰で、時に言葉を逸脱するような奇妙さとダイナミズムを有していて見応えがある。
テキストは、大枠としては原作に沿った形で始まるが、「静止」「阻止を試みる」「人物2 扉の隣で警戒して立つ」などト書き的な文言も一部挟まれ、ダンサーの動きと相まって独特の効果を生む。途中、言葉が解体され、音・音楽と踊りが前面に出る場面も。そこでは人間の内面や深層心理が見え隠れする。印象的なソロやデュオが観る者のイメージを膨らませてくれることだろう。
出演には、フリーでさまざまなプロジェクトを手掛けて日本でもおなじみのエラ・ホチルドやKIDD PIVOTの日本人メンバー鳴海令那も。
テキストの英語はしばしば矢継ぎ早に発語され、動きと字幕の両方を追う観客は少々忙しいが、その先には、パイトが仕掛けた声・言葉・動きのさまざまなマッチングを経験した者だけがたどり着く景色が待っている。ぜひ、感覚を研ぎ澄ませてそれらを受け止め、噛み締めたい。
愛知公演
日時:2023年5月19日19:00開演(18:15開場)
会場:愛知県芸術劇場大ホール
チケット:愛知県芸術劇場オンラインチケットサービス:https://www-stage.aac.pref.aichi.jp/event/
神奈川公演
日時:5月27日 18:30開演、5月28日14:00開演
会場:神奈川県民ホール大ホール
チケット:
https://www.kanagawa-arts.or.jp/tc/
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