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2022.06.01
神奈川県立音楽堂で開催される「ダブルポートレイト・フォー・マリンバ・アンド・ザ・フューチャー」

アレハンドロ・ヴィニャオが25年ぶりに来日!マリンバ音楽の醍醐味と炸裂するグルーヴ感をぜひライブで

2月のワーク・イン・プログレスで選出されたサウンド・パフォーマンスetc.が高い関心を集めている「紅葉坂プロジェクトVol.1」。常に時代を切り拓いてきた神奈川県立音楽堂が今年スタートさせたシリーズ「新しい視点」の柱の1つだが、新シリーズの今年のもう1つの柱「ダブルポートレイト・フォー・マリンバ・アンド・ザ・フューチャー」に、ジャンルを超えたファンから早くも期待の眼差しが向けられている。

小倉多美子
小倉多美子 音楽学/編集・評論

武蔵野音楽大学音楽学学科卒業、同大大学院修了。現在、武蔵野音楽大学非常勤講師。『音楽芸術』、『ムジカノーヴァ』、NHK交響楽団『フィルハーモニー』の編集に携わる。『最...

アレハンドロ・ヴィニャオ(左)、一柳 慧©Koh Okabe

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「ダブルポートレイト・フォー・マリンバ・アンド・ザ・フューチャー」は、アレハンドロ・ヴィニャオAlejandro Viñao (1951~、アルゼンチン生れ→現在ロンドン在住)と一柳 慧のマリンバを取り巻く作品を、日本を代表するマリンビスト・小森邦彦をはじめ第一線で活躍する演奏家たちが繰り広げる企画。

一柳 慧は、「ソロから室内楽、協奏曲まで、シリーズで書き続けてくれている作曲家はそう多くはない」と小森邦彦も語るように、マリンバ作品の拡大に大きな貢献をしてきた作曲家であり、今回、一柳の生んだマリンバの名作から選りすぐられた名作が、名手たちによって奏でられる。

そして、どんな楽器からも、そしてどのような楽器の組合せからも、新鮮な響きを拡げてくれる作曲家として、世界中に幅広いファンをもつアレハンドロ・ヴィニャオが、この企画のために25年ぶりに来日する。「新型コロナ禍のこの2年間で、海外の演奏会に出席するのは初めてで、とても光栄に思う」と、世界初演も交えた日本公演への意欲は高い。

公演に先立ち、5月6日に記者会見が行われ(オンライン)、ヴィニャオ氏もロンドンから参加。打楽器音楽が通って来た道や未来が作曲家たちから語られた、意義深い会見でもあった。

炸裂するグルーヴ感が人気のヴィニャオ作品

企画に携わる小森氏は、マリンバによる今回の企画の魅力を、「まさに現在生きている私たちと同じ時代性を持っていること」とコメントした。

20世紀にメインストリームに躍り出た打楽器だが、「マリンバ音楽はまだ若く、時代が浅い。バッハやベートーヴェンの時代にはなかったマリンバのためのクラシック音楽は、現在形成されているただ中。(作品の多くが)20世紀に生まれ、凄まじいスピードで淘汰の競争にさらされている。それはマリンバの“現代性”の宿命でもある。マリンバの世界に大きな貢献をしてきたヴィニャオ氏と一柳 慧氏の音楽を、次世代の演奏家や聴衆、他のエリアに伝え、その財産を継承していくことが、演奏家の役割だと思っている」(小森)。企画のもつ意義も高い。

ヴィニャオ作品の幅広い人気の根底に、リズム、グルーヴ感の魅力がある。

小森氏も「ここまでリズムを追究し、良い意味での驚きや達成感を与えてくれる人を、他に多く知りません。その魅力を一言でいえば、グルーヴ感——周期的、持続的なリズムの流れ――でしょう。それが根底にあり、心地よさを生んでいるのですが、しかし心地よいだけでは終わらない、グルーヴの宿命のような嵐が後半に待ち受けていて、酸いも甘いも凄まじさも立ち上ってきます。ぜひその嵐を、ライヴで聴いていただきたいと思います」

小森邦彦:マリンバソリスト。古典楽器ではないマリンバを西洋クラシック音楽の伝統として純マリンバ作品の発展にこだわり、その先駆者の一人として国際的な活動を続けている。これまでに生まれたマリンバ作品の継承と共に新たなマリンバ音楽の更新に力を注いでおり、細川俊夫、権代敦彦、向井耕平、アレハンドロ・ヴィニャオ、ジェームス・ウッド、ピーター・クラッツォゥなど、優れた作曲家による作品の誕生に名を残している。教育活動として、これまで米国カーティス音楽院、独カールスルーエ音楽大学、スペイン・ビルバオ音楽院他、国内外の優れた教育機関やフェスティバルより招かれてマスタークラスを続け、国内では愛知県立芸術大学にて後進の指導にあたっている。イーストマン音楽大学卒業。同校最高名誉である“演奏家証明書”を与えられる。ジョンズ・ホプキンス大学ピーバディ音楽院修士課程を経てディプロマ課程を全額奨学金を得て修了。

確かにヴィニャオ作品のリズム感、グルーヴ感の魅力は強力。だがそこには、現代のクラシック音楽と聴衆との関係を模索して到達した作曲法でもあったことが、会見で語られた。

「現代のクラシック音楽は、聴衆が理解し聴き続けること、聴衆と関係づけることが難しいということを長い間考え、妥協することなく、聴衆に届きやすい音楽の書き方を模索してきました。

私の作品は、最初はシンプルで分かりやすいものから出発し、徐々に発展し複雑さを増すものになっています。シンプルなパルスによるリズム――グルーヴ――、旋律の原形も明確でシンプルなものから始まります。

最初の音楽的文脈が分かりやすければ、聴衆は次に何が起こるかを理解し、どのように発展し、最終的にどれほど複雑で凄まじいものになって現れるか、ということがシンプルなものからなら分かるでしょう。

私は、故郷のラテン・アメリカのリズムに影響を受けていますが、同時にアジア、アフリカ、アメリカの音楽の影響も受けています。現代クラシック音楽が、ポピュラー音楽とあまりに異なる発展の仕方をすると、現代のクラシック音楽がポピュラー音楽から得られるアイディアを用いることもできず、特有の方法で発展することになるのは当然です。

現代クラシック音楽が、ポピュラー音楽から何らかのアイディアを得られれば、厳格なクラシック音楽のホールと若い聴衆の世界との懸け橋ができ、聴衆と現代のクラシック音楽を繋げられるのではと思います。特に若い聴衆の生活の一部分であるポピュラー音楽と関連性を持てるなら、現代のクラシック音楽を楽しむことがより自然になるでしょう」(ヴィニャオ)

アレハンドロ・ヴィニャオ(作曲家・エレクトロニクス):1951年アルゼンチン、ブエノスアイレス生まれ。94年よりアルゼンチンでロシア出身の作曲家ジェイコブ・フィッシャーに師事した後、75年にロンドン王立音楽院に学び、ロンドン大学で博士号を取得。これまでアルス・エレクトロニカにて金賞受賞。ユネスコ
世界音楽賞インターナショナル・ロストラム・オブ・コンポーザーズ第1位。グッゲンハイム・フェローシップなど多くの受賞歴がある。その音楽はタングルウッド音楽祭、ロンドンプロムスなどの世界的な音楽祭や放送で多く取り上げられている。またこれまで欧州、北米、日本などでポートレートコンサートが開かれ、作品は欧米の大学のカリキュラムで研究対象として頻繁に取り上げられている。仏IRCAM、米MIT、英BBC交響楽団、ラジオフランス等を含む世界の多くの組織やグループから作品の委嘱を受けている。オペラ、ミュージックシアター、合唱、管弦楽、エレクトロ―アコースティック作品を含む広範囲に渡って音楽創作を行なっており、また英BBCのために20以上の映像作品にマルチメディア音楽を書き続けている。

ヴィニャオのエレクトロニクス作品の魅力とは

今回の注目作となるのが、フルート、クラリネット、打楽器とエレクトロニクスのための《ファイナル デ フレーズ》(2020)の世界初演である。声、合唱、パーカッション等によるソン・エンテロやフルート&チェロ&ピアノによるトリプル・コンチェルトを聴いたことのある方なら、ベースとなる音素材の魅力を強力に増幅させた音響は、忘れがたいはずだと思う。エレクトロニクスを駆使してはいるが、先にエレクトロニクスで制作した音響在りきのサウンドではない。

「例えば、チェロ、ピアノ、フルートの作品なら、エレクトロニクスによって“フルートのような音”へと拡張し、その拡張の連続によって、さらに広いアコースティックの響きの空間を創り出している」という。ヴィニャオ作品を聴く時、同じ皮膚感覚でアコースティックの響きにも、変容された響きにも魅了される秘密の一端であろう。

 

世界初演されるヴィニャオ《ファイナル デ フレーズ》には、クラリネットにブルックス 信雄 トーン(元大阪フィル首席、写真左)、フルートに橋本岳人(元名古屋フィル首席、写真右)が出演
ヴィニャオ《リフ》では「大変なヴィルトゥオーゾで、リズミックでスピード感に溢れる」ピアニストと小森氏が賛辞を惜しまない、岡本麻子(大阪教育大学准教授)が共演
エレクトロニクスも駆使し、マリンバの響きの魅力を増幅させるマリンバ・カルテットの名曲《ストレス・アンド・フロー》(ヴィニャオ)には、若手打楽器四重奏団「N Percussion Group」が登場

名作として奏し続けられる一柳のマリンバ作品

ヴィニャオ氏のホームページに「Percussion Area」が特設されているように、一柳氏にもマリンビストが必ず1度は演奏する名作が多い。両氏の打楽器作品創造への熱意は、そのまま20世紀以降の打楽器の歴史と深く浸透し合っている。

「20世紀最大の発展は、リズムの領域にありました。それはクラシック音楽のみならず、西洋ポピュラー音楽――ジャズ、ロック、フラメンコ等々、19世紀の大衆音楽でも起こった発展です。19世紀までのヨーロッパ音楽は、リズムの見地からは未発達でしたが、しかし20世紀からすべてが変わり、リズムの革命は21世紀の現在も続いています。打楽器はこの領域で特別な役割を果たしており、多くの作曲家が打楽器音楽を書き続けている所以でしょう」(ヴィニャオ)

一柳氏は、打楽器音楽のマイルストーンの1つともなった《ツィクルス》(シュトックハウゼン)との関係を語った。

「私がマリンバに興味をもったのは、シュトックハウゼンが戦後すぐに書いた、1人の奏者が約30種類の打楽器を駆使する《ツィクルス》があったからで、その独自性で世界の音楽界に衝撃を与えました。

《ツィクルス》は、打楽器の種類の多さと、それらを1人の奏者が駆使することに特徴があったわけですが、それとは反対に、1つの楽器で十分に表現し得る要素を打楽器は備えているわけですから、シュトックハウゼンに代わるような意味での作曲はできないものだろうかと考えました。

そこで、鍵盤楽器なので音程もはっきりしているマリンバの作品を着想したわけです。硬質な音程を持つマリンバは、新たな打楽器作品の作曲に向いているのではないかと思い、取り組みました」

今回は、92年の傑作《共存の宇宙》(マリンバ、ピアノ)、《アクアスケープ》(独奏マリンバ、フルート、ピアノ、2人の打楽器奏者)と、1984年作の3人の打楽器奏者のための《風の軌跡》を、小森邦彦、気鋭の若手N Percussion Groupが公演予定。

名作として奏し続けられている一柳作品と、世界初演作が同時に響く神奈川で、マリンバ音楽の醍醐味と新たなサウンドの生まれるライヴを堪能してほしい。

一柳 慧(作曲家・ピアニスト):1933年、神戸生まれ。52年に19歳で渡米、ジョン・ケージとの知己を得、偶然性や図形楽譜による音楽活動を展開。61年に帰国、自作品並びに欧米の新しい作品の演奏と紹介で様々な分野に強い刺激を与えるとともに、国内外で精力的に作品発表と演奏活動を行なっている。尾高賞を5回、サントリー音楽賞、ジョン・ケージ賞、恩賜賞および日本芸術院賞ほか受賞多数。2008年より文化功労者。18年文化勲章受賞。00年より神奈川芸術文化財団芸術総監督。
ダブルポートレイト・フォー・マリンバ・アンド・ザ・フューチャー

日時:7月10日(日)15:00開演

会場:神奈川県立音楽堂

曲目:一柳慧《共存の宇宙 マリンバとピアノのための》(1992)、《アクアスケープ 独奏マリンバ、フルート、ピアノ、2人の打楽器奏者のための》(1992)、《風の軌跡 3人の打楽器奏者のための》(1984)

アレハンドロ・ヴィニャオ:《リフ》~マリンバとピアノのための~(2006)、《ファイナル デ フレーズ》~フルートとクラリネットと打楽器とエレクトロニクスのための(2020/世界初演)、“ストレス アンド フロー”より《ブライト アンド ダーク》打楽器カルテットとエレクトロニクスのための(2018)

出演:アレハンドロ・ヴィニャオ(作曲・トーク・エレクトロニクス/一柳慧(作曲・トーク)

小森邦彦(マリンバ)、橋本岳人(フルート)、ブルックス 信雄 トーン(クラリネット)、岡本麻子(ピアノ)、N Percussion Group

詳細こちら

 

小倉多美子
小倉多美子 音楽学/編集・評論

武蔵野音楽大学音楽学学科卒業、同大大学院修了。現在、武蔵野音楽大学非常勤講師。『音楽芸術』、『ムジカノーヴァ』、NHK交響楽団『フィルハーモニー』の編集に携わる。『最...

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