イベント
2021.09.09
Reborn-Art Festival 2021夏 レポート前編

小林武史「多様で流動的な出会いが利他のセンスにつながる」リボーンアート・フェス

宮城県石巻がおもな舞台のアート・音楽・食の総合芸術祭「リボーンアート・フェスティバル(Reborn-Art Festival/以下、RAF)」。2017年に始まり、2年に1回ペースで続いている芸術祭だが、震災から10年目となる今回は、2021年夏と2022年春の2期に分けて開催される。日本各地のお祭りがコロナ禍により消えている今、このフェスティバルでは、どんな思いをもつ人が活動しているのか。現在開催中の2021年夏のもようを、2回に分けて、インタビューとレポートでご紹介。

前編では、この芸術祭の発起人の一人であり実行委員長の音楽プロデューサー、小林武史をはじめ、アートのキュレーター、窪田研二、フードディレクターの一人、阿部久利という、3つのジャンルのキーパーソンの言葉を送る。

取材・文
高橋彩子
取材・文
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

メイン写真:2017年のリボーンアート・フェスティバルで発表され、今も展示されている名和晃平の作品「White Deer(Oshika)」。撮影:筆者

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

RAF実行委員長 小林武史(音楽家、ap bank代表理事)

自由で多様な“出会い”が利他のセンスにつながる

音楽家、ap bank代表理事。日本を代表する数多くのアーティストのレコーディング、 プロデュースを手掛ける。 2003年に非営利組織 「ap bank」 を設立。 環境プロジェクトに対する融資から始まり、 野外音楽イベント 「ap bank fes」 の開催や東日本大震災などの被災地支援を続けている。 千葉県木更津市で循環型ファーム&パーク『KURKKU FIELDS』も運営し 「食」 の循環を可視化するプロジェクトも進めている。 東日本大震災復興支援の一環としてスタートしたリボーンアート・フェスティバルでは実行委員長および制作委員長を務め、 2017年には、 ビジュアルデザインスタジオWOW とバルーン・アーティスト DAISY BALLOON とのインスタレーション作品《D・E・A・U》を制作。

——RAFも今回が3回目。フェス全体の成長やお客さんの反応の変化を、どう感じていらっしゃいますか?

小林 RAF自体、僕が代表理事を務めるap bank(※1)から生まれた流れなので、ap bankがイメージしてきたサスティナビリティが、多様に反映されるようになってきた気がしています。より自由になってきたというか、多様性の中で僕たちが生かされているという感覚に行き着いたというか。今回は新型コロナウイルス感染症によってスタッフ同士が集まるのもなかなか難しいなか、電話やZoomを使ってここまでちゃんとできるものかという驚きもありましたね。
※1 ap bank 小林武史とMr.Childrenの櫻井和寿、坂本龍一が設立した、自然エネルギーや環境保全、復興支援活動など、さまざまなプロジェクトを行なう非営利組織

——1回目が終わったあとには、訪れたさまざまな人のもとに、自らヒアリングに出向いたとか。これまでのap bankの活動に加え、東北(山形)出身でもいらっしゃる小林さんは、この芸術祭にそれだけ情熱を注いでおられるのですね。

小林 最初は震災の痛手から立ち直るという主旨で、福島の原発事故や大川小学校の悲劇を、直接踏み込むことは避けながらもどこかで意識する余り、力が入っていたところがあると思います。スタッフを含め、皆が思い描くことと現実の間にギャップがあり、ちぐはぐな部分もあって。そこに対して、僕が「こういうものがいいんだ」という明確なものを持っていたわけではないのですが、次に向けてビジョンをきちんと整えていかなくちゃいけないという思いは、割とはっきり抱いていました。

——今回のテーマは「利他と流動性」。このテーマに託した思いとは?

小林 19年の「いのちのてざわり」というテーマを経て、今回、大もとと言うべきテーマにたどり着いたと思っています。コロナによってアクセルとブレーキの踏み方をみんなそれぞれ考えるしかないなか、ややもするとやっぱり利己的なものがすごく目立ってきていますよね。

でも、これから続く未来のためには、利他のセンスみたいなものがすごく大事な要素になってくるのではないかと考えています。それは、単にボランティア活動や福祉活動や募金活動をしましょうというだけではなくて、利己ともつながっているものだと思うんです。

——「情けは人のためならず」に近い発想でしょうか。

小林 そうかもしれません。「利他と流動性」って、日常でポンポン出てくるような言葉ではないけれど、本当は当たり前のこと。自己と他者、すなわち、個と他の違いを理解したり想像力を働かせて支え合ったりしていくことから生まれる豊かさを、この芸術祭では追求していくべきだと思っています。もちろんそれは難しい作業で、まだまだ僕らが簡単に解決できるわけではないけれど、表現の中に取り入れることで初めて感じられるものもあるのではないでしょうか。

——そうした表現に興味を持ってお客さんが来ることもまた、解決に向かう一歩になるわけですね?

小林 そう思います。漁業をはじめ自然の中でちょっとした営みを続けていらっしゃる人たちが多い石巻の一帯に、芸術祭で人が来て、命として一番、始まりになり得るものを体験する。

それは何かと言うと、「出会う」ということだと僕は考えています。わかりやすい、マニュアル通りの出会いを僕らが企画しているわけではなく、それぞれの中に、何をどんな思いで持ち込むかは、それこそ多様性に委ねられていて、流動性の中での「出会い」から始まっていく。それが利他のセンスにつながるのではないかという気が、僕にはしているんですね。

文化芸術は大切なことを実感として響かせるもの

——このRAFに携わることは、小林さんご自身の創作活動にも何か影響はありますか?

小林 ありますね。僕の立場だからやるべきことだなと考え、ある程度は明確なビジョンを持ってやってみるのですが、狙いどおりの成果だけではない、予期せぬクリエイティビティ上の発見は、何においてもある。そのことが新しい軌道を描いて、次のやるべきこと、シーンのようなものを見せてくれるんです。

——例えば、どういったことでしょうか?

小林 今年は震災から10年目ですが、コロナの影響で、3月11日に人を呼んで大きなライブをやるということはできませんでした。そんな折、音楽番組から出演の話をいただき、ある意味「渡りに船」という思いで、Bank Band(※2)としてできることを追求していくなかで、節目にシンボリックになる楽曲《forgive》(作詞:櫻井和寿、作曲・編曲・プロデュース:小林武史)を制作することになったのですが、それをBank Bandのベストアルバム(9/29発売の『沿志奏逢 4』Teaserに加えた形でリリースすることになり、このRAFのアート作品(※3)にもなるという展開自体、思いがけないことでした。

※2 Bank Bandは、ap bankの可能性を広げるため、小林と櫻井が結成したバンド
※3 森本千絵×WOW×小林武史のインスタレーション「forgive」。RAF桃浦エリアの旧荻浜小学校体育館に展示

《forgive》

「forgive」(アートディレクター・森本千絵、ビジュアルデザインスタジオ・WOW、音楽家・小林武史)。同名の楽曲をモチーフにしたインスタレーション。穴から顔を出して、その空間に流れている音楽を聴く。撮影:筆者

小林 さらに、まだ詳しく言えないのですが、僕の中に新しい音のイメージみたいなものができていて……。

——それは、曲単位のことではなく、もっと大きなお話ですか?

小林 ええ。今回のオリンピックの開会式・閉会式を見ていても、すったもんだは置いておいても、世界標準仕様みたいなところで音楽表現をすることに四苦八苦している印象を受けました。今は若い人たちが海外に行きやすい時代ですが、メインストリームを牽引してきた一人として、若い人たちとは違うやり方で、音楽的に、もっと追求できることがあるなあと強く感じたんです。

——RAFのアート作品も鑑賞しましたが、ドラマティックでありながら穏やかな感覚も覚えるメロディアスな音楽を、首だけを出す不思議な空間で聴くのは、天上かどこか、異世界の体験のようで素敵でした。「forgive」(許す)というのがまた、考えさせられるタイトルで。

小林 ありがとうございます。あの空間は、胎内みたいでもありますよね。タイトルは櫻井くんが考えたもので、最初は震災10年目の節目にこの言葉は異質にも思えたのですが、「利他のセンス」にも近い「forgive」という感覚が、今はたぶんすごく重要で。

時代の風景が色あせたり記憶が薄らいだりすることで循環していく部分もある一方、「デジタルタトゥー」と言われるような、消えずに残っていくものも多い。国同士の歴史的な認識の問題もそうですが、角を突き合わせていたら行き場を失うというなか、「forgive」というのは、弱気ではなく、ポジティブな姿勢で僕らが取り入れていく、あるいはつなげていくべき感覚なんじゃないかと思うんですよ。

Bank Bandで2006年にリリースした《to U》という曲の「人を好きに もっと好きになれるから 頑張らなくてもいいよ 今を好きに もっと好きになれるから あわてなくてもいいよ」という歌詞も、やっぱり《forgive》の感覚に通じています。当時、作詞の櫻井くんに「その心は?」って聞いたら、「だって“あなた”が頑張っているのは知っているから」って。

実際、「頑張れ」と言うけれど、どの立場の人も頑張っていますよね? 震災だけじゃなく、国際社会でも何でも。

——今、世界中が問われていることだと思います。

小林 大事にしていくべき視点ですよね。SDGsにしても、優等生的な、表面をなぞるだけみたいなことに終わらないよう、実感として響かせていく手段を探し出さなくちゃいけない。音楽を含む文化芸術は、そういうものを響かせるためにやっていますから。

今は文化や芸術と一般社会が分けられていて、社会ではある程度計算通りに物事が進む必要があるように考えられている。その計算がどんどんタイトになってきて、それをより発展させて利益を上げることばかり追及すると、バランスを欠いてしまうはずです。

——まさにRAFは、そうした社会と生活と文化芸術を有機的につなげるものと言えますね。

小林 そうですね。そのほうが居心地いいとか気持ちいいとか、そういうことに気づいてくださる人が来てくださっている。わかりやすいものをよりわかりやすくしていくような表現のお祭りではないにもかかわらず、多くの方が何かを感じてくださっています。地域の人たちにもお客さんにも、興味を持ってくださる方が、流動的だけれども一定数いるのは、本当に根づいてきたからだと感じるんです。その人数をただ増やすことだけが目標ではないけれども、それでもやはり、増えていってくれたら嬉しいですね。

アート キュレーター 窪田研二

作品を通じて、想像力を共有していく

上野の森美術館、水戸芸術館現代美術センター学芸員を経て2006年よりインディペンデント・キュレーターとして活動。 2012年−2016年、筑波大学芸術系准教授として創造的復興プロジェクトに参加。 政治、経済といった社会システムにおいてアートが機能しうる可能性をアーティストや大学、企業などと協働し、様々な文化的フォーマットを用いて試みている。国内外の展覧会キュレーションを多数手がける。 現在、学習院女子大学非常勤講師、川村文化芸術振興財団理事。

窪田 今回のキュレーションにあたっては、「利他と流動性」という実行委員長のテーマ、そして、震災から10年とコロナ禍が重なった年であるということが、発想の源泉となっています。東日本大震災では多くの人が利他的な感覚を抱きましたが、10年という歳月の中で、しかたがないことでもあるけれど次第にそれが忘れられつつある。そして近年ではコロナ禍によってさまざまな分断が起き、人々が利己的な動きをするようになりつつあります。そうしたことを、自然の流動性も絡めて、どうしたら一つの展覧会として見せられるのかということを考えました。

具体的には、石巻を中心とする広大なエリアのうち、市街地では人と人の関係、人と社会の関係など、社会における色々な問題に焦点を当て、ジェンダーであったり、健常者と障がい者の関係であったり、マイノリティであったり、普段は会うことがないかもしれない他者に対して、どういう想像力を働かせることができるのかを問う作品を散りばめました。

一方、牡鹿半島などでは、人と自然がどう関わっていくのかに焦点を当てています。これは震災にも直結することですし、生命の循環のシステム、地球環境の問題や資源の問題など、いろいろな事柄につながることです。直接的にメッセージを発する作品を集めているわけではありませんが、どこかで人と人以外の関係性に思いを馳せるような作品になっています。

不要不急とされがちなアートですが、フェスティバル、つまりお祭りには、皆で亡くなった方を思い出すとか、共同体の未来をイメージするとか、そういう機能があります。失われたものや人に思いを馳せると同時に、どうしたら今後、例えば今よりも平和で平等で多様性に富んだ社会を作れるのかを、アーティストの作品を通じて、想像力を共有していくことができるのかが、RAFでも大事だと考えています。

コロナの状況が刻々と変わるなか、RAFも開催すべきか延期すべきか中止すべきかという議論が直前までありました。それでもアーティストのプランを発展させて準備を進めていかないと、会期には間に合わない。ブレーキとアクセルを同時に踏みながら運転するかのようで大変な作業でしたが、作品を見てもらい、いろいろなことを感じ、考えてもらうことがアーティストが望むことであり、作品にとっても最も重要なこと。無理のない範囲で、気をつけて皆さんに来ていただき、会期を全うできたらと思っています。

フードディレクター 阿部久利(お食事・仕出し 松竹)

フードロスに取り組みながら、地域の経済やコミュニティにも寄与する循環を

1972年生まれ。宮城県石巻市出身。石巻市の老舗旅館「阿部新旅館」の14代目。明治大学卒業後、服部栄養専門学校を経て、「日本料理 菱沼」(東京・三田)にて調理技術とワインの知識を学ぶ。その後、数軒の料理店で研鑽を積み、2001年に家業を継ぐため帰郷。2007年に「松竹」店主に就任。先代からの味を継承しつつ、地元の食材を積極的に取り入れ、素材の魅力を最大限伝えるべく日々チャレンジを続けている。

阿部 今まで私はRAFとは少し距離を置いた立ち位置にいて、今回初めて参加します。というのも、これまでのRAFでは、県外の方がフードディレクターを務めていたり、アートが多く展示される牡鹿半島で食のイベントが行なわれたりしていて、街でのフードイベントが少なく、地元との乖離ができつつあったんです。もっと既存の飲食店を巻き込む仕掛けがないと、地元とのコンセンサスを形成するのが難しい。

その溝を埋めるべく、今回はフードディレクターを、地元の人間である、阿部司(割烹 滝川)や私や今村正輝(いまむら)が拝命しました。私は食をテーマにしたシンポジウムや“夜市”のディレクターなどを務めます。これまで私たちのほうでもそれぞれ街を盛り上げるためのフードイベントをやっていたので、良いところを融合させた形のイベントにしていけたらと考えています。

石巻はSDGsに取り組んでいて、フードロスの解消や未利用資源の活用、食文化の繁栄といったことがRAFのミッションでもあります。例えば、害獣として駆除された鹿が食べられないまま捨てられていたり、出荷できなかったトマトが捨てられたりといったことがある。そういうものを捨てず、ひと手間かけて付加価値を与えるには、地元で食に携わっていたり生産現場をよく知っていたりする必要があります。最近になって大量に穫れるようになった魚にカナガシラがあり、骨格の構造が複雑でおろすのが大変で敬遠される魚種なのですが、今回はこれも提供しています。

8月11日のレセプションで料理をする阿部さん(左)。撮影:筆者
8月11日のReborn-Art DININGで提供された阿部さんのメニュー「循環 - 海の幸と大地の恵み」。石巻の旬の食材を使い、環境の課題を盛り込んだ一皿を提供。
photo by Taichi Saito
石巻を代表する飲食店の料理人と国内の著名な料理人が、石巻・宮城の食材をメインに共に料理を作り上げていくセッションディナーで、阿部さんが担当したメニュー「アミューズ5種」(8月24日)。
photo by Taichi Saito

阿部 私自身、未利用の資源を使って、レトルトやコンビニのご飯での孤食が多い独居老人に安く食事を提供したり、子ども食堂をしたりというふうに、フードロスに取り組みながら地域の経済を回し、コミュニティにも寄与するような循環が作れたらと構想中なので、共感するところは大いにあるんです。

「利他と流動性」が今回のテーマですが、石巻には、港町という土地柄もあって、広く外部の人間を受け入れてきた歴史があり、震災を経験し、困難に立ち向かってここまできたという経緯があります。そこには「利他」というものが関わってきました。コロナを含めて流動的な状況があるなか、今後5年、10年と、街を発展させていくためにも、やはり利他ということがキーワードになってきます。

集合知ではないけれど、いろいろな人が知恵を出し合えば、最適な解が見出せるはず。このフェスティバルも一過性の花火ではなく、そのための、先につながっていくものになればと願っています。

イベント情報
リボーンアート・フェスティバル 2021-2022

— 利他と流動性 —

[夏]
会期: 2021年8月11日(水)~9月26日(日)
会場: 宮城県 石巻市街地、牡鹿半島(桃浦、荻浜、小積、鮎川)、女川駅周辺
※ 休祭日:8月18日(水)、9月1日(水)、9月15日(水)

[春]
会期:  2022年4月23日(土)~6月5日(日)
会場: 石巻地域

詳しくはこちら

取材・文
高橋彩子
取材・文
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ