演出の上田久美子と指揮フィッシュが語るオペラの現代化~「見たくないものも描く」
さまざまなジャンルの才能が集まって、従来にないオペラの魅力を開拓する舞台を届けている「全国共同制作オペラ」シリーズ。
東京芸術劇場と愛知県芸術劇場における2023年2月・3月の公演では、宝塚歌劇団で次々と話題作を生み出した上田久美子さんが、初めてのオペラ演出に臨みます。演目は、ヴェリズモ・オペラの傑作として知られる《道化師》と《田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)》のダブルビル。
上田は両作の舞台を現代日本に設定し、ひとつの役をダンサーと歌手が共同作業で演じる、というプランを打ち出しています。前代未聞のこのプロダクションについて、指揮のアッシャー・フィッシュ、そして両作に出演するテノールのアントネッロ・パロンビと共に語ってもらいました。
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
2つの作品のテーマは“人への渇望”
――今回、両作ともに現代日本の、関西のどこかの街が舞台、と伺いました。
上田 ヴェリズモ・オペラというのは、当時オペラを観に行くような文化的上流階級の人たちにとっては見たこともないような最底辺の世界の、ショッキングな出来事を描くものだったと知りました。今の日本に置き換えると、それはどこか。
ここに、現代日本では人口のおよそ7分の1が貧困家庭であるというデータがあります(※)。普通に街を歩いていてそれを実感することはないけれど、確かにそういう場所はある。そこで、残りの7分の6の人が足を踏み入れない場所、“不可視化されている街”を舞台に、そこで起きる出来事というアイデアが生まれてきました。
その際、貧しさを素朴でイノセントなもの、ある種のエキゾティシズムとして描くのでは意味がない。本当に苦しくて痛いものとして描かなければ、原作を置き換えたことにはならないと思うので、ある種見たくないようなものも描かなければ、と思っています。
――公演ポスターは、日本のどこかのシャッター商店街のようなところにチラシが貼ってあって、そこに被さるように「みんなさみしいねん」という手書きの文字が書かれています。
上田 チラシを貼っていたらそこに落書きされちゃった、というイメージです。人は、「一人でいたくない」という本能的な思いから、宗教を信じたり、お祭りをしたり、旅芝居に行って役者におひねりを渡したり、あるいは恋愛という強固な関係性を築こうとしたりします。オペラに登場する街の人たちもそういう“人への渇望”を持っていて、しかしそこに齟齬が生じる。
2作品は共に同じ街で起こった出来事で、まず夏には《道化師》で大衆演劇の一座がやってくる。そして秋になるとだんじり祭りがあり、そこで《田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)》の悲劇が起きる、ということにしました。
※OECDのデータでは、2018年の日本の相対貧困率が
オペラが生き続けるために現代化は必須
――フィッシュさんは、現代日本に置き換えるという上田さんの演出プランを聞いて、どう思われましたか。
フィッシュ 両作で扱っている貧困の問題を、今の日本のスラム化した都市の問題と重ね合わせていくというアイデアは、すごくパワフルなものになる予感がします。非常に前衛的ですが、今の日本の人たちにとっては意味のあるプロダクションになるのではないでしょうか。
――現代社会でオペラを上演する際には、こうした読み替えは必要なことだとお考えでしょうか。
フィッシュ オペラという芸術を生きたものにする、未来に向けて発信し続けていくためには、現代化は必須だと考えます。今はオペラに限らず、さまざまな芸術のジャンルで観客が減り続けている状況。そんな中、たとえ古典作品であろうとも、常にアップデートしていくということが非常に重要なのです。
オペラの場合、書かれている音楽というものがあり、それを尊重することを忘れなければ、どんな時代のどのような作品であろうとも、現代化は可能だと思います。
――「オペラの現代化」について、実際に演じる立場として、パロンビさんはどうお考えでしょうか。
パロンビ 私は常に、自分自身のことを楽器だと思っています。声も体も、演出家に使ってもらうものなのです。マエストロがおっしゃるように、重要なのはオペラの本質、すなわち音楽に忠実であること。上田さんと話す中で、今回の演出もその点は守られると確信しました。ですから私としては、探求しに行こうという気持ちで作品と向き合いたいと思っています。
初心者でも入っていきやすい舞台に
――今回は、文楽における太夫と人形遣いにヒントを得て、ひとつの役をダンサーと歌手が共同で演じるということですが、具体的にはどのような動きをすることになるのでしょうか。
上田 《道化師》では、劇中劇のシーンを、街にやってきた大衆演劇の一座のお芝居ということにしますが、ダンサーが演じるのを黒い衣裳を着た歌手が操っている、というふうにするつもりです。
《田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)》の方は、幕が開く前に、サントゥッツァとトゥリッドゥをめぐる人間関係をダンサーが演じてみせておく、ということを考えています。初めてオペラを観る人にとっては、いきなり嫉妬した女が出てきて嘆いている、という構図はわかりにくいので、前提となる人間関係をあらかじめ提示しておけば、物語に入っていきやすいかな、と思いました。
そのほかにも、現代日本に移したことで齟齬が生じるテクスト、たとえば「復活祭」や「マリア様に祈る」といった部分は言葉を変えて、関西弁の字幕として舞台上に投影しようとも思っています。
――オペラ初心者の方でも入っていきやすいですね。
上田 これは遠い昔の外国で起きたお話ではなく、自分たちにも置き換えられるということをわかってもらえる助けになればと考えています。
――ところで、両作共通のテーマである「人への渇望」という点ですが、上田さんご自身は愛が人を救う、と考えていらっしゃるのでしょうか。
上田 この作品たちに描かれている愛は、救いませんよね。カニオにしてもサントゥッツァにしても、愛というより依存ではないかな。みんなが愛だと思っているものは、果たして本当に愛なのか、ということを問いかける作品だと思います。そう考えると、男女間の愛では救われない……むしろ、本当にうまくいくために必要なのは人間愛、ではないでしょうか。
レオンカヴァッロ作曲のプロローグと2幕からなるオペラ。1892年ミラノで初演。旅回りの道化師一座の座長カニオは、妻ネッダが青年と駆け落ちしようとしているのに気づく。そして芝居上演中、自分の役が現在の自分の立場に酷似しているため、嫉妬のあまりネッダを舞台上で殺してしまう。ヴェリズモ・オペラの代表作のひとつ。アリア〈衣装をつけろ〉は有名。
《道化師》より〈衣装をつけろ〉(カニオ)
マスカーニの1幕のオペラ。1890年にローマで初演。1890年頃のシチリア島を舞台にした愛の悲劇で、ヴェリズモ・オペラの先駆となった作品。間奏曲はとくに有名。
《田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)》より間奏曲
新演出/イタリア語上演、日本語・英語字幕付き
【東京公演】
日程:2023年02月03日(金)18:30開演、05日 (日)14:00開演
会場:東京芸術劇場コンサートホール
【愛知公演】
日程:2023 年 3月3日(金)18:00 開演、5日(日)14:00 開演
会場:愛知県芸術劇場大ホール
指揮:アッシャー・フィッシュ
演出:上田久美子
出演:
《道化師》
カニオ [加美男]:アントネッロ・パロンビ/三井 聡*
ネッダ [寧々]:柴田紗貴子/蘭乃はな*
トニオ [富男]:清水勇磨/小浦一優(芋洗坂係長)*
ペッペ [ペーペー]:中井亮一/村岡友憲*
シルヴィオ [知男]:高橋洋介/森川次朗*
《田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)》
トゥリッドゥ [護男]:アントネッロ・パロンビ/柳本雅寛*
サントゥッツァ [聖子]:テレサ・ロマーノ/三東瑠璃*
ローラ [葉子]:鳥木弥生/髙原伸子*
アルフィオ [日野] :三戸大久/宮河愛一郎*
ルチア [光江] :森山京子/ケイタケイ*
両演目出演:やまだしげき*/川村美紀子*
*ダンス出演
【東京公演】
管弦楽:読売日本交響楽団
【愛知公演】
管弦楽:中部フィルハーモニー管弦楽団
合唱:愛知県芸術劇場合唱団
児童合唱:名古屋少年少女合唱団
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