ノエ・スーリエ『The Waves』パーカッションの生演奏と内面的なダンスの世界
従来のロマンティックな物語バレエの世界ではなく、もっと現代的で洗練された、音楽的要素も大切にした、新しいダンスに触れてみたい人には、見逃せない機会がやってくる。
いまヨーロッパの最先端を担う振付家のひとりで、リヨン・オペラ座バレエ団やネザーランド・ダンス・シアター2などからも委嘱されているフランス出身の振付家ノエ・スーリエの話題作『The Waves』(ザ・ウェーブス)が、この春に彩の国さいたま芸術劇場、ロームシアター京都で上演される。
パーカッションの生演奏の要素も入ったその舞台は、一体どのようなものになるのか?
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
気鋭の振付家ノエ・スーリエが生み出す、ありのままの人生のようなダンス
ああ、こういうダンスが観たかったんだと思った。
集団全体が同じ動きで、主にこちらを向きながら踊るのもいいけれど、もっと不揃いで、一致したり分裂したり、自分自身に疑問を持ったり、もつれあったり、すれ違ったりする――それがありのままの人生だよね、というような——媚びないダンスのあり方が、ここにはある。
2020年よりアンジェ国立現代舞踊センターのディレクターをつとめている、1987年パリ生まれの振付家ノエ・スーリエの『The Waves』(ザ・ウェーブス)は、イギリスの作家ヴァージニア・ウルフ(1882-1941)の小説「波」からヒントを得て創られた舞台作品で、2018年にベルリンで初演されたもの。その映像を観たが、とても面白かった。
1987年パリ生まれ。パリ国立高等音楽・舞踊学校やベルギーのP.A.R.T.S.でダンスを学び、ソルボンヌ大学で哲学の修士号を取得。2010年パリ市立劇場とミュゼ・ドゥ・ラ・ダンスが主催するダンスコンクール「ダンス・エラルジー」で最優秀賞を受賞。2020年よりアンジェ国立現代舞踊センター(Cndc-Angers)のディレクターを務める。ラン国立バレエ団、バレエ・ロレーヌ、L.A. Dance Project 、リヨン・オペラ座バレエ団、ネザーランド・ダンス・シアター2(NDT2)の委嘱で振付を提供するほか、劇場や美術館、書籍などにおいて身振りと身体経験との関係、ダンスへの様々なアプローチを探求する、今注目のアーティスト。
©️Wilfried Thierry-Cndc
パーカッションの生演奏とダンスの呼応
舞台上には6人の男女のダンサー、そして下手側には2人のパーカッション奏者。
楽器の響きに応じながらダンサーたちは、即興的にも見えるし、自律的にも見えるし、一定の秩序があるようにも見える、不思議な動きをみせていく。
日常の延長線上にありながら、ときに寝転がって両足で相手の足をはさみこんだりするような、そこに心の動きもともなうような動きだ。
男女の愛と葛藤の雰囲気もあれば、孤独にこもるようなところもある。数人は躍動しているのに、他の数人はそれに従わなかったり、別の動きで応じたり……。
明確な物語がそこにあるわけではないが、何かが生まれそうな詩的な雰囲気がある。
ダンサーの傍らには常にふたりのパーカッション奏者の生演奏がある。
長年にわたってダンスシーンを牽引してきた「ローザス」の作品に数多く参加してきた、現代音楽アンサンブル・イクトゥスのメンバーである。
彼らの演奏は、ダンサーたちにとって、見えない力のように働き続けている。オリジナル楽曲と即興の間にあるようなこの音楽は、闇の静寂から複雑で多彩なリズムまで、生の舞台では素晴らしい波動を、観客にもきっと与えてくれるに違いない。
ノエ・スーリエ作品の核心に触れる、ヴァージニア・ウルフの言葉
ヒントになるのは、作品中、3度にわたって音楽もダンスも中断し、一人のダンサーが舞台中央に立ってヴァージニア・ウルフの一節を語りかけるシーンだ。
そのうちのひとつはこんな言葉だ。
「だから君にわかってもらうには、私の人生を手渡すには、物語をせねばなりませんな――物語はたくさん、あまりにたくさんある――幼年時代の物語、学校時代の物語、恋愛、結婚、死の物語など。しかし、どれひとつとして真実ではないのですよ。
それでも我々は子どものごとく物語をし合い、それをよく見せようとして、大袈裟で、きらびやかな、美しいフレーズをでっち上げるわけです。
(中略)私はいまでは、恋人たちが使うような短い言葉、歩道で足を引きずるような切れ切れの言葉、不明瞭な言葉を切望するようになっているのです」
※早川書房『波[新訳版]』ヴァージニア・ウルフ著 森山恵訳 273〜274ページより引用
何て素敵な言葉だろう。
コンテンポラリー・ダンスの本質にかかわるような、そしてノエ・スーリエの作品の核心に触れるようなメッセージが、この部分では雄弁に語られている。
『The Waves』を体験するということ
あるシーンが目に焼き付いている。
一人の男性ダンサーが、片腕の一部をもう片方の手で持ち上げようとして、不思議そうな表情をするのだ。Tシャツをめくって、胴体を見せる。両手で頬を思い切りつねって広げてみる。
いったいこの腕は、この胴体は、この顔は何だ?
自分の身体の一部が、役割を見失って、当たり前のものでなくなる奇妙な瞬間。何だこれは?と戸惑う瞬間。そんな問いかけまでがこの作品には含まれている。
終わり近くでたった一度だけ、照明がやや暖色系になり、全員が熱狂的に一致して踊るシーンがある。それまでの展開が内省的・哲学的なだけに、それはとてもかけがえのない美しい人生の瞬間に見えた。
これは、物語ではなく、いうなれば詩的なエッセイのようなダンスだ。
あらかじめ決められた感動のストーリー、ではなく、自分自身であろうとしている人々の、偽りのないダンサーたちの姿を観たい人にとっては、緊迫感あふれるパーカッション・アンサンブルの生演奏ともども、きっと素晴らしい体験を得られることだろう。
<埼玉公演>
日時:2024年3月29日(金)19時、30日(土)15時開演
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
料金:一般5,000円、メンバーズ4,500円、U-25 2,500円(25歳以下/入場時要身分証提示)
<京都公演>
日時:2024年4月5日(金)19時開演
会場:ロームシアター京都 サウスホール
料金:一般4,000円、ユース (25歳以下)2,000円、18歳以下1,000円(ユース(25歳以下)、18歳以下入場時要身分証提示)
出演:
ステファニー・アムラオ、ジュリー・シャルボニエ、アドリアーノ・コレッタ、船矢祐美子、ナンガリンヌ・ゴミス、ナン・ピアソン
パーカッション:トム・ドゥ・コック、ゲリット・ヌレンス(イクトゥス)
音楽:ノエ・スーリエ、トム・ドゥ・コック、ゲリット・ヌレンス
日時:2024年4月6日(土)14:00開演
会場:ロームシアター京都 ローム・スクエア
料金:入場無料・予約不要
振付:ノエ・スーリエ
出演:ステファニー・アムラオ、ジュリー・シャルボニエ、アドリアーノ・コレッタ、船矢祐美子、ナンガリンヌ・ゴミス、ナン・ピアソン
作品概要:
身体の動きとそれが展開する空間との関係を探求するプロジェクト。場所の特性に合わせて構成された振付で、6人のダンサーが空間に対する新たな視点を提示します。
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