近所のデパートで購入してから──タブラ奏者U-zhaan(ユザーン)の音楽との出会い
日本を代表するタブラ奏者として、坂本龍一やCornelius、ハナレグミらとコラボレーションし、矢野顕子や椎名林檎、くるり、レキシなど、多彩なアーティストの作品に参加しているU-zhaan。タブラとの出会いからタブラ奏者としての転機、クラシックファンにオススメする作品までを聞いた。
レコード&CDショップ「六本木WAVE」勤務を経て、雑誌「BAR-F-OUT!」編集部、「マーブルブックス」編集部に在籍。以後、フリーランスに。現在は、バンドからシン...
──まずは、タブラという楽器に出会ったときのお話からうかがえますか?
大学1年生の夏休みに、近所のデパートで購入したのが最初です。催事場で民芸品フェアみたいなのをやってて、その一画に民族楽器屋が出店していたんですが、その店の片隅にタブラが2セット置いてあって。その民芸品フェアへ行ったのは、父親が「なんかこんなのやってるぞ」って催事のチラシをくれたからなんですけど。そういうのが好きそうだと思われてたんでしょうね。
──お父さんも音楽が好きだった?
そうですね。ビートルズやベンチャーズが好きで、エレキギターが欲しかったらしいんですけど、彼が住んでいた栃木県足利市にエレキギター禁止条例が制定されてしまい、仕方なくフォークギターを弾いていたそうです。
──タブラを購入したのは?
最初、その民族楽器屋の店主からはディジュリドゥを勧められたんですよ。4年後にシドニーオリンピックが控えてるから、今後(オーストラリアの民族楽器である)ディジュリドゥは絶対に流行るって。ちょっとそれにも惹かれたんですが、ディジュリドゥは8万円もしたからタブラを選びました。
──ちなみに、タブラの値段は?
29,800円って書いてあったんですけど、ボディにへこみを見つけたのでそれをネタに値引き交渉したら25,000円まで下がりました。
──タブラを買ったのは、演奏したいと思ったからなんですか?
いや、インテリア的な感覚ですね。殺風景な部屋だったんで、観葉植物の代わりに置いておこうかと。あと、部屋ではほとんど床に座って生活していたので、床で叩くスタイルの太鼓はちょうどいいかなって。
──それまでに楽器は何か?
中学の時に吹奏楽部でユーフォニアムを担当していたのと、家ではギターを弾いたりしてました。ジャズが好きだったのでジャズギターの練習をしてたんですけど、まったく上達しなかった。
──購入前から、タブラという楽器はご存知だったんですか?
名前と形状は知っていました。当時、テレビ東京で『(タモリの)音楽は世界だ』という、タモリさんが司会をしていた番組があったんですが、その中でタブラを題材にしたクイズが出されたことがあって。クイズの答えがベビーパウダーだった記憶があるので、『演奏するときに何を手に付けるか』みたいな問題だったんじゃないかな。
──先ほど、インテリア的な感覚でタブラを買われたというお話がありましたけど、実際に演奏されたのは?
まず、どんな音がするのかなと思って、タブラを買ったのと同じデパートにあったレコードショップでタブラのCDを買いました。キングレコードからリリースされていた民族音楽シリーズの一枚である『超絶のリズム~インド古典パーカッション』というタイトルのものだったんですが、それを再生してみたら、聴いたことのない音とリズムが洪水のように流れ始めた。ザキール・フセイン先生の演奏だったんですけど、これはすごいぞと思って。タブラを習いに行くことをすぐに決めました。
──U-zhaanさんはインドに滞在してタブラを習われていますが、最初は日本で?
そうですね。シタール奏者の中村仁さんがタブラの教室もやっていらっしゃったので、最初はそこへ通いました。次にタブラ奏者の吉見征樹さん、逆瀬川健治さんというお二方にも習いに行きました。インドに渡ったのはそのあとです。
──インドそのものへの興味はもともとあったんですか?
それはまったくなかったですね。カレーとターバンのイメージくらいしか持ち合わせてなかったし、そんな見知らぬ国へは正直なところ全然行きたくなかった。それでも行ったのは、もっとタブラのことを知りたいと思ったからでしょうね。インドに行く以外に、上達の方法が思い当たらなかった。
──その頃、ポップミュージックの中でタブラが演奏されている曲はほぼなかった?
探せばありましたよ。吉見征樹さんが友部正人さんのライブで演奏しているのを見に行ったりしましたし、Monday満ちるさんの作品にも吉見さんは参加されていましたし。
──それにしても、出会ってから一気にタブラにのめり込んでいったんですね。
そうですね。生まれて初めて何かに集中した感じでした。いや、『ドラゴンクエストV』の仲間モンスター集め以来かな(笑)。いずれにしても、自分の意思で何かを習いに行ったのは人生でタブラが初めてです。
──そして現在、U-zhaanさんは日本を代表するタブラ奏者として活躍されていて、非常に多岐にわたる音楽性の方々とコラボレーションされています。それは、タブラという楽器の自由度が高いからでしょうか?
タブラがそれほど自由な楽器だとは、僕は思ってないんですよ。同時に出せる音は基本的に2つだけだし、チューニング違いの楽器を並べて演奏するにしても、鳴らせる音階には限りがあるし。同じ打楽器なら、両手両足を使えるドラムのほうが自由度は高いんだろうなと客観的には思います。ただ僕自身はタブラしか演奏できないんで、なんとかこの楽器だけでさまざまな表現ができないかと工夫している感じですね。
──U-zhaanさんのタブラ演奏からは、“自由さ”を感じることも多いです。
それはすごくうれしいですよ。そう感じてもらえているんだったら、工夫がそれなりにうまくいっているということです(笑)。でも、なんだろう……僕はフィジカル的な演奏能力があまり高くないから悪戦苦闘しているけど、僕が2005年から師事しているザキール・フセイン先生は『タブラほど自由な楽器はない』と公言した上で、それを体現し続けている人なんですよね。本当にすごいなと思います。
──これまでいろいろな方と共演されていますが、タブラ奏者として大きかった出会いを教えてください。
タブラ奏者というか、ミュージシャンとして転機になったのは、2007年に新潟県で開催されたハナレグミとのライブです。1時間半以上のステージを2人だけでやったんですが、ハナレグミはギターの弾き語りで、もちろん僕は基本的にタブラのみ。なので楽曲ごとのアレンジに変化を付けるのに苦労しました。音階違いのタブラを並べてメロディやコード的なアプローチをするのを本格的にやったのはこのときが初めてだし、ドラム用のブラシを演奏に使ったのもこの日が最初だと思います。
そのライブを終えて、なんとなく『この先、なんでもできるんじゃないか』みたいな気持ちになりました。方法さえ模索すればどんな音楽にもタブラが入る余地はあるし、やり方次第ではどこにもない音楽を創造できるかもしれないと。
あのとき、辛抱強く何度もリハーサルを重ねてくれたハナレグミの永積崇くんには、今もすごく感謝してます。
──2人だけというのが大きかった?
それは大きいかもしれません。ドラムやベースがいるようなバンド編成にタブラで参加する場合、どうしても色付けのパーカッション的な演奏を選んでしまいがちです。でも2人しかいない状態だと、僕のアプローチ次第で曲の雰囲気がまったく違うものになるわけですよね。アレンジしたい方向に合わせて、ドラマーの位置でビートを刻むこともできるし、リフを弾くシンセサイザー奏者みたいな役割にもなることができる。
──今後の活動について教えていただきたいんですが、タブラ奏者としてこういう音楽を生み出したい、こんな演奏家になりたいというイメージが持たれていますか?
なりたい演奏家のイメージとして一番に浮かぶのは、やはりザキール・フセイン先生です。あらゆる局面で柔軟に対応し、的確な音を自在に出せる彼を見ていると、ああやってもっと自由に演奏できるようになりたいと思いますよね。
でも先生は『俺みたいになろうとするな』って、いつも言うんですよ。それは『お前には無理だから』という意味ではなくて、もっと自分だけの演奏を追求しなくちゃいけないっていう。オリジナルであることの大切さを繰り返し説かれます。
──ここまで、タブラとの出会いから現在までを話していただきましたけど、U-zhaanさんの音楽をまだ聴いたことがない人に、1枚オススメするとしたら?
2014年にリリースした『Tabla Rock Mountain』ですかね。というか、ソロ名義の作品はこの1枚しか出していないんですよ(笑)。色々なジャンルの音楽家と多様なコラボレーションをしているので、楽しんでもらえるんじゃないかなと思います。
──では、クラシックを聴く人にタブラが入った作品を何かオススメするなら?
(熟考し)ベラ・フレックというマンドリン奏者がいるんですけど、彼とザキール・フセイン先生、それにベーシストのエドガー・メイヤーを加えたトリオで演奏しているアルバム『The Melody of Rhythm –Triple Concerto & Music for Trio』はどうでしょうか。オーケストラが参加している曲もあるし、クラシックを聴く人にも耳馴染みがいいかと。
耳馴染みという点では、ピアノもいいかもしれないですね。坂本龍一さんのソロピアノに合わせて僕がタブラを叩いている7インチレコード『Tibetan Dance/Asience』があるんですが、それも気に入ってもらえるかもな。ただ、今は絶版になっちゃってるので探すのが大変かもです。
──U-zhaanさん自身は、クラシックを聴いたりされますか?
今はそんなに頻繁に聴くわけではないですが、好きですよ。中学の頃は毎朝、NHK FMの『朝のバロック』という番組を聴いてましたね。チェンバロの音が大好きだったんです。
あと子どもの頃『ドラゴンクエスト』の音楽を交響曲にアレンジしてNHK交響楽団が演奏しているコンサートを聴きに行ったときには、かなり衝撃を受けました。8ビットのゲーム音楽が、これほど壮大なものになるんだって。
そういえば去年、ジェフ・ミルズと東京フィルハーモニー交響楽団がコラボレーションしたコンサートにゲストで呼ばれてタブラを叩いたんですけど、やっぱりオーケストラの中で演奏するのってとても気持ちがいいものだということがわかりました。
──今後、共演してみたいクラシックの演奏家はいらっしゃいますか?
ヴァイオリニストの大谷(康子)さんとテレビ番組で共演したことがあるんですけど、それがとても楽しかったので、またいつか一緒に演奏できたらと思います。
タブラ奏者。1977年生まれ。埼玉県川越市出身。96年にデパートでタブラを見つけたことをきっかけにタブラを学びはじめる。現在はオニンド・チャタルジー、ザキール・フセインの両氏にタブラを師事。坂本龍一やハナレグミなど、さまざまなジャンルの音楽家ともコラボをしている。昨年2月に蓮沼執太&U-zhaan名義でアルバム『2Tone』をリリース、今年4月にはフルカワミキ÷ユザーンとして『KOUTA LP』をリリースした。
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