インタビュー
2023.06.06
ONTOMO独占インタビュー

アレクサンドラ・ドヴガン ヨーロッパですでに評判の天才ピアニストは現在15歳  

2020年に12歳で日本デビューを飾る予定だったロシアのピアニスト、アレクサンドラ・ドウガンさん。コロナ禍による延期を経て、昨年9月にとうとう初来日を果たしました。

グリゴリー・ソコロフをして「ただの驚異的な子どもと言ってはいけない。その演奏は決して子どものものではない。聞こえてくるのは、成熟した個性的な演奏である」といわしめ、ヨーロッパではすでに何年も前から知られた存在。ゲルギエフ、スピヴァコフ、フェドセーエフと言ったロシアの巨匠や、ドゥダメル、コープマン等の著名な指揮者と共演し、ザルツブルク音楽祭にも出演しています。

15歳にしてすでに独自の世界を確立し、ただならぬ存在感を漂わせているこの天才ピアニストに話がききたい!ということで、ONTOMOの独占インタビューが実現しました。

ききて・まとめ
道下京子
ききて・まとめ
道下京子 音楽評論家

2019年夏、息子が10歳を過ぎたのを機に海外へ行くのを再開。 1969年東京都大田区に生まれ、自然豊かな広島県の世羅高原で育つ。子どもの頃、ひよこ(のちにニワトリ)...

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

モーツァルトの「ピアノ協奏曲第24番」のカデンツァは自分で書くことにしました

――初めて訪れた日本でのコンサートの印象をお聞かせください

D 温かく迎え入れてくださり、関係するすべてのみなさまに感謝します。

特に印象的だったのは、日本の聴衆のみなさんです。とても真剣に聴いてくださり、誰もホールにいないのかと思ってしまうほど静かでした。そして、演奏が終わると盛大な拍手! 日本ではクラシック音楽が愛され、関心をもってみなさんがコンサートに足を運んでいることをとても嬉しく思いました。

――紀尾井ホール室内管弦楽団や読売日本交響楽団、京都市交響楽団との共演、紀尾井ホールでのリサイタルについて、感想をお聞かせください

D  最初の公演は、紀尾井ホール室内管弦楽団と共演経験のあるトレヴァー・ピノックの指揮でした。ショパンはオーケストラと合わせて演奏することがとても大事ですが、それと同時に自由に演奏することも大切です。これはオーケストラと指揮者の助けによってうまくできたと思います。

同じ紀尾井ホールでソロ・リサイタルも行なうことができ、とても満足しています。ホールは驚くほど素晴らしい響きで、ピアノの細かな音色やニュアンスもしっかり聞こえました。

読売日本交響楽団は、1回だけのリハーサルでしたが、オーケストラや指揮者と理解しあうことができたと思っています。

京都市交響楽団と、大阪と名古屋の素晴らしいコンサートホールでショパンを共演できたことも幸せでした。

―モーツァルトの「ピアノ協奏曲第24番」のカデンツァ(※)は、どの版をとりあげましたか?

D この作品には、モーツァルトが作曲したカデンツァはありません。私はいろんな録音を聴き、この作品のために他の作曲家が書いた素晴らしいカデンツァも見てみました。結局、自分で形式的にモーツァルトにより近いカデンツァを書くことにしたのです。

※カデンツァ:終止の前に挿入される自由な無伴奏の部分

鈴木優人指揮読売日本交響楽団とモーツァルト「ピアノ協奏曲第24番」を共演(2022年9月28日・ミューザ川崎シンフォニーホール)
続きを読む

一度にすべてを弾きたいと思っているので、曲目選びにはいつも苦戦しています

――リサイタルのプログラムのコンセプトをお聞かせください。

D 一度にすべてを弾きたいと思っているので、プログラムの曲目選びにはいつも苦戦しています。いろいろな作曲家の作品をみなさんに聴いていただきたいと思う一方で、子どものころからプログラムの一部をすべてショパン作品で構成することを夢見てきました。

なので、当初のプログラムにはショパンのバラード全4曲を入れていたのです。その後、ひとりの作曲家のさまざまなジャンルとその人生のさまざまな時期の作品を紹介できるよう、プログラムを変更しました。

――ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第17番《テンペスト》」では、特に第1楽章のペダルの表現が印象的でした。

D ベートーヴェンの時代のピアノと現代のピアノのペダルはまったく異なることを、理解していなければなりません。このソナタを弾くとき、特にレチタティーヴォ(※)ではそのニュアンスを考えなければなりません。できるだけ「ハーフ・ペダル」を含めた右ペダルの可能性を最大限に引き出せるように心がけました。

※レチタティーヴォ:ふつうの話し方、ないしは演説や朗唱を模倣したり強調したりするように作られた歌

私にとって重要なのは、ホールの響きです。ホールによって、ペダルを修正しなければならないからです。音の陰影やアーティキュレーション、響きの作り方などもそうです。紀尾井ホールの音響は素晴らしく、あのピアニッシモの響きや混じり気のない音は、どんなホールでも出せるものではありません。

――ベートーヴェンは、この作品のなかでいろいろと実験的な試みを行なっていますね。

D ベートーヴェン自身がピアノ・ソナタにタイトルをつけたのは、第26番《告別》のみです。ほかのピアノ・ソナタがどのようなコンセプトだったのかを、私たちは想像するしかありません。

《テンペスト》は、さまざまに解釈できます。それは、もしかしたら自然を描いた絵画やこのソナタを作曲した時のベートーヴェンの心の状態かもしれません。

私の直面した課題のひとつをあげるとすれば、第1楽章がとても難しい形式であることです。革新的なレチタティーヴォがありながら、ソナタのアレグロ楽章の統一性を保つことが重要です。 

アレクサンドラ・ドウガン:2007年生まれ。音楽一家に生まれ、4歳半でピアノを始める。難関で知られるモスクワ音楽院附属の中央音楽学校に5歳で入学し、高名なミーラ・マルチェンコのもとで学ぶ。ウラディーミル・クライネフ国際ピアノコンクール(モスクワ)他、数々の国際コンクールで優勝を果たす。2018年には10歳で第2回若いピアニストのための「グランド・ピアノ国際コンクール」で優勝。すでにヨーロッパの著名なホールで演奏しており、2019年にはベルリンのフィルハーモニー、アムステルダムのコンセルトヘボウ、ザルツブルク音楽祭に次々とデビュー。2022年にはチューリヒ・トーンハレ、ウィーン・コンツェルトハウス、パリのシャンゼリゼ劇場、フェニーチェ劇場、ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭などに招かれ、ヨーロッパで毎月3~5公演にも及ぶ精力的な活動を続ける

――シューマン《ウィーンの謝肉祭の道化》では、ハーモニーの表現がデリケートで、さまざまな声がわき上がってくるように感じました。この曲に共感できる部分、難しい部分を教えてください。

D 《ウィーンの謝肉祭の道化》には多様な感情が詰まっています。シューマンはウィーンに赴いたとき、将来の仕事のことで大きな期待を抱いていました。でも、残念ながら帰国を余儀なくされます。

祝典的な第1楽章から感情的な第4楽章、そして人生の喜びを表すフィナーレまで……この作品で難しいのは、気分が次々と変化するところです。私にとって、各楽章の特徴は興味深く、それぞれに課題があります。例えば、第1楽章では形式を正確に形作る必要があります。作曲家が見たものに応じて、繰り返されるテーマは一体となりつつも、いつもその性格を変化させます。

――後半のプログラムはすべてショパン作品でしたね。

D ショパンの音楽について、以前はもっと叙情的な作曲家だと感じていましたが、バラードや幻想曲、協奏曲といった規模の大きな曲を演奏している今、彼の音楽はとてもドラマティックで悲劇的だと思えます。ショパンは、演奏するのにもっとも難しい作曲家のひとりであり、彼の音楽を「適切な様式」で演奏するのはとても難しいです。

私は、ショパンが恋人のジョルジュ・サンドと過ごしたマジョルカ島を訪れたことがあります。彼は傷つきやすく、かつあたたかい心の持ち主です。狂おしいほど祖国を愛し、望郷の念を抱いていたのだと思います。

2022年9月26日・紀尾井ホールにおけるリサイタルの曲目は、ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第17番《テンペスト》」、シューマン《ウィーンの謝肉祭の道化》、ショパン《幻想曲》、同《バラード第4番》、同《アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ》

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ