インタビュー
2025.02.07
3月1日・2日びわ湖ホール プロデュースオペラ 見逃せない貴重な上演!

阪 哲朗が紡ぐ、喪失感を浄化するコルンゴルトの歌劇『死の都』の音楽世界

琵琶湖を臨むすばらしいロケーション、そして優れた音響、客席のどこからでも見やすい会場を擁するびわ湖ホールは、常に「創造する劇場」をテーマに掲げ、日本、いや世界に向けて「プロデュースオペラ」を発信している。それぞれのプロダクションは丁寧につくられ、取り上げる作品そのものの魅力を存分に教えてくれる。

この3月にはコルンゴルト(1897〜1957)作曲の歌劇『死の都』(1920年初演)を上演する。これは2014年に上演されたプロダクションで、日本を代表する演出家だった故・栗山昌良による演出、また新国立劇場(東京)のプロダクションとも同時期に公開されたことで話題を呼んだ。その再演となるが、指揮を担う阪 哲朗(びわ湖ホール芸術監督)に公演に向けた抱負を聞いた。

片桐卓也
片桐卓也 音楽ライター

1956年福島県福島市生まれ。早稲田大学卒業。在学中からフリーランスの編集者&ライターとして仕事を始める。1990年頃からクラシック音楽の取材に関わり、以後「音楽の友...

取材写真=各務あゆみ

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天才作曲家コルンゴルトの夢幻の音楽を紐解く

歌劇『死の都』あらすじ

19世紀末ベルギーの古都ブリュージュ。愛する妻マリーを亡くし、現実を受け入れられないパウルは妻の遺品に囲まれ暮らしている。ある日、パウルは街でマリーに瓜二つの踊り子マリエッタに出会い、家に招待する。マリエッタに魅了されたパウルは、次第に彼女にのめり込み、幻想の世界へと入り込んでいく。マリーへの想いを忘れきれないパウルは、亡き妻の遺髪を首に巻き付け躍り出したマリエッタを絞殺してしまうが、それが夢であったことを悟り、妻の死を受け入れてブリュージュを離れることを決意する。

——コルンゴルトの『死の都』は欧米ではよく取り上げられるようになっていますが、日本での上演機会は少なく、貴重な公演となります。

 上演が少ない理由はさまざまあると思うのですが、いちばん大きなものは主役であるパウルが最初から最後までほとんど出ずっぱりで、その役を歌うテノールにとても負担がかかるということだと思います。それからテーマをどう表現するのかも難しいという点もありますね。

阪 哲朗(指揮)
京都市出身。第44回ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。欧米での客演も数多く、おもにドイツ、オーストリアなどで約40に及ぶオーケストラ、歌劇場に招かれ成功を収めている。これまでに、アイゼナハ歌劇場音楽総監督、レーゲンスブルク歌劇場音楽総監督を歴任。日本においては、主要オーケストラ、新国立劇場、二期会などのオペラ団体を指揮している。山形大学での公開講座や東京芸術大学より特別招聘教授として招かれるなど、後進の指導にも力を注いでいる。現在、山形交響楽団常任指揮者(2019年~)、びわ湖ホール芸術監督(2023年~)を務めている。

——コルンゴルトはこの『死の都』を23歳の時に書き上げ、しかもその初演の権利は取り合いになって、結局ハンブルクとケルンで同時に初演されることになりました。

 しかもケルンの公演はオットー・クレンペラーの指揮ですからね。僕もその場にいたかったぐらいです。『死の都』を発表する前にコルンゴルトは2作の一幕物のオペラを発表していて注目されていたこともあり、こうした取り合いになったのだと思います。

——このオペラの魅力をひと言で語っていただくと?

 やはり音楽がすばらしいということだと思います。23歳が書いたとは思えないスコアの充実ぶりです。

時代を考えるとわかってくる面があって、まず1918年に第一次世界大戦が終わって、オーストリアは敗れ、疲弊していたという状況がありました。

音楽的な面ではリヒャルト・シュトラウスの影響があると思います。『サロメ』や『エレクトラ』といった斬新なオペラで時代をつくったシュトラウスが、1911年初演の『ばらの騎士』では一種の回顧主義的な、ノスタルジーを感じさせるような作風に転換し、それで成功していた時代でもありました。またレハールのオペレッタの流行という側面も見逃せません。そうした時代の変化に敏感な一面が、この『死の都』のスコアのあちこちに感じられるのです。

と同時に、すでにシェーンベルクやベルクが活躍を始めていた時代でもあり、新しい音楽が始まって話題を集めていました。そうした新しい音楽の影響もこのオペラの中には感じられる。それらを自分の中でちゃんと消化してひとつの作品としてつくりあげたコルンゴルトは、当時の人たちが語るように「神童」だったのだと思いますね。

——そうした先輩たちの影響が感じられる部分は、どんなところに発見できますか?

 (大きなスコアを取り出して)この譜表の幅広さを見ていただければわかるように、オーケストラの楽器の編成がとても多彩です。ピットに入るのだろうか、というぐらいの多さです。

そうした大オーケストラが、シュトラウスのような流麗なメロディを奏でていく一方で、時に不思議な印も出てきます。歌では、普通の音符ではなく、菱形のマークの部分があります。ここはシェーンベルクがあの『月に憑かれたピエロ』で展開したような<語り口調の歌>、あるいは普通に話すような感じで歌われる音、といった感じを意図したものですよね。

そうした非常に細かな指定がスコアのあちこちに発見できるし、それをどうやって表現していくかを、まず歌手陣との練習で、それからオーケストラとのリハーサルで考えていかなければならないのです。

——音楽的な面を総合してみると、やはり1920年という時代の個性、その時代の音楽を総合するような野心的な面があったということですね。

 しかも、ストーリーの方はとても内面的というか、妻を失った主人公パウルの妄想と言えるような展開のなかで、そうしたさまざまな音がでてくるわけですので、やはり当時としてはかなり斬新な印象を与えたのだと思います。

コルンゴルトのスコアからあふれる表現と音楽を丁寧にすくいあげて世界に解き放っていく、阪 哲朗。
その後のコルンゴルトが活躍の場を広げていく映画音楽、ミュージカル音楽の萌芽のきらめきも。さまざまな音楽に満たされ、誰もがお気に入りをみつけることができるだろう。

びわ湖ホールならではの充実の上演を実現

——今回の演出は2014年に初演された時の栗山昌良・演出を、岩田達宗氏が再演・演出を担当して行われます。

 出演者も違うので、もう一度、すべてを見直しながら進めていきますが、岩田さんも初演時のデータをきちんと持っていらっしゃるので、さらに新しい魅力を加えることができると思います。

——キャストもパウルにふたりの「びわ湖ホール声楽アンサンブル」出身のテノールを配しました。

 やはり人材を育てるというのはびわ湖ホールの大きなテーマですし、僕もそれを積極的にやっていきたいと思いますので、清水徹太郎、山本康寛というふたりをキャスティングしました。

——マリー/マリエッタには森谷真理、木下美穂子というふたりの実力派ソプラノを起用しますね。

清水徹太郎(テノール)
京都市立芸術大学卒業、同大学院修了。第33回飯塚音楽コンクール第1位、第82回日本音楽コンクール入選他多数上位入賞。文部科学大臣賞、平成29年度坂井時忠音楽賞、平成30年兵庫県芸術奨励賞他多数受賞。「第九」「天地創造」「千人の交響曲」「メサイア」「マタイ受難曲」等多数のソリストを務める。『カルメン』『ボエーム』『魔笛』『夕鶴』『オテロ』『サロメ』『ラインの黄金』『ボリス・ゴドゥノフ』等出演多数。令和5年度京都府芸術賞奨励賞受賞。京都市立芸術大学、大阪音楽大学、滋賀大学各講師。びわ湖ホール四大テノール、びわ湖ホール声楽アンサンブル・ソロ登録メンバー、藤原歌劇団団員。
森谷真理(ソプラノ)
武蔵野音楽大学及び大学院、マネス音楽院修了。メトロポリタン歌劇場にて『魔笛』夜の女王役で注目され、2022年にはザクセン州立歌劇場『蝶々夫人』で主演。リンツ州立劇場の専属歌手を務め、欧米の多数の歌劇場で活躍。国内では『蝶々夫人』『サロメ』『ルル』『ランメルモールのルチア』表題役、びわ湖ホールでは『リゴレット』『魔笛』『ラインの黄金』『ワルキューレ』『神々の黄昏』『ローエングリン』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』『フィガロの結婚』『こうもり』『ばらの騎士』に出演。コンサートレパートリーも幅広く、昨今ではプーランク『人間の声』、ベルク「ヴォツェックより3つの断章」で絶賛。名古屋音楽大学准教授、東京藝術大学講師、洗足学園音楽大学講師。
©タクミジュン
山本康寛(テノール)
京都市立芸術大学大学院修了。日本音楽コンクール第2位、飯塚新人音楽コンクール第1位など多数入賞、平和堂財団芸術奨励賞、青山音楽賞〔音楽賞〕、五島記念文化賞オペラ新人賞各賞受賞。2014年びわ湖ホール『死の都』では、声楽アンサンブル在籍中ながら主役パウルに抜擢。2015年東急財団の奨学生として渡伊。2016年ロッシーニ・オペラ・フェスティバルでは『ランスへの旅』リーベンスコフ伯爵役でイタリアデビューを果たす。『清教徒』『連隊の娘』『セビリアの理髪師』『魔笛』『紅天女』等に出演。びわ湖ホール四大テノール、びわ湖ホール声楽アンサンブル・ソロ登録メンバー、藤原歌劇団および日本オペラ協会各正団会員。
木下美穂子(ソプラノ)
武蔵野音楽大学卒業、同大学院修了。第70回日本音楽コンクール第1位、第16回新日鉄音楽賞、第16回出光音楽賞、2007年リチーア・アルバネーゼ プッチーニ国際声楽コンクール第1位等受賞歴多数。ロンドン・ロイヤルアルバートホール、ピサ・ヴェルディ劇場、ソフィア国立歌劇場、バンクーバー・オペラ等で活躍。国内でも、小澤征爾指揮『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィーラ以降、二期会『ローエングリン』『フィデリオ』、新国立劇場鑑賞教室『トスカ』『蝶々夫人』『ラ・ボエーム』、札幌・神奈川・大分『アイーダ』等主演。コンサートでもヴェルディ「レクイエム」、ブリテン「戦争レクイエム」等全国各地のオーケストラと共演、高い評価を得ている。びわ湖ホールでは『トゥーランドット』リュー、『ローエングリン』エルザで出演。二期会会員。
©FUKAYAauraY2

 他のキャストも含めて、充実した歌手のラインナップでお届けできるのがうれしいです。京都市交響楽団の充実したオーケストラ・サウンドも魅力的です。僕も2010年にドイツ、レーゲンスブルクの劇場で指揮して以来となりますので、またじっくりスコアを見直していきたいと思っています。

——ありがとうございました。

心癒える歌の力が織り上げる、『死の都』からの再生と出発の物語。歌稽古から魂が震える。
公演情報
びわ湖ホール プロデュースオペラ コルンゴルト作曲 歌劇『死の都』全3幕(ドイツ語上演・日本語字幕付)

日時:2025年3月1日(土)、2日(日) 14:00開演

会場:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール

作曲:エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト

指揮:阪 哲朗(びわ湖ホール芸術監督)

演出:栗山昌良

再演演出:岩田達宗

出演

パウル:清水徹太郎(3/1)、山本康寛(3/2)

マリー/マリエッタ:森谷真理(3/1)、木下美穂子(3/2)

フランク:黒田祐貴(3/1)、池内 響(3/2)

ブリギッタ:八木寿子(3/1)、山下牧子(3/2)、他

京都市交響楽団

料金:

SS席:25,300円 取扱終了
S席:20,900円
A席:18,700円
B席:15,400円
C席:12,100円
D席:8,800円 取扱終了
E席:5,500円 取扱終了
U30席(30歳以下):3,300円
U24席(24歳以下):2,200円
※全席指定・税込
※青少年割引当日券あり

問い合わせ:びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136

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片桐卓也
片桐卓也 音楽ライター

1956年福島県福島市生まれ。早稲田大学卒業。在学中からフリーランスの編集者&ライターとして仕事を始める。1990年頃からクラシック音楽の取材に関わり、以後「音楽の友...

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