インタビュー
2018.06.26
クラシックの名曲をカバーしたCD、「ユートピア」リリース

ニューヨークを拠点に活動するジャズ・ピアニスト、山中千尋が新譜に込めた想い――音楽の営みを忘れないように

ニューヨークをベースに活動するジャズ・ピアニスト、山中千尋。2018年6月20日にリリースされた「ユートピア」は、クラシックの名曲をジャズアレンジしたアルバムだ。移民やマイノリティが人口の多数を占める街で、世界が見慣れない姿に変わっていく様子を肌身で感じている彼女は、「ユートピア」に自身の祈りを込めた。新譜の話を軸に、ルーツとしてのクラシック音楽についても語っていただいた。

お話を伺った人
山中千尋
お話を伺った人
山中千尋 ジャズピアニスト

ニューヨークを拠点に世界を駆ける、日本が誇る女性ジャズ・ピアニスト。リリースされたアルバムは、すべて国内のあらゆる JAZZ チャートで 1 位を獲得。米メジャー・レ...

インタビュワー
山田治生
インタビュワー
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

写真:堀田力丸

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ジャズ・ピアニスト山中千尋が、クラシックの名曲をアレンジしたアルバム「ユートピア」をリリースした。桐朋学園大学でピアノを専攻した山中にとってクラシック音楽はベーシックな存在。ここでは子供の頃から馴染んできた曲も収める。2013年の「モルト・カンタービレ」以来のクラシカルなアルバムである。

――まず、クラシカルなアルバムを作られた理由を教えていただけますか?

山中 ジャズの即興とは、スタンダードのコード進行に基づいてアドリブを行なうことなのですが、どうして「スタンダード=標準」かというとみんなが知っているから。クラシックの名曲はブロードウェイ歌曲よりもずっと長い時間大勢の人々に親しまれてきたという意味で、良いジャズの素材だと思っています。多くの人々に長い間弾かれて、聴かれてきたということは、旋律として優れているということですから、今回、クラシック曲をアレンジしました。

また今年は、アメリカの作曲家で、ジャズにもクラシックにも精通していた、ジョージ・ガーシュウィンの生誕120年、レナード・バーンスタインの生誕100周年ということで、彼らの作品を取り上げることにしました。

今回のアルバムに入れた武満徹さんもジャズとクラシックに明るい方でした。それからバッハも、その頃にはジャズはありませんでしたが、即興演奏家と見なしてもいいのではないでしょうか。

山中 ジャズの演奏家の立場から、クラシックの楽曲の素晴らしさをもう一度どうなっているか知りたかったし、内側から違うアプローチで弾くことで作品の奥に入っていく試みをしたいと思ったのです。

クラシックをジャズにするというと、かつてはただリズムを変えただけのものが多かったのですが、今回はそれぞれのクラシック曲に私が個人的にもった印象=音の風景を、通り一遍のスウィングではなく、いわゆる現代ジャズのフェイズや変拍子などの方法を使ってアレンジしてみたり、楽曲の中のいろいろなモチーフを使って肉付けしてみたりしました。奇をてらったアレンジはありません。メロディはそのまま使い、曲のなかの伴奏型をモチーフに使ったりしています。

「ユートピア」に込められたメッセージ

――今回のアルバムには「ユートピア」というタイトルが付けられています。そのタイトルにはどのようなメッセージが込められていますか?

 山中 この3、4年、バークリー音楽大学と桐朋学園大学で教えて、演奏活動もしながら録音もするという、あちこち飛び回る生活をしていますが、普段アメリカにいると、大統領が変わってから、政治が大きく変化したことを感じます。外国人として普通に生活していても、政治の変化の影響をもろに受けています。急に国交がなくなって、学生が帰って来られなくなったりもしています。

ユートピアは理想郷。理想郷を自分に照らし合わせて考えると、私にとっては、やはり音楽ですね。音楽は自由な表現のできる場所です。だから、音楽のできる状況が平和で長く続いてほしいという願いを込めました。「ユートピア」は、音楽の営みを忘れないよう、自分自身への戒めも込めて、自分の切なる思いから出た言葉です。

――ご自分で書かれた最初の曲にも「ユートピア」というタイトルが付けられていますね。

山中 私は、フリードリヒ・グルダがすごく好きなのです。彼の弾くバッハが好きで、モーツァルトやベートーヴェンも素晴らしいと思います。それ以上に、瑞々しくて新鮮なジャズもたくさん書いていて、彼も自分自身のユートピアを追い求めていました。そういうスピリットにインスパイアされました。また、子どもの頃のように新鮮な喜びをもって音楽を弾きたい、そのはじけるような感じを曲にしました。レコーディングの1時間前に書いたのですが、「ユートピア」を録音したトリオでしばらくツアーでも演奏するので、どんどん変わっていくことでしょう。

――アルバムに入っているそれぞれの曲についてのエピソードを教えていただけますか?

山中 フルートを趣味としていた父がバッハの管弦楽組曲第2番をよく練習していたのですが、家で飼っていた猫がその曲が好きじゃなくて、父が吹いていると、フルートに飛びついて吹けなくさせるんですね。それで父がごまかして違う曲を吹くのだけれど、バッハが始まるとまた猫が来る。いつも曲が途中で途切れてしまうんです。そこから着想を得て、今回のバッハも曲が途切れています。
このアルバムでは、そういった私の個人的体験からのアイディアを曲に反映させています。

サン=サーンスの《白鳥》は優雅なイメージですが、私にとっては、子どの頃、母の故郷・福島の阿武隈川で見た怖い鳥。餌をアグレッシヴに獲りに向かってくる姿は、妖怪みたいな感じがしました。たまたま井の頭公園の池にスワン・ボートが並べて置いてあったのを見たとき、私が子どものときに見た怖い白鳥にそっくりだと思ったんです。可愛くもないし、ふてぶてしい。そのふてぶてしさを表すために、右手の伴奏のパターンを左手でひっくり返して弾いたり、わざと小節線をはみ出すようなメロディを作ったりしました(笑)。白鳥の予測不能な動きを、予期しないハーモニーで表したりもしました。

 

《乙女の祈り》の原曲は、同じコード進行のなかでいろいろな飾りがつくバリエーション(変奏曲)になっていますが、今回は、古典和声を破って、解決させず(※和音を気持ちの良い音に落ち着かせず)、もっともっと遠くへ向かう曲にしました。大きな祈りが広がっていく感じです。アメリカでは女性が社会運動のリーダーを務めることも少なくありませんから、乙女というより、強い女性のイメージで書きました。

《アルペジオーネ・ソナタ》は子どもの頃から好きな曲です。私はシューベルトが凄く好きで、特にルプーの弾くシューベルトが好きなのです。シューベルトらしい歌心に溢れる曲。これはオーソドックスに原曲を活かした編曲です。でも、少しビル・エヴァンス風のハーモニーも使っています。

武満徹さんの《死んだ男の残したものは》は谷川俊太郎さんの詞がついている歌です。悲しみや希望といった原曲の深いメッセージを表すために、ビートを細かくして、テンポを少し上げて、曲を大きくとらえるようにしました。

武満さんは、私が大学生のときに桐朋に講義にいらしたのですが、私の隣に座っていた友だちが「あっ、武満徹だ!」とすごく大きな声で叫んで、武満さんがほうの方を睨まれました(笑)。「私じゃないのに!」って。鷲に睨まれたみたいに怖くて、逃げ出したくなりました。それからしばらくして、キース・ジャレットのコンサートに行ったときに、武満さんがいらしていて、休憩時間にお一人でビールを飲んでいらっしゃったのが印象に残っています。

今、ジャズを知ったあとで《ノヴェンバー・ステップス》の琵琶と尺八の即興とオーケストラを聴くと、ジャズのやり方というか、ああこういうことだったのと非常に納得がいきました。

――ニューヨークに暮らしていて、やはり、ガーシュウィンやバーンスタインには特別な思いがありますか?

山中 ガーシュウィンもバーンスタインもブルックリンにお墓があり、現地の人はそのあたりに散歩に行ったりして、私もよく訪れます。

《ラプソディ・イン・ブルー》は何度も演奏したことがあります。《ストライク・アップ・ザ・バンド》は、タングルウッド音楽祭でナンシー・ウィルソンさんと一緒に演奏したことがあって、すごく速いテンポでスリリングでした。ガーシュウィンは、演奏者に表現を委ねる、自由の幅の広い音楽ですね。

《ポーギーとベス》は切ないバラードです。ジャズのスタンダードのバラードは、歌詞がついているので、歌詞に則して、一言一言歌っているようなつもりで弾きます。

バーンスタインは、複雑で精緻な楽譜を書きながらも、そこから溢れ出る情熱があります。《マンボ》は、ピアノ・トリオで弾く人が少なく、是非やりたかった曲です。

ニューヨークはスペイン語系の人が多く、ラテン音楽がたくさんあります。《マンボ》にもラテンのリズムが効果的に使われていて、ニューヨークらしい曲ですね。バーンスタインの音楽は大衆性がありながら、技巧が凝らされています。機会があって、彼の交響曲第2番《不安の時代》(注:ピアノ協奏曲的な交響曲)のスコアを見たのですが、微に入り細に入りきちんと書かれていて、いろんな音楽からの影響、ことにジャズからの影響が読み取れて、大変興味深かったです。

東ヨーロッパの音楽に魅力を感じた幼少時代

――山中さんはもともとクラシックのピアノを学んでこられたのですね。

山中 小学校2、3年の頃は、クラシックでも近現代音楽が好きで、カバレフスキーやコダーイやバルトークなどの東ヨーロッパ系の音楽の和声やリズムに新鮮な魅力を感じていました。それまでは、父が古典音楽が大好きで、家で流れていたのはバッハやモーツァルトばかり。西ヨーロッパの音楽しか知らなかったものですから。母は趣味でハープを弾き、別宮貞夫先生や間宮芳生先生ら、戦後の日本の作曲家を好んでいましたが。

――そして桐朋学園で学ばれました。

山中 高校から桐朋学園に行きました。東京の子たちは、コンクールに出て、何先生に習って、とか話していましたが、私は田舎から出てきたので、そういう音楽のエリート教育を受けてきた人たちとはあまり関わりがありませんでした。高校時代は寮に入っていたのですが、みんな16時間くらい練習するんですよ。朝6時から夜10時までみっちり!

「私、これ、無理」と思いました。ピアニストになろうなんて思っていませんでしたし、私が興味があったのは、文学やお芝居でした。でも音楽を聴くのは好きで、なるべく演奏会には行くようにしましたし、ピアノの練習もしないで、図書館でCDやレコードをたくさん聴きました。同じ学年で私が一番聴いていた自負はあります(笑)。

私はいつも、楽器と自分の間に必ず誰か(注:作曲家)がいるということに違和感がありました。どうして私は人のものを借りて表現しないといけないのかと。

高校3年生の頃、モーツァルトのピアノ協奏曲で、先生から『カデンツァは自分で好きに弾いていいから』と言われたんですが、何も出てこないと思ったとき、私はピアノを弾いているけど一体何をやっているだろうと疑問をもちました。そのときから、どうやったら自分を表現できるのか、どうやれば音楽を近く感じられるのかと考え始めました。

そして、ジャズが大きなヒントになりました。そういえば子どの頃から、レッスンで新しい楽譜をもらうと全部自分の好きに赤で直して弾いていましたね。先生から『それはやっちゃダメ! 作曲家が書いた通りに弾きなさい』と叱られていました(笑)。

――それでジャズに進まれたのですね。

山中 でも助走期間が長かったのです。ジャズはまわりに女性がいなくて。男性社会で上下関係も厳しく、入る隙間がありませんでした。それでアメリカに行って、バークリー音楽大学に入りました。2か月ほどして、ジャズの巨匠で、マイスル・デイヴィスにも影響を与えた作曲家のジョージ・ラッセルがバンドでキーボード奏者を探していたので、まだアドリブもろくすっぽできなかったのですが、ひとまずオーディションを受けに行きました。そうしたらバンドに入ることができたんです。わけのわからないまま始めて、少しずつですが、こういうものかとわかってきました。

大学の同じクラスには、トランペットのアヴィシャイ・コーエン、ドラムスのケンドリック・スコットら、今のジャズ界を代表する人たちもいました。彼らと一緒に演奏する機会を得て、ジャズが面白いなと思うようになりました。

――現在は、大学で後進の指導もされていますね。

山中 桐朋学園大学では、作曲理論の応用和声でジャズの理論と実技を教えています。私の頃は、ジャズの実技はなかったのですが、今は、学生さんの関心も高く、受講希望者が多いですね。みなさん、クラシックの素晴らしい技術を持っているので、ジャズの理論を応用して、自分らしい表現に近づくお手伝いができればと思っています。

――ありがとうございました。

ジャズ・ピア二スト山中千尋、2018年の新作!
今年生誕120周年迎える作曲家、ジョージ・ガーシュウィンの楽曲、生誕100周年迎える作曲家レナード・バーンスタインの楽曲をはじめ、その他有名クラシック曲を、山中自身のアレンジにより現代ジャズに表現されたアルバム。
自身のレギュラー・トリオによる疾走感溢れるスリリングな演奏で現代ジャズとして見事に表現されたアルバムとなっている。 
収録曲にはジョージ・ガーシュウィンの「愛しのポーギー」「ストライク・アップ・ザ・バンド」、テクラ・ボンダジェフスカ=バラノフスカの「乙女の祈り」などのクラシックの名曲を中心に収録。
初回限定盤特典DVDにはCD収録曲の中の3曲分のミュージック・ビデオを収録。

 

発売日: 2018.06.20
価格: 【初回限定盤】¥3,996 (税込)/【通常版】¥3,240 (税込)

収録曲:
1 ユートピア Utopia
2  乙女の祈り La Priere D’une Vierge
3 マンボ Mambo
4 ラプソディー・イン・ブルー~ストライク・アップ・ザ・バンド Rhapsody In Blue / Strike Up The Band
5 白鳥 Le Cygne
6 ピアノ・ソナタ第4番 Piano Sonata No. 4
7 管弦楽組曲第2番からバディネリ~リコシェ Orchestral Suite No. 2 – Badinerie / Ricochet
8 アルペジオーネ・ソナタ Arpeggione Sonata
9 愛するポーギー I Loves You, Porgy
10 死んだ男の残したものは~ホープ・フォー・トゥモロー Shinda Otokono Nokoshita Monowa / Hope For Tomorrow
11 ハンガリー舞曲 第5番 Hungarian Dance No. 5
12 わが母の教え給いし歌 Songs My Mother Taught Me

山中千尋ニューヨーク・トリオ 全国ホールツアー2018 開催!

114() 滋賀県・滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール
116() 富山・新川文化ホール 小ホール
117() 福井県・ハーモニーホールふくい 小ホール
119() 群馬県・太田市民会館
1110() 東京都・すみだトリフォニーホール 大ホール
1112() 山口県・山口市民会館 大ホール
1113() 鹿児島県・宝山ホール(鹿児島県文化センター)生協コーかごしま会員制公演

 

お問い合わせ: プランクトン 03-3498-2881(平日11時~19時)

詳細はこちら http://www.plankton.co.jp/chihiro/

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山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

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