インタビュー
2023.10.05
第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクール審査員インタビュー

シヴィタワ「ショパンを演奏するうえで一番重要なのは真実」~ピリオド楽器演奏の意義

第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクール審査員のヴォイチェフ・シヴィタワにインタビュー! 第17回ショパン国際ピアノコンクールでの審査員経験もあるシヴィタワが、ピリオド楽器で演奏することの意義や大切さ、求めるピアニストについて語ります。

取材・訳
高坂はる香
取材・訳
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

第17回ショパン国際ピアノコンクール(2015年)で審査員席に座るシヴィタワ(左)
©︎ポーランド国立ショパン研究所

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ピアノで作曲していたショパンにとって楽器はインスピレーションの一番の源

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——ピリオド楽器のためのショパンコンクールの意義はどのようなところにあると思いますか?

シヴィタワ 音楽作品をできるだけ忠実に、作曲家の意図に沿って解釈したいという強い願いは、何十年ものあいだ、世界中の音楽生活のなかで顕著に見られていることです。作品が書かれた頃から時間が経つにつれて、解釈が変化していくことは避けられないとわかったことで、原典に立ち返ろうという流れが促進されています。

これは、18世紀末に文化的、様式的な変化によって数十年にわたり中断される時期があったバロック音楽の問題に象徴されます。ロマン派の頃それが復活したときには、原典のテキストに19世紀的なサインが加えられてしまっていて、必ずしも作曲家の意図に沿ったものではなくなっていました。そんな数十年の断絶により、演奏の伝統の面で受け継がれていたものも失うことになってしまいました。バロック時代の演奏家や聴衆の間で知られていたルールが、忘れ去られてしまったのです。こうして歴史を意識した演奏方法に立ち返ろうとする試みが始まり、古楽器を用いた演奏もますます一般的になっていきました。

そして、ショパンを含むすべての音楽にも、こうしたプロセスが起きることになりました。これらのケースでは忘却期間はなく、解釈の伝統は継続していますが、時間の経過が大きな変化をもたらしていることは間違いありません。その意味でピリオド楽器によるショパンコンクールは、我々の考えを検証する試みであり、また我々が今どこにいるのかという問いに答える試みでもあります。

ヴォイチェフ・シヴィタワ
カトヴィツェ音楽院のヨゼフ・ストンペル教授のピアノクラスを卒業。1991年~1996年にかけてカール=ハインツ・ケメリング、アンドレ・デュモルティエ、ジャン=クロード・ヴァンデン・エイデンの元で研磨を積む。ロン=ティボー国際コンクール、モントリオール国際音楽コンクールで入賞。第12回ショパン国際ピアノコンクールではポロネーズ最優秀演奏賞を始めとする数々の賞を受賞した。
2015年には第17回ショパン国際ピアノコンクールの審査員を務める。

——ピリオド楽器でショパンを弾くことの魅力、また、難しさは何でしょうか?

シヴィタワ すべての芸術家にとって、真実を発見し、原典に到達し、作曲家の意図をよりよく理解することは大切な目標です。ショパンの場合、彼の本物のピアノは、そのすばらしい媒介物となります。ショパンはピアノで作曲していましたから、楽器は彼のインスピレーションの一番の源でした。だからこそ適切なプレイエルの楽器を使うことで、彼の音楽に少し近づくことができるといえます。

19世紀半ばの楽器が良好な状態で数多く保存されているのは、幸運なことです。おかげで私たちは、作曲家が聴いていたものと、私たちが思う彼の作品とを突き合わせる機会を持てるのです。

しかし、ここで新たな問題が生じます。その楽器が本物だというのは確実なのか? そして、私たちは楽器の音の可能性を十分に生かすことができるのか? という問いです。

個人的には、音の質に敏感なピアニストなら、19世紀半ばの楽器のメカニズムをうまく扱うことができると思います。例えば当時のエラールは、現代のピアノに非常によく似ています。平行弦であることや弦のタイプが違うことにより、音の減衰の仕方は変わりますが、実際に弾くうえで問題になることはありません。もちろんそれは氷山の一角にすぎず、ピリオド楽器の可能性が発見されていくにつれて、現代の演奏家にとってそれがいかに大きな挑戦であるかが見え(聞こえ)てきます。

エラールをウィーンのグラーフに変えたら、指先や手全体をよりうまくコントロールする必要があることに数秒で気づくでしょう。より長い時間をかけ、意識した練習が必要になります。

シヴィタワ『ショパン:4つのバラード』

開かれた耳、豊かな音の想像力、そしてできる限りの自由を持って

——ピリオド楽器でショパンを弾くうえで大切なことはなんでしょうか?

シヴィタワ どんなピアノでも、ショパンの作品の演奏がすばらしくなることもあれば、良いことも、残念なこともあると思います。それは私たちの知識と想像力、そしてもちろん演奏技術によるものです。

ピリオド楽器の場合、まず不可欠なのは、その限界を知ることです。もっとも大きな間違いは、交差弦と強い金属フレームを持つモダンピアノのような音量を出そうとすることです。これは悲惨な結果をもたらします。歌うどころか、楽器が苦痛にうめき始めます。

ピリオド楽器を演奏するなら、音量よりも、色彩のニュアンス、音の明瞭さ、ペダリングに集中すべきです。また楽器がそれぞれ個性的なので、柔軟に適応できるよう、個々にアプローチする必要もあります。

そうしてピリオド楽器の真の能力を発見できると、驚くことに、現代の楽器(正確には、もはや現代というほど新しいわけではないので20世紀のピアノと呼ぶほうがいいかもしれません)が革新と音のパワーを追求した結果失ってしまった、まったく別の可能性を与えてくれるとわかるはずです。

2013年のショパンと彼のヨーロッパ音楽祭より
©︎ポーランド国立ショパン研究所

——ピリオド楽器を専門に学んでいるコンテスタントもいれば、モダンピアノをメインに演奏しているコンテスタントもいます。ピリオド楽器の演奏スタイルや習慣をどの程度理解し、従うべきなのでしょうか?

シヴィタワ これについては問題になることはないと思っています。もちろん、長く練習し、ピリオド楽器に触れるほど、そのポテンシャルを生かせるようになるでしょう。とはいえそれを体得するメソッドは人によります。あるピアニストはすぐ自由に演奏できるでしょうし、ある人には長いプロセスが必要でしょう。結果的に意図したものが得られない人もいるかもしれません。

もっとも重要なのは、開かれた耳、豊かな音の想像力、そしてできる限りの自由を持っていることだと私は思います。これは、ショパン自身が想定していたことです。彼のピアノ奏法のスケッチを勉強してみてください。すべてが一致するでしょう。

ショパンの音楽においてもっとも重要なのは真実

——すでにショパンピアノコンクールとピリオド楽器コンクールの両方の審査員を経験されていますが、それぞれのコンクールで審査するポイントに違いはありますか?

シヴィタワ ショパンの音楽は一つです。楽器が違うからといって、審査の基準を変えるつもりはありません。とはいえ、ピアノの可能性をきちんと理解して弾いているか、その解釈が選んだ楽器と一致しているかは、評価のうえで考慮しています。ピリオド楽器では、テンポ、アーティキュレーション、バランス、そして何よりもレガート奏法が微妙に変わることがよくあります。

もちろんコンクールの最終的な結果は、まったく異なる見解を持つ審査員たちが互いに意見を譲り合って生み出されるものです。ピリオド楽器コンクールではその傾向が特に顕著で、避けることはできません。とはいえ、真の芸術的な個性は守られるものだと私は信じています

——ピリオド楽器によるショパンコンクールでは、どんなピアニストを求めていますか?

シヴィタワ 明確に定義することはできませんが、繊細で、創造的で、誠実であることは求められます。以前のコンクールでは(これはピリオド、モダン、どちらのコンクールでもあることです)、午後の間に同じバラードを10回聴くというようなことが起きました。セッションの終盤にさしかかり、おもしろい演奏はなかったなと思っていたとき、特段目立つわけでもないコンテスタントがステージに現れ、最初の一音で私をひきつけました。同じ曲を9回聴いたあとだという事実も疲れも忘れてしまいました。まさにマジックです。今回もぜひそれを体験したい。そんなピアニストを待っています!

第17回ショパン国際ピアノコンクールより
©︎ポーランド国立ショパン研究所

——ライブ配信でコンクールを聴く方へのアドバイスをお願いします。

シヴィタワ ぜひ、良いヘッドフォンか良いスピーカーで聴いてください。目を閉じ、19世紀のサロンを想像してみてください。楽器の音の魅力、質感の明確さ、ピアニストの芸術的な表現の自然発生的なところに身を委ねてください。

もしあなたがそのピアニストの表現に誠実さと本物の感情を見出せたなら、それは演奏がすばらしいという意味です。ショパンの音楽において、もっとも重要なのは真実だからです。彼は偽りや不誠実な表現を嫌う作曲家でした。

どんなイメージを想像するかは、みなさん次第です。結局、聴き手もまた芸術的に敏感な人たちなのです。そうでなければ、音楽を聴いていないでしょう?

取材・訳
高坂はる香
取材・訳
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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