インタビュー
2021.01.31
連載「じっくりショパコン」第2回 ピオトル・パレチニ

ベテラン審査員パレチニが語るショパンコンクール〜自ら学び、作品の物語を作リ上げる

音楽コンクールの最高峰、ショパン国際ピアノコンクール、略してショパコン。連載「じっくりショパコン」では、2021年に延期となった第18回ショパン国際ピアノコンクールをより楽しむべく、ショパンについて、そしてコンクールについて理解を深めていきます。
第2回は、ポーランド出身で自身も入賞歴のある審査員のピオトル・パレチニさんにインタビュー! ショパンらしい演奏とは何なのか、音楽家の任務やあるべき姿について語っていただきました。

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

1970年に開催された第8回ショパン国際ピアノコンクール出場時のピオトル・パレチニさん
写真提供:ポーランド国立ショパン研究所

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1985年の第11回以来、ショパン国際ピアノコンクールで毎回審査委員をつとめ、次回はなんと8度目というピオトル・パレチニさん。

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ポーランド南部のリブニクに生まれ、ワルシャワ音楽院で、ショパンの研究者として知られるヤン・エキエル(ショパンの楽譜のナショナル・エディション編纂を手がけた人物)のもと学び、1970年の第8回ショパン国際ピアノコンクールで第3位に入賞しました。現在、ワルシャワ音楽大学教授。ご自身が審査委員長をつとめるパデレフスキ・コンクールをはじめ、世界のあちこちのコンクールで審査員をつとめていていらっしゃいます。日本のピアニストも多く指導し、2019年には旭日中綬章を受章しているそうです!

近年のショパン国際ピアノコンクールを審査員席でつぶさに見てきたパレチニさんに、ショパンらしい音楽について、メールインタビューで伺いました。

ピオトル・パレチニ
1946年ポーランド・リブニグ生まれ。マリア・コワルスカ、カロル・サフラネクに師事した後、ワルシャワ音楽院でヤン・エキエルに学ぶ。1970年のショパン国際ピアノコンクール第3位。ポーランドを代表するピアニストとして高く評価されている。
ショパン国際ピアノコンクールをはじめとして、チャイコフスキー、ジュネーヴ、ラフマニノフなどの国際ピアノ・コンクールの審査員を務めるほか、各国で開催される上級者セミナーの講師としても活躍している。

すべての瞬間が記憶に残った自身のショパコン

——ご自身がコンテスタントとしてショパン国際ピアノコンクールに参加されたときの心境は、覚えていますか? 一番記憶に残っているのは、どの瞬間でしょうか。

パレチニ 第8回のコンクールは1970年のこと。思えば、あれから半世紀も経ちました。当時、世界は今とはまったく違っていました。東欧の国々は、なおさらのことです。

ポーランドのピアニストにとって、ショパン国際ピアノコンクールに参加するということは、『ハムレット』のかの有名なセリフ—“To be or not to be”に近い、重大な出来事でした。そのため、コンクールのすべての瞬間が記憶に残っています。そしてもちろん、もっとも忘れがたい瞬間は、ファイナルの数時間後に行なわれた入賞者の発表です。驚くべき緊張感、信じられないほどの喜びの爆発の記憶が、今も残っています。

第8回コンクールで第3位に入賞した。

自然な語り口が欠ければコピーされた音符の集合でしかない

——コンクールでは毎回、「いいピアニストかもしれないが、ショパニストではない」といった議論が聞かれます。実際、ショパンの意図を理解したショパンらしい演奏とは、何なのでしょうか? また指導者として、ショパンを正しく演奏するうえでご自身の生徒さんに注意するよう伝えていることは、なんでしょうか?

パレチニ どの国にもすばらしいピアニストはいます。しかし、そのなかに、本当の芸術家が多くいるとはいえません。

まず、ショパンを演奏するうえでもっとも重要な根幹は、歌うということ。これは間違いありません。この歌の表現……レガート・カンタービレには、ピアニストの芸術的な個性、想像力、音楽的な語りの意味での時間の理解が、大きく影響します。

一部の若いピアニストは、豊かな表情の源はテンポとダイナミクスだと信じているようです。しかし、私は、音楽の真に豊かな表情は、深い芸術的イマジネーションと創造性の結果であり、また、その産物であるべきだと思います。

これらの重要な芸術的要素なしには、たとえ技術的に大変優れた演奏でも、表現の深みをまったく欠いたものになってしまいます。

パレチニさんのカリカチュア

——コンクールの重要な課題曲にマズルカがあります。ポーランドの感性と強く結びついたマズルカを理解する難しさは何でしょうか? 特に文化圏が異なる人が作品を理解するには、何が必要ですか?

パレチニ これは答えるのがとてもむずかしい質問ですね。責任をもってアドバイスを与えるとなると、一層むずかしい。

とはいえ、ショパン国際ピアノコンクールのマズルカ賞やポロネーズ賞に選ばれることを例にしてお話するなら、ポーランド的感性を理解するのに、ポーランドで生まれ育たなくてはならないわけでないことは、明らかです。そこにはやはり、才能、芸術的な個性や創造性など、多くの要素が関係してきます。

楽譜に書かれたことを正確に読めていても、自然な語り口や表現が欠けていれば、それは単なるよくコピーされた音符の集合でしかありません。語ることもなく、自然な想像力の結晶でもない場合、その演奏が意味することは、ごくわずかです。

聴き手にショパンの物語を理解してもらえるように

——一方で、聴き手がショパンらしい本物の演奏を見きわめるために気にかけるべきポイントはなんでしょうか?

パレチニ ショパンの音楽は、喜び、悲しみ、怒り、静穏という、人間のあらゆる自然な感情にあふれた芸術です。音楽家の任務は、すべての聴き手が想像力を開き、アーティストの提示するものを追うことができるよう、こうした感情をしっかり届けることです。

その意味で、歌い手の場合は感情を聴衆に伝えるための言葉があるので、それを成し遂げることが少し楽かもしれません。しかし、ピアニストはまず、テキストを自分で考え、創造しなくてはならない。そしてさらに、その内容を聴く人に届けなくてはいけないのです。

それぞれの音は、文章の一部に相当するような、言葉の意味を持たなくてはなりません。さらにこれがあわさったとき、一つの物語を作り上げているようでなくてはいけないのです。

演奏において、あまりに速いテンポや過剰なダイナミクスがよくないのは、そのためです。聴衆にとって、物語を理解することがむずかしくなってしまいます。

聴き手のイマジネーションに触れ、彼らが最大限に集中した状態でメッセージの展開をしっかり追えるようにすること、それを最後の一音……つまり、ショパンの物語の最後の“言葉”まで、集中を保ってもらえるようにすること

これは、とてもシンプルな課題に思えるかもしれませんが、実際には、演奏するうえで一番難しい問題でもあります。

パレチニさんが演奏するショパン

ピアニストとしての在り方~自分で学び、パーソナリティを形作っていく

——今や私たちは、数え切れないほど多くの音源や演奏動画に触れることができます。そんななか、誰かの演奏のイミテーションをしたくなる誘惑を断ち、自分の音楽を見つけるには、どうしたらいいのでしょうか?

パレチニ たしかに今の時代は、まるで缶詰の音楽のように数え切れないほどの録音があって、それが、インスピレーションを求める若いピアニストたちにとって興味の対象となっているようです。これらを、あくまで情報や資料としてとらえるのであればまったく何の問題もないでしょう。ただコピーしようという気持ちさえ持たなければいいのです。

しかし我々は、知らず知らずのうちに自分のためにならないことをしてしまうこともある……そしてそれが、自らの発展に必要な根幹を壊すことさえあります。誰かの演奏を真似るということは、建築において、しっかりとした設計プランなしに、建物の外観だけをコピーするようなもの。これは紛れもなく失敗に向かう道だということを、忘れてはいけません。

——次のコンクールでは、どんなピアニストを求めていますか。

パレチニ すばらしいピアニストを見つけることは、難しいことではないと思います。私は録画による事前審査に携わりましたが、今度のコンクールでは、500を超える応募者の中から、164人の優れたピアニストが予備予選参加者として選ばれました。

コンクールが1年延期されたことは残念ですが、それは一方で、参加者はコンクール準備のため、まる一年がギフトとして与えられたということでもあります。

たとえコンクールで良い結果が出なくても、一部のピアニストはのちに成功することになると思います。優勝だけが重要な目標ではありません。本当のコンクールは、結果が出たその翌日からスタートする。それは、優勝したとしても同じです。コンクール後も長年にわたり芸術的に最高レベルの演奏を保つことは、入賞するよりもずっと難しいのです。コンクールの真の結果は時の流れによって決められ、私たちはその結果を何年もあとに知ることになります。

2021年のコンクールがすばらしいものになること、そしてより多くの聴衆が関心を持ってくださることを願っています。

若き日のパレチニさん。

——ショパンの録音でおすすめのものや、お気に入りのものがあれば教えてください。

パレチニ 申し訳ありませんが、私が実際に好きな録音はおすすめしないほうがいいかなと思います。前の質問でお答えしたように、これが若く経験の浅いピアニストに、その演奏をコピーしたいという気持ちを起こさせてしまうかもしれませんから。

どんなピアニストも、自身で学ぶことを通じ、自然な方法で自分のイマジネーションと芸術家としてのパーソナリティを開花させ、形作っていってほしいと思います。

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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