歌手・藤木大地と作曲家・加藤昌則が考える作品づくり、音楽家の在り方とは
カウンターテナーの藤木大地さんが、3枚目のアルバム『いのちのうた』を11月20日にリリース。
このアルバムでは、藤木さんが企画し、2020年2月に初演された舞台『400歳のカストラート』で演奏された作品を中心に、時代も国もスタイルも違う作曲家の作品16曲を収録。『400歳のカストラート』で音楽監督と作・編曲を手がけた加藤昌則さんが、再び編曲を担当している(加藤さんの作品も2曲収録)。
「よきパートナー」という言葉がピッタリの藤木さんと加藤さんに、今回のアルバムについて、またお互いをどう考えているのか、などたっぷり語ってもらった。
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
藤木大地のニューアルバム『いのちのうた』収録、宮本益光 作詞/加藤昌則 作曲「もしも歌がなかったら」
藤木大地と加藤昌則、コラボレーションがうまくいく鍵とは?
——おふたりのコラボレーションは5年前からと伺いましたが、出会ったときから意気投合されたんですか。
加藤 最初はめんどくさい男だなと思ったんですが、あるときキュウリが食べられないというのを聞いて、これはいいヤツだなと(笑)。
藤木 その共通点はともかくとして(笑)、出会ってから3ヶ月後には最初の曲を書いてもらう約束をしていました。
加藤 僕はピアノを弾きますから、演奏家同士として「これはうまくいくな」という感覚は最初からありましたね。
演奏家の中でも完璧に作り込んでしまうようなタイプは、僕はちょっと苦手なんです。作ってはきたけれど、どこかファジーにしておいて、本番で何かが起こったときに咄嗟に反応したり、相手がこうくるならこうしてやろう、みたいなフレキシブルな感覚を持った人のほうが好き。大地くん(注:加藤さんは藤木さんのことをこう呼んでいます)はまさにそういうタイプで、そこが面白かった。
藤木 僕は、基本的にはどんな共演者とでもそういう感覚で臨みますし、逆にその点での共感が少なそうな方に共演をお願いすることはあまりありません。
——藤木さんから見た作曲家・加藤昌則の魅力は、どんなところにあるのでしょうか。
藤木 僕はオペラの新作を含め、今生きている作曲家や、亡くなった人でもいわゆる現代の作曲家の作品を演奏することが非常に多いんですが、作曲家によって、声のことをわかっているのか、歌詞を伝えることにどれだけ重きを置いているのか、というのはかなり違います。
加藤さんは、何よりも日本語を伝えることを大切に思っている作曲家であり、またメロディがとても美しい。稀代のメロディ・メーカーですね。
加藤 僕の声楽曲に、今言ってくれたみたいな特徴があるのだとしたら、それは宮本益光(バリトン歌手。王子ホールでの「王子な午後」シリーズなど数多くの企画で共演する加藤さんの盟友)と、20年ぐらいずっと一緒にやってきた経験がとても大きいと思う。
僕が書き手として大切にしているのは、誰かのために曲を書くときには、本人も気がついていないような可能性をちょっとずつ入れる、ということなんですが、それにはこういう経緯があります。昔、まだ宮本と一緒にやり始めて間もない頃、僕が曲を書くときに彼の音域をすごく気にしていたら、彼がこう言った。
「ヴェルディは、もし音楽的に要求が高かったとしても、音楽として必要なことは全部やったから、彼の作品は新しいものとして今に残っているんだよ。作曲家が声楽家に気を遣ってばかりいたら、そこで止まってしまう」
こういう経験を通して、作曲家としての僕の引き出しが増えていったことは大きいですね。
藤木 宮本益光と加藤昌則の作詞・作曲コンビは、ちょっとズルいぐらいに天才的ですよ。
宮本益光 作詞/加藤昌則 作曲:合唱組曲《歌いたがりの歌の歌》の2曲目「もしも歌がなかったら」ソロ・バージョン(2012年)
このメンバーでなければできない音楽を
——アルバム『いのちのうた』を最初から順番に聴いていくと、どうしても涙がこぼれるのを抑えることができません。タイトルにある「いのち」というのがピンポイントに感じられる曲が揃っているからだと思うのですが、藤木さんはこのアルバムをどのようなコンセプトに基づいてつくられたのでしょうか。
藤木 ひとことで言えば、「生きることに関わる歌」です。このアルバムを聴いてくださった方がこれまでの人生を思い起こしたり、これからの人生の中で思い出してもらえるようなものになるようにと考えました。
CDアルバムというのは1枚を通じて物語がないといけません。今「涙がこぼれた」とおっしゃってくださいましたが、聴く人の心が自然に動かなければ作品として成立しない。それは舞台作品と同じですね。
だから、曲順にもこだわりました。たとえば日本語の歌を入れるにあたっては、その前に日本語で歌う讃美歌を配置して流れが自然になるように工夫しています。
加藤 舞台『400歳のカストラート』はピアノ五重奏でつくったのですが、このアルバムも同じ編成です。メンバーはすべて大地くんが声をかけた演奏家で、僕はそのメンバーを見てアレンジを考えました。
加藤 すごかったのは、録音をしながらどんどんみんなの熱量が高まっていったこと。それは大地くんが巻き込んでいったからではありますが、彼が歌う姿や音楽に抱く思いにみんなが共鳴していった。結果的に、このメンバーでなければできない音楽が生み出されたと思います。
藤木 あまた売り出されるCDの中で、これを買っていただくためには何か特別な意味がなければいけません。そのために曲を選び、メンバーを選び、加藤さんにアレンジをしてもらい、ブックレットにまでこだわってトータルとしてのアルバムをつくりあげたつもりです。
海外進出、ボーダーレス…日本の音楽家のこれから
——藤木さんは、横浜みなとみらいホールのプロデューサーに就任されましたが、今後は、どんな活動をしていくおつもりですか。
藤木 プロデュースというのは、いろいろな仕事を生み出して業界全体を良くしていく仕事だと思っています。横浜みなとみらいホールの仕事も、ホール単体ではなく、さまざまな地域の方などとも協働しながらお互いの良さを伝え合っていけるようにしたいと考えています。
歌い手としては2011年にカウンターテナーとしてスタートして、最初は自分自身を世に出すためにいろいろなことを考えて行なってきたのですが、10年経ってそういうことはもういいかなと思えるようになりました。
一方、この2年間まったく外国に行っていないという現状があって、先日のショパンコンクールなど海外で成果を出している友だちを見ていたら、僕ももう一度夢を見たいと思うようになりました。海外に出て、演奏に集中する時間を作る予定です。そして近い将来、ミラノ・スカラ座とメトロポリタン歌劇場で歌えたらいいなと思っています。
加藤 僕は、自分の娘なんかを見ているとつくづく思うんですが、もうクラシックとかポップスとか、ジャンルを選んで音楽を聴くという時代ではなくなっているなと。みんなトータルとしての音楽を楽しんでいるし、音楽を演奏する人もいろいろなものから刺激を受けている。いってみれば「ボーダーレスな時代」。そういう中で、自分が音楽家として何ができるのか、どうあるのか、ということを考えます。
藤木 海外進出ということでいえば、ピアノやヴァイオリンの人は10代の頃から海外に出ていって勉強して、20代でコンクールでいい成績を出すというのが多い。
ところが歌い手は、日本の大学から大学院へ進んで、さあ海外留学という時点ではもう26歳ぐらいになっている。コンクールに間に合うかどうかという年齢で、ここが大きく違っています。
加藤 日本では逸脱することを嫌いますよね。でも、考えてみると日本にクラシック音楽が輸入されて、まだ100年ちょっと。やっと大地くんみたいな考え方をする人が出てきて、声楽の世界でも早くから海外で学ぼうという気運が高まってくるのかもしれません。
一方で、大学教育でも、リートだオペラだと専門を決めず、むしろクラシックにこだわらずにもっといろいろなジャンルの歌を歌ってフレキシブルなものを作る、ぐらいの発想の転換が必要かも。作り手が変わっていかないと、ボーダーレスな時代にクラシックの客層は広がらないのではないでしょうか。
藤木 僕はクラシックとかポップスとか、ジャンルが分けられていることそれ自体に違和感を抱きます。音に乗せて言葉を伝えることが「うた」で、そこにはジャンルは関係ない。僕はそのときに歌いたい「うた」、お客さまに聴いてもらいたい「うた」を演奏することがいちばん大切だと思っています。
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