インタビュー
2026.01.29
審査員が振り返る第19回ショパン国際ピアノコンクール Vol. 2

ジョン・アリソンが語るショパン解釈の変化「当たり前のことほど、意識されずに失われてしまう」

第19回ショパン国際ピアノコンクールの審査員の方々に、ファイナル開催期間中にインタビューしました。第2弾は、ジョン・アリソン氏。音楽学者としての知見から、ショパン解釈や次世代に伝えたいことを中心にお話しいただきました。

取材・文
三木鞠花
取材・文
三木鞠花 編集者・ライター

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

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国際的な音楽学者であり、オペラ専門誌『Opera』の編集長を務めるジョン・アリソン氏。コンクール開催前のインタビューでは、ショパン・コンクールの特長やその意義、そして“ショパンらしさ”とは何かについて語ってくれました。

改めて今年のコンクールの印象や総括、さらに次世代のピアニストに求められるものについて意見をうかがいました。

ジョン・アリソン
南アフリカ・ケープタウン生まれ。ピアノやオルガンを学び、ケープタウン大学で音楽学博士号を取得。『タイムズ』『サンデー・テレグラフ』の音楽批評を務め、『ニューヨーク・タイムズ』など世界各国の主要紙にも寄稿。現在はオペラ専門誌『Opera』編集長として活動し、オペラやピアノ音楽、中央・東欧の音楽を専門とする。
国際音楽コンクールの審査員を多数務め、2022年・2025年にはワルシャワのモニューシュコ国際声楽コンクール審査委員長を歴任。著書や学術誌への寄稿も多く、2013年には国際オペラ賞を共同創設した。

変更された課題曲《幻想ポロネーズ》や審査方法は……

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——まず、今年のショパンコンクールの印象を教えてください。

アリソン 例年と同じく、今年も最高のピアニストたちが集まっています。才能あふれる人たちばかりで、それは間違いありません。ただ、ここまで聴いてきた印象では、突出した“強烈な個性”が目立つ年ではないように感じます。もちろん素晴らしい参加者が多いのですが、「この人が頭ひとつ抜けている」といえる存在は、まだはっきりとは見えていません。

また、審査員16名それぞれの判断基準が多様なため、誰が勝ち進むかを予測するのは例年以上に難しいと感じています。そうした“読みづらさ”も、このコンクールの興味深いところかもしれません。

ワルシャワフィルハーモニーのホール裏にあるカフェテリアにて

——今年の課題曲の変更については、どのようにお考えですか?

アリソン 第1ステージのレパートリーがかなり限定されていたこともあり、多くの参加者が似た傾向の選曲になりました。これは、聴く側にも審査員にとっても負担が大きかったと思います。

また、ファイナルで《幻想ポロネーズ》を取り入れたことに関しては、正直、まだ判断できません。全員に課すというのは理解できますが、あれほど複雑な大曲を弾いた直後に協奏曲を弾くのは、頭の使い方がまったく違うので大変ですし、オーケストラもすぐ近くに控えています。これはかなり厳しい条件です。“公平”ではあるけれど、あまり“親切”ではありませんね。ピアニストにとっても、聴衆にとっても。

——採点方式の変更についてはいかがですか?

アリソン 1〜25点で採点できる仕組みになりましたが、もっと狭い範囲で点が動いているように思えます。そうなると、紙一重で通ったり落ちたりする“偶然”が起こりやすくなる懸念があります。

とはいえ、ショパン・コンクールほど審査の仕組みに心を砕き、慎重に設計された大会はほかにありません。非常に複雑で精密です。

ショパン解釈はどこへ向かっているのか〜「歌」と「踊り」が重要な理由

——音楽学者として、ショパン解釈の変化をどのように見ていますか?

アリソン 確実に変わっています。こう言うと「昔を懐かしむ音楽学者」みたいに聞こえるかもしれませんが、変化が必ずしも良い方向とは限りません。

ポーランドのメディアでは「Chopin for today」というキャッチフレーズを使っていると聞きました。これが、ある意味では本質を突いているのですが、同時に少し“皮肉な褒め言葉”でもあるように感じます。

もちろん、演奏スタイルには流行がありますから、変化していくのは避けられません。しかし、だからといって何でも許されるわけではありません。

たとえば今の多くのピアニストがやっているように、舞曲が実際には踊れないほど速く演奏されるのは、曲の本質から外れていると思います。第1ステージでのワルツの演奏は、84人中82人が速すぎました。もちろん、あれほどの速さで弾ける技術には感嘆しますが、ワルツとは本来何かを考えれば、あのテンポは音楽の中にないと思うのです。

ポロネーズも全体的に速めに弾かれる傾向があります。誇り高い舞曲なのですが、これは今始まったことではありません。私が思うに、特に管弦楽曲で指揮者が速めに指揮するのもよく見受けられます。19世紀のロシア音楽でもしばしばテンポが速すぎるのですが、本来のポーランドのポロネーズは、もっと威厳があり、ゆったりとした舞曲です。

アリソン 審査員席に座っていて思ったのは、これは理想論ですが、ダンスを“体で知る”機会があると良いですね。19歳の自分がダンスのレッスンを強制されたら嫌だったかもしれませんが(笑)、舞曲を理解するには有効でしょう。素晴らしく踊れるようになる必要はなくて、ただ体感するだけでいいのです。

同じように、歌うことも大事です。ショパンの音楽のフレージングや対称性は、声楽的だと言えます。彼はオペラの大ファンで、若い頃はワルシャワで多くの舞台を観ていますし、パリではマイアベーアやベッリーニの初演にも立ち会いました。彼の音楽を聴けば、その“ベルカント的な息遣い”は明らかです。

だから、もっと「歌」と「踊り」があれば……と思います。ただ人々は速く弾けるから速く弾く、という現状がありますね。

常にショパンの本質に目を向け続けてほしい

——次の世代に、ショパン演奏で重視してほしいことは?

アリソン ショパンのスタイルに対する感性です。これはまだ完全に失われたわけではありませんが、今後失われる危険があります。

ショパンコンクールは、技術レベルが驚異的に高い。出場者全員が優れたピアニストです。ショパンを直感的に理解する人もいます。ショパンを本当に深く弾ける人というのは、前後の時代の作品も含め、より技巧的な作品など多くのレパートリーを自然に弾きこなせるものです。でも、“良いピアニスト”だからといって“良いショパン弾き”であるとは限りません。

本当にショパンに通じたピアニストというのは、そう多く現れるものではありません。コンクールでは、どのタイプのピアニストを評価すべきかという難しさが常につきまといますし、ショパンへの感性は、コンクールの場では必ずしも目立って表れるとは限りません。その感性が失われてしまうのは悲劇ですが、完全に消えてしまったとは思っていません。

——どうしたらその感性を守っていけるのでしょうか。

アリソン 昔の録音を聴き、学ぶことです。今は歴史的録音が手軽に手に入りますが、ごく限られた録音だけを繰り返し聴く人も多いのではないでしょうか。ショパン演奏の深く広大な歴史を探求してもらいたいです。

アリソン氏がまずおすすめしたいのは、アダム・ハラシェヴィチとイグナーツ・フリードマン

——次回のコンクールを目指すピアニストへのアドバイスを教えてください。

アリソン やはり一番大切なのは、ショパンへの“意識”や“自覚”をしっかり持つことだと思います。もし、ショパンの音楽に対して驚くほど深い感受性と理解を備えた人が現れたら、その人は間違いなく際立ちます。

もちろん、素晴らしいピアニストやショパンをよく理解している人はいます。ただ、そのような人は決して多いわけではありません。

結局のところ、私が言いたいことはとてもシンプルです。大切なことは、実は当たり前のことなんです。でも、その「当たり前」ゆえに、かえって意識されず、忘れ去られてしまう危険がある。そうならないためにも、常にショパンの本質に目を向け続けてほしいのです。

取材・文
三木鞠花
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三木鞠花 編集者・ライター

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

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