
キングレコードの2025年をふり返る~クラシックはもっと面白くなる!アーティストと歩む

1931年創業のキングレコードは、日本のレコード会社の老舗であり、現在もクラシックの新譜を旺盛にリリースしている。敷居が高いと思われがちな「クラシック音楽」の面白さをいかに多くの人に伝えるか。長年尽力してきた担当プロデューサーの松下久昭さんに、2025年にリリースしたアルバムに込めた想いをうかがった。

1963年東京生まれ。演奏家の活動とその録音を生涯や社会状況とあわせてとらえ、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。『音楽の友』『レコード芸術』『モーストリーク...
求めるのはクラシック界を活性化できるアーティスト
――まずは、クラシックでの制作の方針をお話しください。
創業から90年以上、歴代のディレクターやプロデューサーが作ってきた系譜を受け継いでいきつつ、いちばん力を入れているのは、新人アーティストの発掘です。
日本のレコード会社として日本人作曲家の紹介も外せませんし、演奏の質の高さも当然必要ですが、何よりもクラシックのレパートリーを広げ、クラシック界を活性化できるようなアーティストをつねに求めています。

――アーティストを起用する上で、どんなことにポイントを置いていますか?
いちばん大事なのは、何をやりたいかが明確なアーティストであることですね。セルフプロデュース能力が高い人は、一緒にやっていてとても面白いです。
たとえばホルンの福川伸陽さんは、面白いアイディアをいくつもお持ちです。2010年以来たくさんのアルバムを作ってきました。『ふたつのグラン・パルティータ』は、世界的なプレイヤーを集めてモーツァルトの《グラン・パルティータ》をやりたいというところから始まり、藤倉大さんに同じ編成で同名の曲を書いてもらって組み合わせたものです。
このアルバムのときは福川さんが奈良に行き、春日大社の鹿寄せのホルンを見学する動画を作って、けっこう再生されました(笑)。
――2026年の1月には『ワールド・ホルン・サミット』のライヴ盤も出ますね。
世界最高峰のホルン奏者を集めてコンサートをやりたいと福川さんが考えて、2025年の7月に実現したんです。すごいメンバーでオーチャードホールが即日完売、客席も日本中のホルン奏者がほとんど集合したような感じでした。演奏だけでなくトークもひじょうに面白かったので、会場の興奮を再現できるように、アルバムにもトークをほぼすべて収録します。
――アルバム『他人の顔~ヴァイオリン&ピアノ作品集』をリリースしたヴァイオリンの石上真由子さんも、意欲的な活動をされていますね。
石上さんも自らプロデュースする力をお持ちですね。ピアニストの江崎萌子さんとのデュオで、コンセプトのはっきりした構成にしたいと提案がありました。武満徹の「映画『他人の顔』よりワルツ」をタイトルにして、個性的なとてもいいアルバムになったと思います。
日本のレコード会社として日本人の作品を次世代へ
――武満徹も含め、日本人の作品の紹介にも力を入れられていますが、なんといっても伊福部昭ですね。
伊福部昭さんは、2024年が生誕110年、映画『ゴジラ』第1作公開から70年ということで、「キング伊福部まつり」をやることにしました。
キングレコードには『伊福部昭の芸術』というシリーズがあるのですが、その制作開始30周年記念ということもあり、未収録の曲を集めて11年ぶりに第13集(『伊福部昭の芸術 13易』)を新録音しました。
また、2004年に行なわれた『伊福部昭 90歳記念コンサート』をNHKが収録した映像も出しました。

――『音の怪獣~こどものためのいふくべあきら』というアルバムもありますね。
子どもたちが伊福部さんの音楽を聴くと反応がいいと、いろいろな方から聞いてました。子どもたちに新しい伊福部ファンになってもらおうと思い、ジャケットには、伊福部さんと同時代に活躍された小松崎茂の想像力が膨らむSF風の画を使いました。
――12月には『伊福部昭総進撃』がリリースされました。
「キング伊福部まつり」の総仕上げとして、5月にコンサートを行ないました。すごい熱気でしたが、福川さんの『ワールド・ホルン・サミット』と同様に、会場の雰囲気を伝えられるように、完全収録のライヴ盤です。
――レコード会社主催のコンサートだからこそですね。
できることはどんどんやらなければいけないと思います。SNSやYouTubeなど、僕は苦手だったんですが、それらを駆使できる、とても優秀な若いスタッフ達がついてくれているので、一緒にキングレコードのクラシックを盛り上げていこうと思っています。
――日本人作曲家では、『響 芥川也寸志の音楽世界』もありますね。
2025年の生誕100年を盛り上げたいと考えました。全音から芥川さんの「弦楽四重奏曲」の楽譜が初めて出版されたので、これを録音することにしました。オーケストラも加えたいので、芥川さんが手塩にかけた新交響楽団の演奏による《響》を新規にレコーディングしました。
――宮内國郎と冬木透の作曲による『交響詩ウルトラマン/ウルトラセブン』の、ハイブリッドSACDによる復刻盤も。
これは1978年に録音されたものなんです。2024年に出した、『伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ』という1983年のライヴ録音をリマスタリングしたハイブリッドSACDがとても好評だったので、それに続くものとして企画しました。冬木先生の生誕90年と、素晴らしい音楽を生み出された方への追悼の想いを込めて制作しました。
アーティストの特性を生かしながら、長く関係を続けていきたい
――2025年のオーケストラ曲のリリースでは、『ワルツ王200年の軌跡 ヨハン・シュトラウス2世とその時代』もありました。
クラシック・ナビゲーターの田中泰さんの企画・構成・解説で、その時代と歴史を学びつつ音楽も聴いてもらおうという、コンピレーション・アルバムです。
――なるほど。日本のアーティストの新録音に話を戻しますと、まずは辻本玲さんの『ラフマニノフ&プロコフィエフ ふたつのチェロ・ソナタ』。
辻本さんとは、1枚目に名曲集みたいな形で小品集を作りまして、これが2枚目です。先ほどの石上さんと江崎さんと同じく、辻本さんがピアノの沼沢淑音さんとこの2曲をどうしても一緒にやりたいと、強く希望されたんです。
音色が素晴らしいし、音楽が大きい。さらに、録音しているうちにもお互いの切磋琢磨によって進化していくというセッション録音の意義を改めて感じられて、ほんとうにいいものができたと思います。
辻本さんのインタビューも近日中に「ONTOMO」で掲載される予定ですので、ぜひ楽しみにお待ちください。
――ピアニストでは、菊池洋子さんと中川優芽花さん、小原孝さんのアルバムがありますね。
菊池洋子さんのベートーヴェンのピアノ協奏曲は全集の第2巻になります(『菊池洋子&山下一史・大阪交響楽団のベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集Vol.2』)。珍しいカデンツァの選択もシリーズの特徴です。菊池さんもいろいろアイディアをお持ちなので、これから形にしていきたいと思います。
中川優芽花さんは海外で生まれ育って、日本と海外の考えかたの両方をバランスよく持っているタイプで、将来的にひじょうに期待できるアーティストです。ショパンコンクールでの演奏がYouTubeやSNSを通じて大きな話題になったのも、彼女の魅力が溢れ出ていたからだと思います。最高のプロモーションになりました(『中川優芽花 デビュー!』)。
小原さんはデビュー35周年の記念盤です。30周年はコロナ禍で何もできなかったので、今回はベスト盤を、新録音をふんだんに盛り込んで作りました。長年録音したかったというメシアンの作品も入っています(『小原 孝BEST OF BEST~デビュー35周年記念盤~』)。
また今回は、YouTuberピアニストで大人気のハラミちゃんと小原さんの対談が実現したのも、とても面白かったです。これからお二人で何かできないか、画策しているところです。
――それは面白そうですね。新人の中川さん、中堅の菊池さん、ベテランの小原さんと、バランスもいいですね。
1、2枚で終わるのではなく、アーティストの特性を生かしながら、長く関係を続けていきたいと考えています。そうして、次の世代にもつなげていきたいですから。
今はWebサイトが重要な媒体になっているので、ONTOMOさんにもほんとうにお世話になっています。「春はクラシックを聴こう」なんて企画もやっていただきました。
クラシックというのは面白そうだなと、若い人たちに思ってもらえるようなものをこれからも作っていこうと、チームを組んで考えています。
――長時間ありがとうございました。2026年以降も楽しみにしております。
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