木嶋真優〜ジャズピアニスト大林武司との“音の会話”から生まれた、ジャンルを超えた美しい音楽
ヴァイオリニスト木嶋真優が4年ぶりに放つ最新アルバムは、ジャズピアニスト大林武司との共演作。同じ時代の空気を吸いつつも、異なる音楽ジャンルの世界で生きてきたふたりが出会い、生みだした音楽は、クラシックでありジャズでもあり、あるいはどちらでもないオリジナルな音楽に仕上がった。アルバムのコンセプトや、大林と作る音楽について、木嶋真優に話を聞いた。
編集プロダクションで機関誌・広報誌等の企画・編集・ライティングを経てフリーに。 四十の手習いでギターを始め、5 年が経過。七十でのデビュー(?)を目指し猛特訓中。年に...
ジャズをやりたかったというよりは、大林くんと音楽を作りたかった
2016年の第1回上海アイザック・スターン国際ヴァイオリン・コンクールで優勝したのを筆頭に、ジュニア時代から数々の勲章を手にしてきた一方で、ヴィヴァルディの《四季》をフィーチャーした2020年のアルバム『seasons』ではAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」をアンコール的にカヴァーするなど(演奏には一切の妥協なし!)、新しい試みにも積極的にチャレンジしてきた木嶋真優。
そんな彼女が、本作のテーマのひとつであるジャズと出会ったのは、2021年にブルーノート東京で開催されたコンサート“BLUE NOTE TOKYO meets CLASSIC”に出演したことだった。「ジャズミュージシャンと一緒に新しい音楽を作ってみては?」というブルーノート側のアドバイスもあり、みずからライブ会場に足を運んでさまざまなミュージシャンの演奏を観て「この人と一緒に音楽をしたい!」と強く感じたのが、本作のパートナーである大林武司だ。バークリー音楽大学で学び、ジャズの世界で活躍するほか、MISIAのバンドメンバーとしても知られる大林と、木嶋は年に数回ライブで共演を重ねて信頼関係を築いてきた。同世代である大林のことを、木嶋は尊敬の念も込めて“大林くん”と呼ぶ。
最初に大林くんとリハーサルしたとき、彼の音楽的な引き出しの多さにびっくりするのと同時に、自分のボキャブラリーがあまりにも脆弱なことに愕然としたんです。私は3歳からヴァイオリンを始めて、9歳でデビューしているというのに、一体何をしていたんだろう? と悔しく思った半面、自分もこれまで培ってきた音楽言語でもっと会話ができるようになりたい! と強く願うようにもなりました。
本作にはジャズのスタンダードナンバーが多数収録されているとはいえ、クラシックのヴァイオリニストがちょっとジャズをやってみました、という一過性のものとは性格が大きく異なる。木嶋真優と大林武司というふたりの音楽家が、互いの可能性を探るように作りあげた、美しくもスリリングな会話の記録、その第一歩ともいえる作品なのだ。
スタンダードナンバーや有名曲に新たな生命を吹き込む
アルバム冒頭を飾るビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビィ」は、まるで長年親しまれてきた室内楽の小品ともいえる趣き。対して後半のハイライトである「ボレロ」は、まるでラテンジャズを思わせるような躍動感で攻めてくる。まるで“逆張り”のようなアレンジが印象的だ。
確かにジャズの曲は私の音楽言語で表現したり、逆にクラシックの作品は大林くんのアレンジに委ねるような感じで制作を始めました。でも「ボレロ」には本当に意表を突かれました(笑)。この曲の新たな魅力を大林くんがこれでもかと引き出しているので、ぜひ聴いていただきたいですね。ラヴェルの曲は「亡き王女のためのパヴァーヌ」も入れていますが、彼が生みだす和音がとにかく素晴らしいので、これも要注目ですよ!
木嶋のヴァイオリンは、アルバム全編を通じてアドリブを大胆に取り入れつつも、いわゆる“ジャズ的なフレーズ”をなぞるのではなく、あくまで自分らしさを貫いている。決してジャズをやりたいわけではなく、大林とのアルバムを作りたかったという彼女の思いを裏付けるようだ。
それを象徴するのが、タイトル曲でもある「Dear」と「Mayumal」という2曲のオリジナル。どちらも木嶋と大林の共作で、前者はクラシカルなバラード、ミニマルな後者は美しくも空気を切り裂くような緊張感をもつ曲だ。
「Dear」は、自分の中から湧いてくるメロディを、愛おしいと思う気持ちをフィルターとして抽出して、大林くんと一緒に作りあげていきました。対して「Mayumal」のような曲は以前からずっと作りたいと思っていて、ミニマル・ミュージックの特徴でもある電子音のようなサウンドも多重録音で表現しました。普段だったらできない新しい要素にチャレンジした曲ですね。
木嶋のファンにとっては、以前からのレパートリーであるピアソラの「オブリビオン」や「鮫」が、大林との化学変化でどう生まれ変わっているかも聴きどころだ。
ピアソラはもちろん、どの曲も大林くんとともに作ったからこそ出来上がった作品で、ライブとはまた違った感触に仕上がっています。また、私の土台にあるのは、まぎれもなくクラシックなので、音作りの基本にはやはりクラシックがあります。しかし、曲によってマイクをつけると違うサウンドになったりするように、音の聞こえ方にもこだわり抜いたので、そのあたりも楽しんでいただけたらうれしいです。
ジャンルを越えて新しい何かを生みだす音楽の会話。今後もライブを通じて研ぎ澄まされていくであろうふたりのサウンドに注目したい。
アルバム情報
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