2019年もっとも話題の音楽映画に出演する俳優4人にインタビュー

映画『蜜蜂と遠雷』出演の俳優、松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士が語るドラマと音楽への思い

インタビュー
2019.10.04

恩田陸の『蜜蜂と遠雷』は史上初、直木賞&本屋大賞W受賞を果たした大ヒット小説。映画化にあたり、複雑な心理を抱き、ピアノコンクールで頂点を争うピアニストという、難しい役柄に挑んだ4人の俳優たち――松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士にONTOMOエディトリアルアドバイザーの林田直樹がインタビュー。演じるにあたっての苦労や、撮影を通して大きくなったクラシック音楽への愛をたっぷりと聞きました。

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Photo:各務あゆみ
取材・文
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家
林田直樹
取材・文
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
左から森崎ウィン、松岡茉優、松坂桃李、鈴鹿央士。

鈴鹿央士――ピアノ未経験から原作者も認める風間塵に

――まず鈴鹿央士さんにうかがいます。風間塵は、小説の中では一番不可思議な空気感をもった存在だと思うのですが、映画ではどんなキャラクターをめざそうとされたのですか?

鈴鹿: 石川監督とクランクインまでに何回かお話しする機会があって、話しているときに「あ、その顔」「あ、そのしぐさ」。それを現場にもってきてほしいと言われて。あとはピアノの弾き方ですね。小説に書かれていることをどう表現するのか、クランクインまでずっと悩んでいました。どんな風に弾けばいいのか……。

風間塵を演じた鈴鹿央士。

――鈴鹿さんご自身は、もともとピアノは得意だったように見えましたが?

鈴鹿: いえ、やっていなかったです。授業でオルガンをやったことはありますが、習ったということはなくて。最初は楽譜を読むところから始まって、途中で挫折して、ビデオを参考にしたり、自分で図を書いたりしながら覚えましたが、いまでも楽譜は読めないです。ゼロからピアノを始めたという感じです。

役柄上、楽しまなければいけない、というのがあったのですが、音源を聴いたり、ピアノの先生が弾かれている演奏と同じように自分で弾けたときが、実際すごく楽しかったですし、そういう気持ちで練習していました。映画のシーンの曲のなかでは、《月の光》が好きですね。

松岡: そういえば、恩田先生は鈴鹿君の弾き方が狂っていて、風間塵っぽくて、すごく良かったとおっしゃっていましたよ。

松坂桃李――撮影を通してクラシック音楽との距離が近づいた

――松坂さんは、高島明石という、プロのピアニストになるのは到底無理だという年齢で、サラリーマンなのにコンクールに挑むという、小説にしかなさそうなキャラクターでしたが、どんなことに気を付けて演技されたのですか?

松坂: 他の3人とくらべて、生活描写というか、家族と過ごすシーンが多くて、そこが演じる上ではすごく大事だと思ったんです。明石って、ちょっと面倒くさい男なんですよね。不器用だし。たとえば、自分は天才だとは思ってないけど、他人からはそう言われたくはない、みたいな。それを自分の中で、映像として表現できればいいなっていうのはありましたね。

高島明石を演じた松坂桃李。

――松坂さんは、この映画を通して好きになった曲はあるんですか?

松坂: 僕自身は、もともとクラシック音楽に対する敷居を高く感じていたので、こんなにも激しさとか、胸が躍るような、ということで言うと、初体験に近かったんです。クラシックって、静かに聴くイメージじゃないですか。でもそれがだんだん前のめりになるというか。あれ? いつの間にかクラシック自体に自分の距離が近い感じがするなと。この作品を撮り終わって、クラシック全般を、改めて聴いてみたくなりますね。

――もともとの原作小説が、クラシックにそれほど詳しくない人にも熱狂的に読まれた小説ですし、クラシック音楽に飛び込みやすいなにかを、この物語自体が持っているんでしょうね。

松坂: それぞれの登場人物を見ると、音楽の背景に、抱えている葛藤とか、人間関係とか、「ああ、自分もこんなことがあったかもな」と共感できるものが、あるからかもしれないですね。

――ピアノを弾くシーンではどんなご苦労がありましたか?

松坂: これまでピアノを弾いたことはなかったので、練習初日に先生に言われたことが、「ドの音はどこですか?」「ああ…ここですかね」「そこはファです!」みたいな(笑)。

――そこからスタートであそこまで弾けるように演技できるというのはすごいですね。

松坂: いやいや、みなさんそれぞれの苦労があったと思います。

――映画を通して好きになった曲は?

松坂: プロコの3番(プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番)。あれは明石自身もセリフとして出てくるし、個人的にもそこが残っていたんです。改めて曲を聴くと、自分自身も好きになってくるところがあって。

松岡茉優――世界中の「プロコの3番」を聴いて表現する原作の魂

――松岡さんにうかがいたいのですが、栄伝亜夜という登場人物は、挫折した過去をかかえながら、芸術家になることをあきらめきれずに、もう一度再挑戦する人ですが、そこは多くの人が共感するところがあると思うんです。松岡さんは演じるにあたって、何か原作にプラスアルファの要素を加えたところはありますか?

松岡: そうですね、本当に原作が素晴らしくて、本を読むというよりは読書体験という言葉のほうが正しいくらい、頭の中で音楽が鳴り響いていました。それを映像化するにあたっては、原作に魂があったので、亜夜を再構築するということは、むしろ私の中にはなかったんです。

栄伝亜夜を演じた松岡茉優。

松岡: たとえば原作との違いを感じたのは、鈴鹿くんのお気に入りの《月の光》を塵と亜夜が連弾するシーンです。原作ですと、大地や月や宇宙が出てきたり、想像をかきたてられるような文章がたくさんあったんですけど、今回の台本では、草原の絵を見せたりというファンタジックな差し込みがなかったので、私たちの演奏だけで、宇宙や月を見せるのは難しいですよね。なので、原作のあの高揚感と達成感と、熱くなる気持ちを、どうやったら観ている方に伝わるかなと思って。やはり、せっかく塵くんと亜夜が男女でもあるので、ラブシーンのように見せることができれば、原作のあの気持ちが表現出来るんじゃないかと思って、私はあのシーンではピタッとしたニットを着て、体のラインを見せられるようにしたらどうでしょうと提案しました。

塵くんとピアノを弾きながら目配せしあっているときも、なるべくそういったことを意識して演じていましたし、本人たちは色恋は感じていないと思うんですけど、観ている方がドキドキするようにアプローチするのは、原作と違うところでした。

――確かに、ああいうときは、2人が本当に恋人になってしまうわけじゃないけれど、音楽という芸術を媒介にして、2つの魂が響き合う瞬間って、恋愛に似ているかもしれませんね。ちなみに松岡さんはピアノを弾くシーンにはどうやって準備し取り組まれたのですか?

松岡: それぞれ奏者の方がついていて、私で言うとピアニストの河村尚子さんだったのですが、河村さんの映像をとにかく拝見しました。あと、プロコフィエフの「ピアノ協奏曲第3番」は、世界中で老若男女いろんな方が弾かれているので、その映像を見続けていました。

――松岡さんはどの曲が映画を通して好きになりましたか?

松岡: そうですね。やはり私の中ではプロコの3番が大きくて。今年のピティナ(一般社団法人全日本ピアノ指導者協会)のコンクールでは銀賞を取られた方がプロコの3番を弾いていらっしゃったのですが、コンクールを受ける方にとっても、プロコフィエフは特別なんだなと思いました。その方の演奏を聴いているだけでも打ち震えるような。何だか、特別な思いで聴く曲になりましたね。

森崎ウィン――原作から一度離れ、自分自身のマサルを演じる

――マサル・カルロス・レヴィ・アナトール役を演じた森崎さんにうかがいます。映画を観ていて改めて感じたのですが、師弟関係で先生が高圧的に来るじゃないですか。ああいう先生って結構いろんなところにいると思うんです。でもマサル自身はピュアなところを持っているじゃないですか。それが良く伝わってきました。森崎さんは原作との違いをどう意識されたのですか。

森崎: 最初にマサル役としてのオーディションを兼ねた監督との話し合いに呼ばれたときに、すでにいちファンとして原作を読んでいたんです。僕も純粋に音楽をやっている人間なので、クラシックではないんですけど、すごく興奮させられるほど原作が好きでした。そのときに僕ができる役はないと感じていて、監督にもそうお伝えしたんです。そういう意味でマサルは僕の中でも遠い存在であり、綿密に恩田先生が書かれたからこそ、すごいプレッシャーもありました。

マサル・カルロス・レヴィ・アナトール役を演じた森崎ウィンはPrizmaXのメンバーとして歌手活動も行なっている。

森崎: 監督からは、映画は原作小説の再現VTRではない、映画は映画で、森崎君のマサルを作っていいんだよと後押ししていただきました。なので、僕は逆に原作から離れたといいますか、監督が書き直した脚本のほうに付いていった、という感覚がありますね。

――ピアノを弾くシーンのご苦労は?

森崎: クラシック・ピアノというものに、これまで触れたことがなかったので、そこは周りの教えてくださる先生方のおかげです。小さいときからずっと歩んできたピアニスト人生を、僕らは短期間で全部、埋め込むわけじゃないですけど、できるだけ近づく。一番最初にピアノを習う子どもの気持ちを知りたくて、ヤマハ音楽教室に行って、何からみんな習うんですかということから始めました。そこから、楽しかったことは楽しかったのですが、一個クリアするとまた次の課題がすぐそばにある状態で。しかも、監督からは「本番では全部ちゃんと弾いてもらうから!」と。

松坂: あらら、プレッシャーだなあ(笑)

森崎: もう、純粋に大変でした。

――映画を通して好きになった曲は?

森崎: みんなプロコだと言ってますけど、僕もプロコなんですよ。(マサルが本選で演奏する)2番に大好きなメロディが入っていて、ポップスにもつながるようなところもあって(と歌ってみせる)。

 

松岡: うん。印象的。お琴みたいな響きじゃない? なんか「さくらさくら」の音を思い出します。

森崎: ああ、そうね、現代のポップスにつながるような音階が入っているというか。

松岡: 映画の中でマー君(森崎演じるマサル)が、自分の今後の展望について話すところが大好きで。そういう捉え方をしてピアノを弾いているんだなと。それぞれみんな、思いや狙いが違うままコンクールに参加していると思うんですけど、特にあのマー君の語りのシーンはクラシック・ファンにはたまらない場所なんじゃないでしょうか。

冒頭は全員弾けるように! ドラマのキーポイント《春と修羅》

――あと、お聞きしたいのが、藤倉大さんの作曲した《春と修羅》。あれが前半のひとつのピークっていうか、あの音楽があるから、前半のドラマの求心力になったと思うんですけど、それぞれのキャラクターに合わせて曲を書き分けてあるじゃないですか。みなさんの印象を一言ずついただけますか?

松岡: この前、河村尚子さんと一緒にNHK Eテレの番組「ららら♪クラシック」に出させていただいたんですけど、そのときに初めて藤倉さんと、スカイプで国際通話をしました。私たちはあのアーティスト写真しか知らないので、とても厳しい人だと思っているじゃないですか。そうしたら「コンチハ~朝早いんですよ、こっちは」みたいな、とてもフランクな感じで、私もくだけていろいろ聞いてしまったんですけど、とにかく原作ファンの人に納得してもらえるような音楽が作りたかったとおっしゃっていました。原作から《春と修羅》が出てくる部分はすべてコピーして、ご自身の制作スタジオの壁じゅうに貼って、プレッシャーというよりも責務ある仕事としてとらえていたそうです。一人ひとり緻密に計算立てて、考えられていたとお聞きして、とても感銘を受けました。

松坂: 最初に《春と修羅》を聴いたときに、「ああ、納得!」と思いました。明石は「生活に根差した音楽」と言い続けていたじゃないですか。

松岡: 「あめゆじゅ とてちて けんじゃ」のところはすごく良かった。

松坂: スーッと自然に音楽が入ってくる感じがしたんですよね。あれを作るまでに、どれだけの時間と苦労があっただろうなと考えると――それのおかげで――あそこをある種のゴール地点と考えて、明石役としては撮影に取り組んできたところもあったので、あの曲が、すごく助けになりましたね。何十回、何百回聴いたことか。

――原作小説を読んだ人は、「明石くん、明石くん」と、さも実在の人物であるかのように言い始めるくらい、魅力的なキャラクターですものね。

松岡: (明石の)入賞結果を見たときには泣きました。

――《春と修羅》は、マサルにも塵にも個性的な曲を藤倉さんは書いていますね。あの演奏シーン、周りの反応。映画を撮られていて、その辺はいかがでした?

森崎: そうですね。マサルとしてはカデンツァで、師弟関係を崩す勢いで、新しい世界に臨む、「切り拓く」ということがマサルにとってはキーワードだったと思っていたので、曲を実際に聴いたときには、カギをポンと渡されたなと。リスクもプレッシャーもはねのけて、しっかりと表現しきるマサルへのリスペクトが、あの《春と修羅》で、僕の中で新たに生まれました。

――映画では演奏の後で、師匠から「お前はホロヴィッツにでもなったつもりか」ときつく注意されるシーンが印象的でしたね。

森崎: 僕はミャンマー出身なんですけど、ミャンマーの先生って、押し付けると言いますか、私が敷いたレールの上を歩きなさい、ということがすごく多かったので、その瞬間を思い出してしまったということもありました。あと、個人的に《春と修羅》のイントロが、すごく好きです。

松岡: 全員が同じ曲を弾いているのはあそこくらいだったのですが、鈴鹿くんが弾けるようになってしまったので、監督が「あそこは全員ちゃんと弾けるようになりましょう」。

松坂: そう言われたら、やるしかない。

森崎: 必死になりますよね。

――もしかしたら、藤倉さんは冒頭のところだけは、それぞれの俳優がみんな自分で弾けるように作曲したのかも?

松岡: 確かに冒頭はとてもシンプルですよね。

鈴鹿: いや、もう、僕、《春と修羅》の冒頭が好きだから。自分で弾けるようになりたいと思っていたので…。

松坂: そう思えるってことが素晴らしいよ。

松岡: うん。

――映画を観た側としてもうれしいお話ですね。

松岡: 河村尚子さんがおっしゃっていたのは、ピアニストとしても、『蜜蜂と遠雷』で選ばれている曲たちは、ポップスに近いような、リズミカルで、ジャジーな曲がかなりそろっているので、音楽が好きな方だったら、引っかかるところがあるはずだと。それを門戸にして、入っていった先に、さまざまな種類のクラシックがあることを感じてほしい、ということでした。クラシックから遠くても、音楽好きなら楽しんでいただける映画なんだと思います。

松坂: ほぼ、刺さりますね。音楽が好きなら。音楽が嫌いな人は少ないと思うから。

松岡: ライブ感覚で映画を観に行くのもいいかもしれません。アーティストのライブだと曲を聴いてから行くと楽しいじゃないですか。今回も、プロコフィエフの2番と3番と、《春と修羅》は先行配信されていますから、ぜひ曲を聴いて、ライブ感覚で映画館に来て欲しいです。

取材を終えて

今回、4人の俳優にまとめて話をうかがって感じたのは、同じ映画を作るにあたって、お互いが助け合いながら、この物語への愛をますます高めてきた連帯感の素晴らしさだった。そして『蜜蜂と遠雷』に没入することで、ごく自然にクラシック音楽がどんどん身近になり、つい近頃まではクラシックに垣根を感じていたのに、眼を輝かせてプロコフィエフを「プロコ」と自然に呼ぶくらいに好きになっているということの、まぶしさだった。

芸術作品も、その中のキャラクターも、優れていればいるほど、必ず作者の手を離れて独り歩きを始めるものだ。映画『蜜蜂と遠雷』も、あの見事な小説をベースとしながらも、新しい生命を得た生き生きとした物語を楽しめるようになっている。特に、前半の藤倉大作曲の《春と修羅》、後半のプロコフィエフの「ピアノ協奏曲第2番」「第3番」は、俳優たちの強い思いのこもった演技ともども、ドラマの大きなカギとなっている。これまでクラシックにあまり親しんでこなかった人にとって、映画をきっかけに、こうした音楽がぐっと深く心に入ってくる経験となるのではないだろうか。

この秋はプロコフィエフ人気が急激に高まり、たくさんの人々が「プロコ、プロコ」と親しみを込めて呼び始める様子が、見えるような気がしてならない。

林田直樹

公開情報
映画『蜜蜂と遠雷』
10月4日(金)全国公開

出演: 松岡茉優 松坂桃李 森崎ウィン 鈴鹿央士(新人)

監督・脚本・編集: 石川慶

 

Story●直木賞&本屋大賞W受賞を果たした小説『蜜蜂と遠雷』が映画化。
芳ヶ江国際ピアノコンクールに集まったピアニストたち。復活をかける元神童・亜夜。不屈の努力家・明石。信念の貴公子・マサル。そして、今は亡き“ピアノの神”が遺した異端児・風間塵。一人の異質な天才の登場により、三人の天才たちの運命が回り始める。それぞれの想いをかけ、天才たちの戦いの幕が切って落とされる。はたして、音楽の神様に愛されるのは……?

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