オーケストラの定期演奏会で『レ・ミゼラブル』〜川瀬賢太郎が考えるクラシックとミュージカル
音楽の観点からミュージカルの魅力に迫る連載「音楽ファンのためのミュージカル教室」。
第11回は、指揮者の川瀬賢太郎さんにインタビュー! 1月16日に東京佼成ウインドオーケストラで、3月20日に神奈川フィルハーモニー管弦楽団で、ミュージカル『レ・ミゼラブル』の楽曲を取り上げます。プログラミングの意図や意義についてお話いただきました。ミュージカルナンバーがクラシックの演奏会で果たす役割、そしてオペラとミュージカルの違いとは?
1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...
3月20日の定期演奏会「県民名曲シリーズ」において、ミュージカル『レ・ミゼラブル』の音楽を取り上げる。オーケストラの定期演奏会でミュージカルのナンバーが演奏されることは極めて珍しい。「音楽劇による『レ・ミゼラブル(ヴィクトル・ユゴー原作)』~若者たちの60分のレ・ミゼ」と題された公演の意図や概要などについて、話をきいた。
ミュージカルを「オーケストラと出会う扉」に
——まず、どうして、《レ・ミゼラブル》を神奈川フィルの演奏会で取り上げるようと思ったのですか。
川瀬 神奈川フィルの主催公演では、横浜みなとみらいホールでの「みなとみらいシリーズ」、神奈川県立音楽堂での「音楽堂シリーズ」、神奈川県民ホールでの「県民名曲シリーズ」が三本柱となっています。
「みなとみらいシリーズ」は、みなさんが知っている曲からとても珍しい曲まで、バラエティに富んだ選曲をする定期演奏会です。「音楽堂シリーズ」は、神奈川県立音楽堂の大きさにちょうどいい、ハイドン、モーツァルトを中心にプログラムを組んでいます。「県民名曲シリーズ」は、神奈川県民ホールが、キャパシティが大きく、どうすればお客さまがたくさん来てくれるのかが、課題となっていました。単純に名曲を演奏しても、劇的に集客が増えることはない。
そこで思いついたのは、オーケストラと出会う扉になればいいということでした。オーケストラと出会うには、それがクラシックでなくてもいい。この12月にはジャズをテーマにしました。クラシックでないものを扉として、オーケストラを知ってもらう。それを三本柱の一つとしてやってみようと思いました。それで、僕は、『レ・ミゼラブル』がすごく好きなので、ミュージカルを「県民名曲シリーズ」で取り上げたいと思ったのです。
本当は、『レ・ミゼラブル』全曲を演奏会形式で上演したかったのですが、『レ・ミゼラブル』のナンバーは、大人の事情(つまり版権の問題)があって、前半をオペラの音楽、後半を60分の『レ・ミゼラブル』としました。
——ご自身の『レ・ミゼラブル』への思い入れを話していただけますか。
川瀬 僕が『レ・ミゼラブル』と出会ったのは、大学1年生のときでした。学園祭で、声楽科の学生たちが『レ・ミゼラブル』をやりたいと言っていたのです。たまたま、指揮科の田代俊文先生(筆者注:帝国劇場での『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』の公演の指揮を担っていた)が楽譜を持っていらして、上演できるということになりました。そして僕は、学生たちが作り上げる『レ・ミゼラブル』でアシスタントに入りました。
実は、当時の僕は、ミュージカルに、オペラをちょっと安っぽくしたものという感覚があったのですが、『レ・ミゼラブル』に取り組んで、「こんなにいい曲なんだ!」と思いました。どのナンバーも素晴らしいと思いましたし、今もそう思います。
そして、1年後には帝国劇場での『レ・ミゼラブル』を観に行くほど、はまりました。その後、映画の『レ・ミゼラブル』を3回くらい観に行って、嗚咽するくらい泣きました。ロイヤル・アルバート・ホールでの『レ・ミゼラブル』10周年を記念するコンサートのDVDも持ってます。
『レ・ミゼラブル』ステージコンサート2020のライブレコーディング
60分で『レ・ミゼラブル』の何を伝えるか
——演奏会の前半には、ヴェルディの歌劇《運命の力》序曲、プッチーニの歌劇《マノン・レスコー》より「間奏曲」、シュミットの歌劇《ノートルダム》より「間奏曲」、ベートーヴェンの《ウェリントンの勝利》(《戦争交響曲》)を取り上げますね。その意図を教えてください。
川瀬 《運命の力》はそのタイトルが、『レ・ミゼラブル』の運命に翻弄される若者たちや女性たちをイメージさせます。フランスが舞台となっている《マノン・レスコー》間奏曲は、神奈川フィルと演奏したかった曲です。《ノートルダム》は、原作がユゴーということで、『レ・ミゼラブル』とつながります。《ウェリントンの勝利》は、『レ・ミゼラブル』と同じ頃、激動の時代のヨーロッパをテーマにしています。というように、それぞれの作品が『レ・ミゼラブル』とリンクしています。
『レ・ミゼラブル』にリンクしたプログラム前半
——演奏会のメインの「音楽劇による『レ・ミゼラブル(ヴィクトル・ユゴー原作)』~若者たちの60分のレ・ミゼ」はどのようなものになりますか。
川瀬 まず、演出家の田尾下哲さんと一緒にやりたいと思いました。実は、田尾下さんは、2019年に「成人の日コンサート」で「60分のレ・ミゼ」を手掛けています。そのとき、それを知って、「悔しい、僕もやりたい」と思ったのです。
もちろん、今回、また新しく作ります。僕が「こういう曲を入れてほしい」と言ったり、どこにスポットを当てるか、60分で『レ・ミゼラブル』の何を伝えるかを相談したりしました。そして今回、若者たちにスポットを当て、語りを入れて60分間の神奈川フィル版『レ・ミゼ』を作りました。
——どのような曲が入っていますか。
川瀬 『レ・ミゼラブル』からは、「ア・ハート・フル・オブ・ラヴ(心は愛に溢れて)」、「オン・マイ・オウン」、「ワン・デイ・モア」を取り上げます。これは外せないよね、という3曲です。革命のなかの困難な時代、若者たちに恋があったり、貧富がひっくり返ったり、たった十数年の間に激動がありました。
この企画を始めたときは、コロナが来るとは全然思っていなかったけど、今、演奏会が近づいてきて思うのは、ベートーヴェンや『レ・ミゼラブル』など、困難な時代に生まれた精神は、今も変わらず、人々に勇気を与え続けています。だから、僕にとって、ベートーヴェンを指揮するのも、『レ・ミゼラブル』を指揮するのも、精神的にも、意気込み的にも、まったく変わりません。60分間のドラマを聴き終わったあとに、困難な時代に生きる勇気を受け取っていただければ、いいなと思います。
そのほか、プッチーニの《蝶々夫人》のハミング・コーラス、グノーの《ファウスト》の「宝石の歌」、ミュージカル『ジキルとハイド』からのナンバー、同じフランス革命を描いたジョルダーノの『アンドレア・シェニエ』を演奏し、それらの出来事や心情を借りながら、1つのストーリーにしていきます。
家族である神奈川フィルと『レ・ミゼラブル』を、3曲ですが指揮できるのは、とても楽しみですし、うれしいですね。でも、本当は、いつか全曲をフル・オーケストラ、フル・コーラスで指揮してみたい。生きているあいだに1回は全曲を振りたいと思います。
プッチーニ:《蝶々夫人》よりハミング・コーラス、グノー:《ファウスト》より「宝石の歌」
音楽は1つ、ジャンルにもっと柔軟になってほしい
——ミュージカルとオペラの違いは何だとお考えですか。
川瀬 オペラは声が楽器なんですね。オペラはマイクを通さない。これはすごいことなんですよ。アスリートと同じことが要求される。一方、ミュージカルはマイクを通します。今回、ミュージカルのナンバーだけど、オペラ歌手の皆さんに来てもらいます。神奈川県民ホールが広いので、マイクで声を拾うか、生で行くか、やってみないとわからないところですが、理想はマイクなしですね。オペラ歌手が歌うとすごいということを体験していただきたい。
電気を通さない生音って、僕ら(クラシックの音楽家)は最高にアナログなことをやっているわけじゃないですか。でも、そう遠くない未来に新しいものとしてまた戻ってくる。もう一回、心あるものがその時代の新しいものとして戻ってきているのです。
ミュージカルも、もともとは生音から発生しています(筆者注:もちろん20世紀始めのブロードウェイは生音での上演)。音楽は1つなんです。ジャンルにもっと柔軟になってほしい。みなさんの心のなかの壁を取り払うはできなくても、少しでも下げることができればと思います。
オペラとミュージカルは兄弟みたいなもの。今回はそういうアプローチで演奏したいと思います。『レ・ミゼラブル』を聴きに来て、ほかの曲にも出会えて、音楽の幅が広がる。そう思っていたただければ、やってよかったと思います。
東京佼成ウインドオーケストラでもミュージカルを
——『レ・ミゼラブル』のほかに好きなミュージカルは何ですか。
川瀬 『ミス・サイゴン』や『ライオン・キング』も好きです。あと、赤川次郎原作の『夢から覚めた夢』もすごく好きで、あれは音楽(筆者注:三木たかしと宮川彬良が作曲)も素晴らしいです。
劇団四季の『ライオン・キング』
——ところで、1月16日の東京佼成ウインドオーケストラの定期演奏会でも『レ・ミゼラブル』を取り上げられますね。
川瀬 「二人のシェーンベルク」というタイトルで、前半はアルノルト・シェーンベルクの作品、後半はクロード・ミシェル・シェーンベルグの『レ・ミゼラブル』と『ミス・サイゴン』を演奏します。家系的につながっていますから(筆者注:2人は、共通の親戚がいる、遠縁)。
——そちらもとても興味深いプログラミングですね。
日時: 2021年3月20日(土)15:00開演
場所: 神奈川県民ホール
出演: 川瀬賢太郎(指揮)、青木エマ(ソプラノ)、 髙野百合絵(メゾ・ソプラノ)、大山大輔(バリトン)、加耒 徹(バリトン)
曲目: ヴェルディ/歌劇《運命の力》序曲、プッチーニ/歌劇《マノン・レスコー》より「間奏曲」、シュミット/歌劇《ノートルダム》より「間奏曲」、ベートーヴェン/《ウェリントン の 勝利》、音楽劇による『レ・ミゼラブル(ヴィクトル・ユゴー原作)』~若者たちの60分のレ・ミゼ~
料金: S席6,000円、A席4,500円、B席3,000円
問い合わせ: 神奈川芸術協会 045-453-5080、神奈川フィル・チケットサービス 045-226-5107(火曜、水曜10:00-13:00)
詳しくはこちら
日時: 2021年1月16日(土)14:00開演(13:00開場)
場所: 東京芸術劇場 コンサートホール
出演: 川瀬賢太郎(指揮)
曲目: A.シェーンベルク/《グレの歌》のモチーフによるファンファーレ、尾方凛/斗吹奏楽のための「幻想曲」〜アルノルト・シェーンベルク讃、A.シェーンベルク(大橋晃一 編)/映画の一場面への伴奏音楽、C.シェーンベルグ(J.デ・メイ 編)/『ミス・サイゴン』、C.デ・リール(大橋晃一 編)/《ラ・マルセイエーズ》(フランス国歌)、C.シェーンベルク(大橋晃一 編)/『レ・ミゼラブル』セレクション
料金: S席6,000円、A席4,500円、B席3,000円、C席1,500円
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