現代音楽をめぐるヒューマン映画『ミュジコフィリア』で描かれたリアルさとは
2021年11月19日に全国ロードショーの映画『ミュジコフィリア』(谷口正晃監督)。さそうあきらの漫画が原作で、京都の芸術大学を舞台に、現代音楽に打ち込む学生たちとの関わりや、主人公と天才作曲家の兄との確執など、音楽人たちの群像劇が描かれる。
主演を務める井之脇海は、実際に音楽家の家族を持ち、過去に音楽家を演じていたことがあったり、作中に流れる音楽は実際に京都の学生・音楽家たちが手がけていたりと、作品からリアルさを感じざるを得ない。
類まれな音楽の才能を持つ主人公・漆原朔を演じる井之脇海と、音楽プロデューサーの佐々木次彦に、作品と音楽について聞いた。
1997年大阪生まれの編集者/ライター。 夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オ...
主人公の思いを「未聴感」のある音楽にのせる
——井之脇さんは、以前にも映画『トウキョウソナタ』(黒沢清監督、2008年)や連続テレビ小説『ひよっこ』(NHK、2017年)でもピアノ少年や音楽家を演じていらっしゃいます。今回はどのような音楽家像を意識しましたか。
井之脇 まず原作を読んだとき、漆原朔は音楽家というより「音楽が大好きな少年」という印象を持ちました。それと同時に、現代音楽というものに触れたのが初めてで、そこから新たな音楽のおもしろさや発見を得られたので、まずは音楽家と意識しすぎるよりも、自分自身が音楽を楽しみながら朔を演じることが大切なのかな、と。純粋に音楽を楽しんで演じていましたね。
——井之脇さんご自身、ピアノのご経験もあったそうですね。音楽との関係も深かったのではないでしょうか。
井之脇 むしろ音楽に対しては反発心がありました。僕は、音楽家の多い家庭に育ったんです。母はピアノをしていて、叔父はフルート・ピッコロ奏者。音楽と近すぎて、むしろ距離を置きたいと思ってしまう……まさに朔と同じです。
とはいえ、『トウキョウソナタ』や『ひよっこ』など、自分の節目ごとに音楽がどうしても関わってくるんです。そして「自分の初主演は、どんな役なんだろう」と思っていたら、やっぱりピアノを弾くことになって(笑)。音楽は切っても切れない存在なんだな、と思いますね。
——佐々木さんは、音楽をしている井之脇さんのご様子は見ていましたか。
佐々木 はい。確か最初にお会いしたのは、井之脇さんがピアノを弾いているとき。井之脇さんがいつも使っている電子ピアノを運んできてくれて、谷口正晃監督と僕の目の前で弾いてくれたんです。
井之脇 そのときは、ドビュッシー《月の光》を演奏しましたね。
佐々木 過去にピアノの経験もあるということで、「音楽の心」を持っていらっしゃるというか、わざわざ言葉で説明しなくても良いな、と思いましたね。
——そのときすでに、劇中の音楽や朔が演奏する作品はできあがっていたのでしょうか?
佐々木 いえ、まだでした。というのも、音楽制作のスケジュールが結構タイトで……(笑)。
——今回、クラシック音楽以外の劇中音楽は、すべて京都市立芸術大学の学生や大学院生、卒業生が手がけていますね。作曲家の皆さんに、何かコンセプトやオーダーなどを投げかけたりしたのでしょうか。
佐々木 台本がありますから、基本的にお任せしていました。しかし、作品中でキーワードにもなっている「未聴感」は大切にしたいと思っていました。なぜなら朔は作曲家でも演奏家でもないけれど、音楽の天賦の才を見せるという異色な人物。そんな朔の弾く音楽は、やはり誰も知らない、聴いたことのないような音楽がいいと思ったんです。
井之脇 僕も最初、どんな音楽になるのかドキドキしていました。冒頭、川沿いでピアノに触れるシーンがあるのですが、そこは朔が音楽への情熱や暴走に歯止めがかけられない、大切な場面なんですね。なので、実際に音楽をいただいたときは、まさに朔の思いが形になっているようで、「この音楽に身を任せていれば大丈夫だ」と思えるようになりました。
——川沿いでのシーンが多かったのは印象的でした。
井之脇 中洲にピアノを置いて、松本穂香さん演じる浪花凪と演奏するシーンもあります。京都という雄大な自然や歴史のある街だからこそ、あの土地でしか感じられない音楽があったなと思います。もちろん、実際に劇中に流れている音はプロ演奏家の方の音にはなるのですが、実際に演奏シーンを演じていて、音楽やその場の環境が一つになった気がして。ホテルや家で練習するのとは、まったく違う感覚でしたね。
作曲や演奏も、ストーリーの設定そのままに芸術大学の学生が協力
——今回は「現代音楽」が大きなテーマです。実際に京都市立芸術大学の皆さんが手がけた音楽も現代音楽でした。井之脇さんのもつ、現代音楽への印象は。
井之脇 「怖い」(笑)。あと、難しそうな印象も……。だから京都市立芸術大学の皆さんの作品が上がるまでは、本当にドキドキしていました。どんな曲ができあがるのかな、早く聴きたいな、って。
実際に完成した作品を1曲ずつ聴くたびに、変な話ですが、「これも音楽なんだ」と思ったんです。ある種決まりがない中で、自由さや躍動感、音楽の喜びが感じられて、どれも聴くのが楽しかったです。
佐々木 京都市立芸術大学の皆さんは、やはり普段は自分の作品を書くことが主なので、今回のように映像作品のオーダーに合わせて作曲する、という機会は少ないそうです。実際に作曲専攻の教授の方から「学生や卒業生にとって初めてで良い経験だったと思う」とおっしゃっていただきましたね。
——井之脇さん、ピアノはどれくらい練習しましたか?
井之脇 撮影前からピアノの先生に教わり、個人練習をしていました。といいつつも、そのときはまだ制作された音楽が手元になかったり、ブランクがあったり、という状況だったので、現代音楽に近い作品で指鳴らしをしていました。撮影期間に入ってからは、京都のホテルにピアノを入れて、とにかく弾いて弾いて弾いて……という感じでしたね。
——音楽制作のスケジュールがタイトで、井之脇さんもハードだったのではないでしょうか?
井之脇 そこはポジティブに捉えました。と言うのも、朔のキャラクターからして、演奏には若さやもろさがあったほうがいいと思ったんです。でも、もし仮に1年も前に音楽をいただいていたら、いっぱい練習して完璧すぎる演奏になっていたかも……。もちろん練習はがんばりましたが、スケジュールがタイトでも、ある種どうにでもなれ、という気持ちで撮影できたのが、結果的に朔のキャラクターとマッチしてよかったと思いますね。
佐々木 それこそが、朔の持つ音楽性ですよね。プロフェッショナルみたいな音楽家になろうとしていないキャラクターなので、音楽への臨み方としてはすごく良いですね。
——今回、オーケストラも京都市立芸術大学の現役の学生の皆さんでした。
佐々木 芸術大学が舞台なので、まさに設定そのままですごく良かったと思っています。というのも、あまりにプロでうまい演奏家の方々に演奏していただくよりも、学生ならではの等身大で味がある演奏だったので、作品にぴったりでした。
それに「等身大」という意味では、作曲の皆さんもまさに「現代」の音楽を書いてくれたのが良かったと思っています。というのも、原作で描かれた現代音楽は、当時主流だった実験的な音楽が登場していて。今回映画に登場するのは、まさに時代が進んだ「今」の現代音楽になります。
音楽をめぐって変化していく人との関係性
——この作品は音楽を軸に物語が展開していきます。井之脇さんご自身、朔が音楽とともにどのような変化があったと考えますか。
井之脇 多くの映画や物語では、人と人が言葉でぶつかり、考えを変えたり成長したりするわけですよね。しかし今回は、音楽でぶつかることで、人と人がつながり、それぞれが変化していく。そういう意味で、演奏のシーンは大切なポイントだと考えました。
劇中では、特に朔とその兄の貴志野大成(山崎育三郎)との関係性が、音楽を通して多く描かれているので、2人で一緒に演奏するシーンや、朔が大成の演奏を聴くシーンなど、一層丁寧に演じました。
——大成と一緒に演奏するシーンは、すごく印象深かったです。
井之脇 裏話になるのですが、そのシーンの撮影日当日、育三郎さんが自分も演奏すると思っていなかったらしくて……(笑)。もちろん育三郎さんは音楽に精通されているので、すぐに弾けるのですが、連弾のパートが決まっていなかったので、2人で大まかな演奏の流れを決めつつも、あえて固めすぎずに演奏シーンに臨みました。すると、どちらが弾くのか、お互いを感じないと演奏ができないので、自然と育三郎さんと音楽を通じて思い合っている感覚になったんです。
育三郎さんとは、撮影の合間に何度もパーソナルな会話を重ねました。作中の2人は距離があるので、役の話というよりは、個人的な恋愛や人生などの価値観の話をしたりして。だからこそ信頼関係ができていたと思っていますし、その演奏シーンにつながったのかな、と思っています。
——劇中には、大成だけでなく、たくさんの仲間も登場します。
井之脇 現代音楽研究会のシーンで、川の上にエオリアンハープを張り、音楽を奏でる場面があります。これにも裏話があります。
当日、少し天気が悪くて。でも、川の向こうに大きな虹がかかっていたんです。それを見ながら演奏すると、その場の人々と音楽が、すべて「つながる」ような感覚を覚えましたね。そこで奏でる音楽も決まり事として進むのではなく、本当にお互いを感じ合うというか。
——ミュジコフィリア=音楽中毒者にはなれましたか?
井之脇 そう聞かれると、「はい」と答えるしかないですね(笑)。
——(笑)。
井之脇 でも、やはり最初にお話した通り、長らく僕自身にも音楽への反発心があったのですが、この作品を通して「自分の人生には音楽が必要なんだな」と思えるようになりました。それほど、この撮影で音楽の楽しさや可能性、幸福感を深く感じることができたんです。今では音楽を聴いてほっこりした気分になります。これからもどんどん音楽に触れていきたいですね。
——最後に佐々木さん、『ミュジコフィリア』での見どころ・聴きどころを教えてください。
佐々木 音楽にはいろんな形があるんだ、と知ってほしいですね。現代音楽って、なかなか接する機会がないじゃないですか。実際に撮エキストラとして参加された方や撮影スタッフから、現場で現代音楽の作品を聴いて「初めて聴いたけど、そんなに悪くないね」などと声をかけられました。ぜひ、いろんな音楽の表情を感じ取っていただければと思います。
公開:11月19日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
11月12日(金)京都先行公開
出演:井之脇海、松本穂香、川添野愛、阿部進之介、縄田カノン、多井一晃、喜多乃愛、中島ボイル、佐藤都輝子、石丸幹二、辰巳琢郎、茂山逸平、大塚まさじ、杉本彩、きたやまおさむ、栗塚旭、濱田マリ、神野三鈴、山崎育三郎
原作:さそうあきら「ミュジコフィリア」(双葉社刊)
脚本・プロデューサー:大野裕之
監督:谷口正晃
主題歌:松本穂香「小石のうた」(詞・曲:日食なつこ)
主題ピアノ曲:古後公隆「あかつき」「いのち」
音楽プロデューサー:佐々木次彦
音楽:橋爪皓佐、池内奏音、宮ノ原綾音、長谷川智子、植松さやか、小松淳史、大野裕之
チーフ・エグゼクティブ・プロデューサー:柴田真次
制作:フーリエフィルムズ
製作幹事:劇団とっても便利
配給:アーク・フィルムズ
特別協賛:伊藤園
協賛:キャビック、お弁当のいちばん、小室整形外科医院
後援:京都市
特別撮影協力:京都市立芸術大学
©️2021 musicophilia film partners ©️さそうあきら/双葉社
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