インタビュー
2022.03.11
新連載「いざ音楽の海へ!~マエストロ飯森範親とPPT 新たなる船出」Vol.1

在京オーケストラのニューウェイブ、パシフィックフィルハーモニア東京(PPT)がいよいよ始動!

コロナ禍にあって、オーケストラ界は大きく揺れ動いている。そうした中で、昨秋、ひとつの大きなニュースがもたらされた。2022年4月、在京オーケストラ界の一角を占めてきた東京ニューシティ管弦楽団(1990年創設)が、パシフィックフィルハーモニア東京(略称PPT)と改称し、新音楽監督として飯森範親を迎えて船出することとなった。
いま、あえて攻めの姿勢でスタートを切る新楽団の未来とはどんなものなのか? 春からのシーズンオープニングを前に、マエストロ飯森に大いに語っていただいた。

取材・文:林田直樹
林田直樹
取材・文:林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

写真:各務あゆみ
撮影協力:六本木クラップス

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オーケストラの実力を飛躍させる秘訣とは

林田 飯森さんは山形交響楽団でモーツァルト交響曲全曲チクルスを完遂し、現在は日本センチュリー交響楽団でハイドン交響曲全曲チクルスを継続中です。こうした古典派のレパートリーをマラソンのようにやるのは、オケにとって、アンサンブルを基礎から磨き上げる上でも、すばらしい経験になると思います。オクタヴィア・レコードから出ているディスクを聴いても、音楽的成長の跡が歴然と感じられます。派手なプログラムも大事ですが、長期的に見たときに、飯森さんのオーケストラ・ビルダー的な、こうした地道なお仕事は、本当に大切でしたね。

飯森 そう思ってくださる方はいそうでいないんですよ(笑) 

写真右・飯森範親(指揮)
桐朋学園大学指揮科にてジャン・フルネ、小澤征爾、秋山和慶、尾高忠明の各氏に師事。卒業後、ベルリン、ミュンヘンに留学。バイエルン国立歌劇場ではヴォルフガング・サヴァリッシュ氏のもと研鑽を積む。94年から東京交響楽団の専属指揮者、モスクワ放送交響楽団特別客演指揮者、広島交響楽団正指揮者などを歴任。04年シーズンより山形交響楽団の常任指揮者に着任、07年より音楽監督に就任し、次々と新機軸を打ち出してオーケストラの活動発展と水準の向上に目覚しい成果を挙げている。
海外ではフランクフルト放響、ケルン放響、チェコ・フィル、プラハ響、モスクワ放響、北西ドイツ・フィル、デュッセルドルフ響、ドルトムント・フィル、バーゼル響、チェコ国立ブルノ・フィル、チェコ国立モラヴィア・フィル、ホノルル響、アルトゥール・ルービンシュタイン・フィルなど世界的なオーケストラを指揮。
国内外の多くのオーケストラとの間に築かれた類稀な信頼関係、信頼を裏付ける着実な活動の輪の広がりが高く評価され、05年「渡邉暁雄音楽基金 音楽賞」を受賞。さらに、近現代作品や日本人作品の初演・再演に対する業績により、06年度 芸術選奨文部科学大臣新人賞、06年度 中島健蔵音楽賞を相次いで受賞した。
東京交響楽団特別客演指揮者、いずみシンフォニエッタ大阪常任指揮者、ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者。2014年シーズンから日本センチュリー交響楽団首席指揮者。2007年より山形交響楽団音楽監督、19年シーズンより同楽団芸術総監督に就任。2020年1月より東京佼成ウインドオーケストラ首席客演指揮者、同年4月より中部フィルハーモニー交響楽団首席客演指揮者。2022年4月よりパシフィックフィルハーモニア東京音楽監督に就任。

林田 本当ですか? PPTでもそういったことを考えていらっしゃるのでは?

飯森 今年はまだないのですが、来年から東京オペラシティ コンサートホールでそういうシリーズを始めようと思っています。ハイドンやモーツァルトではなく、ある意味ディスカバリー的な、古典に影響を受けた近現代の作曲家たちの面白い作品をミックスしながら、みなさんに聴いていただきたいなと考えています。

林田 以前、ゲルギエフにどうやったらオーケストラを高く舞い上がらせ成長させることができるのかと尋ねたら、彼は、指揮者がオーケストラを育てるのではなく作曲家、曲がオーケストラを育てるのだ、と答えました。そういうことを考えていらっしゃるということですね?

飯森 そうです! たとえば山響の場合、若かりしモーツァルトであっても、そのエネルギーを、僕を含めてオーケストラが感じ取れないとだめだし、それをやらせていただいたことによって、オーケストラのスキルは数ヶ月で格段に上がりました。ピリオド楽器、オリジナル楽器に興味を持ってみんな勉強してくれましたし、学びあって高めあう、いい効果がありました。それで飛躍的にオーケストラのクオリティが向上したのは、自他ともに認めることかなと思っています。

林田 それは同じようなことが日本センチュリー響のハイドンでも起きたわけですか?

飯森 起きていますね。もう明らかに違います。クオリティだけでなく、最近はそこに遊び心も加わってきています。ハイドンの場合、楽譜は設計図でしかなくて、そこから可能性を演奏する側が引き出さなければならないのです。そのプランを僕が演奏会の1ヶ月前までに楽譜に全部記入して、さらにみなさんにそれをさらっていただきながら、新しいアイデアが生まれてくるんです。

林田 飯森さんがすべてを決めてこうしなさいというのではなくて、オーケストラのほうからこうしてみたらということが生まれてきているのですか?

飯森 しょっちゅうありますよ。

林田 そうした気さくなコミュニケーション、一緒に意見を出し合いながら共に音楽を作っていく姿勢が、これまでの飯森さんの実績に結びついているのですね。

PPTでやろうとしていること

飯森 実はPPTと日本センチュリー響は事務局内部で行き来があります、面白いでしょう? そして航空会社間のようにアライアンスを提携します。アライアンスというのは、例えば全日空でチケットを買うけれどもルフトハンザの機体ですよ、とかルフトハンザで買っても全日空の機体ですよ、とかあるじゃないですか。共同運行便のオーケストラ版と言っていただいてもいいかもしれません。

林田 それはすごいですね。世界的に見ても新しくないですか?

飯森 初めてのことです。東京と大阪ですから競合しませんし、発想は僕から提案しました。お互いに25歳以下の学生さん向けにスチューデント・パスを発行して、両方のオーケストラの定期全34公演を年間5,000円で聴くことができるんです。

林田 青春18きっぷのようなことですね?

飯森 いいでしょう? 東京に来てPPTの公演を聴きたい!という大阪の大学生がいたら、日本センチュリー響のスチューデント・パスがあれば入れます。理事長はじめ理事の方々が快くご協力してくださったおかげで実現しました。

パシフィックフィルハーモニア東京と大阪の日本センチュリー交響楽団とのアライアンスによって誕生した、画期的なスチューデント・パス。両方のオーケストラのすべての定期34公演を年間5,000円で聴くことができる。マエストロ飯森の熱い想いと豊富なアイデアが形になってゆく。

林田 今回、名称を変えたということはとても大きいですよね。本質的にオーケストラがガラッと大きく変わるという表明だと感じます。ここから何が変わって、どういう新しいことがPPTでは始まるのでしょうか?

飯森 先ほどお話したディスカバリー的なものに加えて、いま世界の音楽シーンでこの作曲家のこの作品が非常に注目されているというものを、海外事情に精通したPPTスタッフと一緒にリサーチしながら、どんどん紹介していきます。

それから、これはまだ具体的には発表できないのですが、ある日本の作曲家の方とオーケストラとの関わりも考えていて、またその作曲家の作品だけではなく、その作曲家が推薦する日本の若手にもその作曲家の作品を紹介してもらおうなどと考えを温めています。

「パシフィックフィルハーモニア東京」の名称には、音楽を通して太平洋そして世界の国々をつなぎ、平和で穏やかな世界を実現したいという願いが込められている。また、ロゴには弦・管などの楽器とタクトを表す2本のラインがデザインされており、楽団員とマエストロが一体となって新しい音楽の航海に進む決意が表されている。

林田 コンポーザー・イン・レジデンスみたいな感じですか?

飯森 それも考えていますし、若い演奏家をできるだけ積極的に登用させていただいて、できるだけそういった方々にコンチェルトだけでなくいろいろな形で関わっていただく機会は、常に考えています。

林田 客演するソリストということだけではなくて?

飯森:たとえば優秀なソリストでもオケ中ピアノが大好きな方もいるんですよ。去年も試したのですが、2019年にブラームス国際コンクールのピアノ部門で1位を取った三原未紗子さんに、本選で弾いたブラームス「ピアノ協奏曲第1番」を定期で弾いてもらったのですが、そのあとにストラヴィンスキーの《ペトルーシュカ》も弾いていただきました。彼女はベルリン留学時に現代作品もたくさん弾いた経験があり大好きだとのこと。《ペトルーシュカ》はもう現代作品とは言えなくなっていますけれども、ぜひ弾かせてほしいと本人から申し出があって、やっていただきました。

そういった意欲のある若い演奏家はどんどん起用して、場を提供していきたいなと思っています。たとえば去年ムソルグスキー《展覧会の絵》に、まだ藝大2年生なのですが、とても優秀なサクソフォーンの奏者にエキストラで出ていただきました。

林田 そんなに若い人を?

飯森 評判がものすごくよかったですよ。今年もラヴェル《ボレロ》でソロを頼もうかなと思って。僕も聴いて、この子は磨いたらすごく光る原石だな、と思ったらどんどん場数を踏んでもらおうと。

林田 客演、ソリスト、エキストラということもあるし、やはり正団員の人たちをどういうふうに年齢構成していこうかというバランスはむずかしいことだと思います。人事的なことに飯森さんは音楽監督として、どのくらい関わられるのですか?

飯森 結構関わると思うのですが……年齢が高くなって技術的に全盛期ほどではないという方がおられるのも事実です。でもそういった方々が、若い演奏者に違った側面からいろいろなアドバイスができるというところは大事にしなければならない。そのバランスを今後どうやって取っていくのかは課題ですね。これからのPPTは紹介による招待オーディションだけでなく、公募して採用していくということもきちんとやっていかなければならないと思っています。

©️Takashi Fujimoto

オーケストラの人事に大切なこと、そして全体が向かう方向とは?

林田 組織としてのオーケストラを活性化させるには、ひとつにはお給料もあるのかもしれませんが、人事ってすごく大きな鍵を握っていると思うんですよ。飯森さんは、どういうことが人事面で大切だと感じていらっしゃいますか?

飯森 ひとつは信頼関係ですね。僕が携わったことで、まずそのオーケストラが変貌しているとか、ちょっとよくなった気がするねとか、そういう実感を持っていただけるか否かがすごく大きいと思う。それと、人事権のあるなしに関わらず、やはりオーケストラのなかで風通しをよくすることも大事だと思います。たとえば裏で何か言われているみたいだとか、そういう疑念が生まれたところからはいいものは生まれないですね。他人のせいにしないとか、悪口を言わないとか、常にプロジェクトがあっても「できないんじゃないか」と思わない、これが大事です。そういうところから、まわりにいる人たちの信頼はだんだん強いものになっていくのだと思います。そこが揺るがないということをずっと僕自身は肝に銘じてやってきています。

林田 集団で仕事をするときには、いったい我々の乗っているこの船はどこへ向かっているのか、ということをみんながある程度共有することも大事だと思うのです。そういう意味では、PPTという船はどこを目指しているとお考えですか?

飯森 一昨年の春先にコロナ禍で日本のすべてが止まり、あのときも自分はどうするべきなのか本当に悩みました。あのときは東京交響楽団とまだ関係が続いていましたし、そのなかで東京ニューシティ管弦楽団からお話をいただいて……そのときに、日野洋一理事長ともいろいろなお話をさせていただいて、これは本当にお世話になった東京交響楽団とは一回リセットさせていただいて、新しいことに挑戦してみようと思ったのです。

そのときに理事長がお話されたことで、僕よりも少し年下の世代でいらっしゃるけれども、彼の人生観も垣間見え、音楽、歴史、芸術一般、伝統に対しての考え方が自分のなかではとても共感できたのです。彼が思っておられることは、教育のなかで点、点、点……と学んできて穴埋めの知識しかない僕たちが年齢を重ねていくにしたがって、点と点をちゃんと結んであげるようなことをクラシック音楽でもしたいということなんです。理事長は令和アカデミーというのを新橋でなさっていて茶道をしたり、土器や歴史の勉強会をしていて人気があります。それのクラシック音楽版をやりたいんですよね、という話を聞いて、僕もものすごく共感しています。

林田 年間プログラムのラインナップを見て、これは攻めてるなあと思って……アズベリー指揮によるゴリホフとコープランド(619日)とか、いつもオペラを振っている園田隆一郎さんがイタリア近代の優れた作曲家マルトゥッチを取り上げたり(2023128日)、神尾真由子さんソロのヴィトマンのヴァイオリン協奏曲(202334日)も……今注目の興味深い作曲家ばかりで、これは年間会員になりたいなと思う人は多いと思いますよ。

飯森 攻めました(笑)。PPTのスタッフもすごくセンスがあっていろいろ積極的に提案してくれるので、一緒に考えて最良のものを作っています。

林田 5月に《マザーシップ》(本邦初演)を取り上げるメイソン・ベイツについても教えていただけますか?

飯森 メイソン・ベイツは38歳で、すでにシカゴ交響楽団とサンフランシスコ交響楽団のコンポーザー・イン・レジデンスをやったりしていますが、元々はDJでもあるんです。《マザーシップ》という曲名は日本語にすると「母船」、つまりあらゆるジャンルが一緒になるというイメージです。

この曲は元々アメリカの指揮者マイケル・ティルソン・トーマスがYouTubeシンフォニーのプロジェクトのなかでベイツに委嘱した作品で、10分くらいのスケルツォを現代風にしてビートを刻んで、その間のダンスの部分が即興になるのです。そこでソリストはひとり40秒ずつの即興をします。それそれのステージを作ってスポットライトを当てて、ピアノの牛牛、尺八の藤原道山、エレキヴァイオリンの高木凛々子、そしてエレキギターのマーティ・フリードマンの4人のアーティストがカデンツァ的に即興演奏します。電子からクラシックの楽器まで混ぜてマザーシップを作りたいと思って、この4つの楽器を選びました。

それはもうめちゃくちゃカッコいい曲で、プロジェクション・マッピングも使います。やっぱりこれはスティーヴ・ライヒがものすごく影響を与えている気がしますね。初演はシドニーで、ボストン、サンフランシスコで演奏されたくらいで、アジアでは初演になると思いますよ。こういう面白いことはぜひ知ってもらいたいです。

この日は、あえてショスタコーヴィチの交響曲第1番のあとにこれをやるんです。

林田 それはいいバランスですね。ショスタコーヴィチの1番もポスト・マーラーの新しい交響曲の始まりとして、いわば新しい時代の扉を切り拓いた特別な曲ですからね。

飯森 僕たちは名前も新たに、これから航海に出ていくよ、という決意表明なのです。ショスタコーヴィチの19歳のときの記念すべき最初の交響曲をやって、《マザーシップ》で航海していこうと。

メイソン・ベイツ《マザーシップ》

林田 サントリーホールで定期が始まるのも大きな展開ですが、10月は英国でもっとも注目されている作曲家トーマス・アデスのピアノ協奏曲と、ホルスト《惑星》というのも、いい組み合わせですね。

飯森 これは角野隼斗くんにあえてお願いして。ここでもプロジェクション・マッピングを使って、《惑星》でサントリーホールの天井に惑星を映すんです。

林田 あのホールがどんなふうに宇宙空間的になるのか、楽しみです。こういうオーケストラの定期演奏会で、音楽に合わせてヴィジュアル効果の高い動画をダイナミックに使ったりということは、アメリカのオーケストラ界では、積極的におこなわれているようですね。

飯森 先程のアライアンスの話もそうですし、日本のオーケストラがまだ取り組んでいないことを、先駆けてやろうとしています。

これまでの当たり前が、当たり前ではなくなってきている

林田 この23年、コロナ禍ですべての音楽家の人たちが悩んだと思うんです。そうした中で、コロナというのは実はいいきっかけで、よい方向に物事を根本的に変えるチャンスがもらえた、そういう時期だと私は受け止めたいんですけれど、飯森さんはコロナを通じてオーケストラ文化がどういうふうに変わっていったらいいと思われますか?

飯森 まず、普通に演奏会が行われるとはかぎらないよと全員が自覚することですね。下手したら、さっきまでリハーサルできていたのに、ひとり感染者が出てきてしまったことで継続できなくなってしまうかもしれない。そういうことが起きたとしても、こちらが起こりうるよという気持ちでいるかいないかはすごく重要だと思います。

林田 今回コロナで、ライブとか人と人が会うとかそういうことがすごくかけがえのない、途方もない価値があるということをみんな認識したなと私は思っているのですが。

飯森 まったく同じですね。今まで当たり前に行われていたということが当たり前じゃない世の中になっているのでね、本当にありがたいですよ。演奏会ができるということは奇跡だと思うし、常に感謝して、それを次につなげていくということが求められているし、今はそれしかないかな。

林田 無観客配信や配信との二段構えということが最近どんどん起きてきていますが、PPTは配信やネットでどう発信していくのかというビジョンや計画はありますか?

飯森 定期演奏会は収録しているので、YouTubeで流すようにしています。とりあえずは継続していますが、配信で音楽の魅力を伝えるには限界があるので、今後の課題はこういう世の中でもコンサート会場に行ってできるかぎり不安を軽減できるようにして、これだけ対策をしているので聴きにきてください、というスタンスはできたら崩したくないなと思います。

林田 実際のコンサートで、指揮者がある程度お客さんに語りかけるという局面は、これからは、より求められるようになっていくと思うのですが。

飯森 僕は山響に就任した2004年からプレトークをずっとやってきているので、メリット・デメリットはそれぞれ感じています。先入観を持ちたくないという方がおられるのも事実です。だけど、僕が持っているこの曲の魅力や愉しみ方、創られた状況などを少しでも出し惜しみせず、みなさんに知っていただいた上で、聴いていただいたほうが、曲を能動的に聴けるのではないかなというのが僕の考え方です。

たとえばチャイコフスキーの《悲愴》という作品を聴くにあたって、先日のあるコンサートでのプレトークのときにも話したのですが、以前僕の母が癌で闘病していて、亡くなる直前に、波形もおかしくて手がもうとても冷たくて脈に触れたら微かでだんだんだんだん衰えていくのがわかる、ということがありました。最期、脈がなくなっていき、波形もなくなっていくのを僕ひとりで看取っていたんです。その状況が、《悲愴》の最後とどうしても重なってしまうんです。だんだん脈の間隔が広くなっていって最後打たなくなって……一番最後のピチカートなんて打たなくてもいいぐらい。

チャイコフスキーは本当に自信作、誰が何と言おうと自信があるんだと。あの曲を書いた後に、僕は作曲するエネルギーがみなぎっているんだ、と言っているのに、初演の9日後に亡くなってしまいました。あの曲で体力も精神力も全部使い果たしてしまったんだと思えるんですよね。そのぐらいの作品なんだということをお伝えして聴いていただくと、やはり違ってくると思うんです。

取材を終えて

いまこの世の中で、もっとも求められているのは、純粋で明るいエネルギーを持っている人が前面に立って、因習にとらわれず、強い意志をもって、壮大で夢のあるプロジェクトを始めることの大切さである。飯森さんと久しぶりにたくさん話して、なんて気さくで善良で勇気づけてくれるオーラを持っている人だろうと、改めて感じた。

今回新しく船出するパシフィックフィルハーモニア東京と飯森さんが、どんな新しい風を巻き起こすのか? 定期演奏会のラインナップは興味深い曲目と演奏家が並ぶ。シーズン開幕が楽しみでならない。

林田直樹

公演情報
パシフィックフィルハーモニア東京 第148回定期演奏会<飯森範親音楽監督就任記念>

日時: 2022年5月11日(水)19:00開演

会場: サントリーホール

曲目: 

チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番

ショスタコーヴィチ/交響曲第1番

メイソン・ベイツ/マザーシップ(日本初演)

出演

飯森範親(指揮)

牛牛(ピアノ)

マーティ・フリードマン(エレキギター)

藤原道山(尺八)

高木凛々子(エレキヴァイオリン)

パシフィックフィルハーモニア東京(管弦楽)

料金

SS席9,500円 S席8,000円 A席6,500円 B席5,000円 C席4,000円 *いずれもシニア、学生、定期会員料金あり  

詳しくはこちら  

取材・文:林田直樹
林田直樹
取材・文:林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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