インタビュー
2021.06.30
田中彩子の対談連載「明日へのレジリエンス」Vol.5

ムラカミカイエのデザイン思考——クラシック音楽を分解して異種配合してみよう

子どもたちや途上国の人々の力になる活動ができないかと模索するソプラノ歌手の田中彩子さん。対談連載「明日へのレジリエンス」では、サステナブルな明るい未来のために活動されている方と対談し、音楽の未来を考えていきます。
第5回は、クリエイティブ・ディレクターのムラカミカイエさん。数々の企業のブランディングやデザインを手がける際に大切なのは、計画して何かを解決できる才能。そのために、自分の人生をもデザインするという徹底した姿勢をもつムラカミさんが、クラシック音楽について思うことは?

サステナブルな音楽活動を模索する人
田中彩子
サステナブルな音楽活動を模索する人
田中彩子 ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)

3歳からピアノを学ぶ。18歳で単身ウィーンに留学。わずか4年後の22歳のとき、スイス ベルン州立歌劇場にて、同劇場日本人初、且つ最年少でソリスト・デビューを飾る。ウィ...

司会・文
高坂はる香
司会・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

写真:蓮見徹

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社会に貢献するために、自分の人生もデザインする

——お二人の交流はどのようにはじまったのですか?

ムラカミ インスタグラムでフォローしていたのがきっかけですね。

田中 そうなんです、ムラカミさんのようなクールな世界の方が載せるお写真は、やっぱりとてもカッコよくて。こういう雰囲気をどうしたらクラシックにもってくることができるのだろうと思いながら見ていました。ムラカミさんは、クラシックに対してはどんなイメージをお持ちですか?

ムラカミ 僕は世界史が好きで、なんでも文脈を辿る癖があるのですが、クラシックの源流には、宗教や政治を司る為政者が利用していた側面と、芸術を理解したパトロンに育てられた側面があるという意味で、権威と寄り添いながら醸成されてきた音楽というイメージを持っています。音楽が民主化される以前の時代に生まれた音楽という印象です。

ムラカミカイエ
1974年静岡県生まれ。三宅デザイン事務所を経て2001年に独立。2003年に、ファッションとビューティに特化したブランディング・エージェンシーSIMONE INC.を設立。国内外の企業のブランディング、コンサルティングを手がけ、数多くの広告賞を受賞。また東日本大震災の被災地支援を目的とするプロジェクト「SAVEJAPAN!」の発起人でもある。
https://simone.jp/

——そこから現代まで受け継がれてきた音楽であり、同時に、その枠から脱出できない音楽がクラシックだというイメージでしょうかね……。

田中 変えてはいけない、触れてはいけない雰囲気があるんですよね。少し攻めた試みをすると、そんなことをする必要があるのかと言われることもあるので、それなら普通にしておこうと、結局、従来通りのやり方に落ち着いてしまうんです。

でも、やっぱりクラシック界でも何か新しいものを取り入れたいと思ったとき、ムラカミさんのような外にいる方からアドバイスをいただけたら、何かおもしろいものが生まれるのではないかと思うんです。

そもそも、ムラカミさんはデザイナーとしてどのようなことをされているのでしょうか。

ムラカミ 一般的に、デザイン・シンキングといわれる分野の仕事が多いですね。デザインをする上での思考パターンをそれぞれの産業や経営に落とし込み、課題を解決していく作業です。

デザイナーがアーティストと決定的に違うのは、作ったものを作品と言う立場にないことです。

デザインというのは、公共物に限りなく近いものだと考えています。たとえば信号や横断歩道は、誰が作ったかわからないけれど、日常的に多くの人が使い、人の命を救い、世の役に立っている。それがデザインの本道だと考えています。つまり自分は黒子みたいなものです。

田中 そうおっしゃっていますけれど、ムラカミさんには黒子らしからぬ雰囲気があって、そこがおもしろいですよね。ご自身のことも、すべてデザインされているように見えて。

ムラカミ なるほど、そう見えているのはおもしろいな(笑)。僕は基本的に人前に出たいタイプではないけれど、メディアに出ることがあるのは、デザインが本来果たすべき役割をあるべき場所に戻したいと考えているからです。「スターデザイナー」っていう言葉がありますが、デザイナーって本来、黒子であるべきだから、その言葉、必要ないんじゃないかなって思っていて。だから僕は、自分の作ったものを特に対外的に発表することもありません。出来上がったものは成果物であって、僕の持ち物ではないので。

田中 黒子とはいえ、クライアントもデザインをお願いする相手がどんな人かは気にしますよね。その意味で、ムラカミさんはご自身もデザインされているなと思うんです。

演奏家も一緒で、いくら出てくる音色が最高でも、外見があまりにも原石そのままだと、関心を引くのが難しいところがあります。

田中彩子(たなか・あやこ)
ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)。京都府出身、ウィーン在住。22歳のときスイス ベルン州立歌劇場にて最年少ソリスト・デビュー後、オーストリア政府公認スポンサー公演『魔笛』や、日仏国交樹立160周年のジャポニスム2018、UNESCOやオーストリア政府の後援で青少年演奏者支援を目的とした『国際青少年フェスティバル』などに出演するほか、音楽や芸術を通した教育・国際交流を行う一般社団法人「JAPAN ASSOCIATION FOR MUSIC EDUCATION PROGRAM」を設立。代表理事として次世代のためのプロジェクトを推進している。Newsweek『世界が尊敬する日本人100人』に選出。

ムラカミ そういう意味では、確かに僕は自分のことも、自分の人生も主体的にデザインしていますね。

デザインという言葉の語源はラテン語で、“計画を記号化する”という意味。つまり、そもそもデザインとは計画ありきのもの。これは形があってもなくてもよくて、その生み出された物事が、美しく機能すれば良い。デザイナーに求められるのは、計画をもとに何かを解決できる力、または生活や状況をより良くする力です。アーティストとは違って、文化的なアプローチだけでなく、経済や産業との関わりをもとに、社会に貢献することを考えないといけません

そのためにも、自分の生活や人生、環境をどうデザインするか。デザイナーにとって、これは日々のスタディとして重要なことです。そういうところが、周りから見ると黒子っぽくないように見えるのかもしれませんね。

僕は自分の心が満足する形やより快適に生活をアップデートすることに固執するので、自宅に誰も来なくても毎日掃除はちゃんとするし、家具の配置もコロコロ変わるし、花を毎週買ってきて花瓶とあわせ、その変化を楽しむとか、そんなことばかりやっています(笑)。そういうことが積み重なっていくことで、気持ちが充実する環境が整いますし、仕事につながる発想も同時に養われていったりするものです。

田中 本当に、環境は大事ですよね。

人生のサウンドトラックにしやすい大衆音楽との違いとは?

ムラカミ 田中さんが拠点とされているウィーンは、もともと環境がクラシックに似合いますね。東京の街でクラシックといわれても、なかなかピンとこないような気がします。

ムラカミ 僕がファッションの仕事をはじめたのはパリが最初だったのですが、その当時見た東京のファッションは、色も形態もガチャガチャしていて、どこか幼稚なイメージに見え、自分が思っていた美しさからかけ離れている気がしていたんです。ただ今思うと、それこそが東京のユニークさなんですよね。

日本は、戦後に一度文化がリセットされて、外国からさまざまなものが持ち込まれ、混ぜ合わされ、分かれ、また新しいものが加わって変化してきました。時には、本来交わるはずのないものが交わって、いびつな形のものが生まれたりして。

例えば、渋谷や新宿の街は、戦後すべてがリセットされたあとに、それぞれが好きにいろいろな素材や色を使ってビルを建てていった結果、ああいう混沌とした姿になった。それはもう、フランスとかウィーン、南ドイツの美しく調和のとれた街の佇まいとはまったく違います。東京のファッションは、そんな渋谷のような街に合うようにできているのだと思います。

クラシック音楽の筋の通った美しさは、ケオティック(無秩序)な東京の街には合わないのではないでしょうか。ミスマッチな組み合わせとしてのおもしろさはあると思いますけれど。

田中 なるほど。ムラカミさんは、ファッションショーなどでクラシック音楽を使うことに関心はありますか?

ムラカミ 使ったことはありますよ。といってもそれは曲ではなくて、オーケストラのチューニングの音なんですけれど。

田中 いいですね! 私もチューニングの音大好きです。

ムラカミ ずっと聴いていられますよね。はじめはみんな周波数がバラバラなのに、だんだんと合っていくあの感じがすごく好きで。あの音だけでショーをやりました。

ただ、曲を使おうと思うことはあまりないかな。幼い頃はよく聴いていたんですよ。親がオーディオマニアで、家にたくさんレコードがあったので、お箸を持って、マーラーを聴きながら指揮者の真似事をしたり。

田中 そこから離れていかれたのはなぜですか?

ムラカミ 理由は明快で、自分のための音楽だと思うものが他に見つかったからです。思春期って、自分の人生のサウンドトラックを探している感覚がありますよね。僕の場合は、はじめはデヴィッド・ボウイ、そのあとヒップホップと出会って、これだと思いました。

デヴィッド・ボウイのTOPトラック

ムラカミ 今は、音楽はなんでも聴きますが、ポップスについては、聴き方が少し屈折していて(笑)。例えば、ジャスティン・ビーバーの新曲が出たら、トラックメイカー(作曲家)が誰かを確認し、歌詞を解析するんです。彼の曲の歌詞は、多くのクリエイターの関与によって時代共感性がしっかりと考えられているので、そこから社会心理が読めるほどです。テイストはまったく違いますが、1960、70年代のボブ・ディランのような感じですね。

ジャスティン・ビーバーのTOPトラック

ムラカミ 一方で本当に好きな音楽というと、常に聴いているのはブラック・ミュージック。人間らしいというか、ルーツミュージックとしての原初的なざらっとした感覚が残っているところが好きなんです。

ビルボードのホット100チャートで、ヒップホップとR&Bが半分以上を占めているのは、これらの音楽が多くの人にとって、人生のサウンドトラックにしやすいからではないかと思います。日々起こる朝から夜までの出来事、楽しいことから不条理なことなどがリアリティのある言葉を通して感じることができます。歌が上手くなくても、みんな口ずさむことができるし、リズムもありますから。

その意味では、クラシック音楽って簡単に真似できるものではないですよね。それこそが芸術としての美しさでもあるわけですが。だから、大衆音楽として成立しにくいのではないかと思います。

田中 そういうご意見を聞くと、よくいわれるクラシックのハードルを下げるということよりも、もとの状態は保ちつつ、一般のみなさんがアクセスしやすい中間地点を新たに模索することのほうが大事に思えますね。

クラシックのブランディングを手がけるなら、異種配合するものを考える

ムラカミ そうですね。例えば、ジャズのロバート・グラスパーの音楽は、もとは正統派のジャズでしたが、やがてR&Bとの融合により広い層から支持されるようになりました。ジャズのオーセンティックな(本物の)価値はまったく失われていないので、旧来のジャズファンも納得させつつ、グラミー賞も受賞しているんです。

ロバート・グラスパーのTOPトラック

ムラカミ 今、米国西海岸では、そういった正統派ジャズプレイヤーの第二世代が新しい音楽を次々作り出しています。変化していくのが当たり前なんですよね。

でも、日本にはあまりそういう動きがないように感じます。変化するって日本人が一番苦手なことかもしれません。

そしてクラシックは、もしかするとクラシック自体が変化を望まなかった時期があるのかもしれない。一時期ポストモダンの時代に、武満徹やライヒが新しい流れをつくろうとしていたと思いますが、それもやがて立ち消えましたよね。

田中 最初の頃にできあがった音楽があまりにも完璧すぎて、それをどう崩そうが、新しいものを生み出そうが、あの時代を超えられないという考えに至ってしまったのかもしれません。

あと、日本のクラシック界に関しては、自分たちの国のものでないからそのまま残しておかないといけないという感覚があるのかも。

——お二人は世界を舞台に活躍されていますが、世界で通用すること、日本で通用することの違いはお感じになりますか。

ムラカミ 僕は、キャラクターも活動のスタンスも、日本と海外で変えていますね。変えざるを得ないというか。日本ではコンセプトよりも、全部入りといったようなケオティックなものが好まれるので、ビジネス的にはそういうものを提供するほうが話が早い。ただ、元来、僕はそれだけではダメだと思っているので、グローバルに通用するコンセプトの強さ、ミニマルな美しさを持たせようと心がけています。

田中 グローバルに通用する美しさというのは、まさに私が以前、モノオペラ《ガラシャ》のときに目標としていたことと同じです。

田中 あと、クラシックはブランディングが弱いところがあるかなと思うのですが、なにかアドバイスをいただけませんか。

ムラカミ 以前、京都の千總さんという老舗のお着物屋のブランディングを手がけたことがあります。460年余り続く友禅染の老舗ですが、その長い歴史のなかの自分は20年分くらいを担当するわけですから、未来から現在を見て、次の世代にできるだけ良い状態で、どのようにバトンを渡せるか、渡すべきか、だけを念頭に考えていました。まずは次の時代に持っていくべきもの、持っていかざるべきものを整理して、時代性を考慮したうえでいまの社会と接続できる箇所を探します。

クラシックのブランディングを僕が手がけるとしたら、何を異種配合させるかを考えると思います。

クラシック音楽の良いところは何か、一方で、古いとか世の中にフィットしないと言われるのはどんなところなのか。一度分解して、別の要素を加えて組み替えると良いと思います。プラモデルなら、一度バラバラにして、別のパーツを加えて組み合わせてみて、出来上がった形が前の形より良かったら、それは成功ですよね。

ムラカミ 先にお話した、ロバート・グラスパーのような成功例はたくさんあります。歴史を見れば、音楽ってそうやって進化、変化しているのですから。

オーセンティックなクラシックがもつ美しさは、世の中に間違いなく必要な存在だと思います。ただそれが、現代のハードな日常を渡り歩くうえで自分の人生に寄り添ってくれるかというと、今の若い子にとっては物足りないのかもしれません。昔ならロック、最近ならR&Bやヒップホップには、日常生活に寄り添い、時に背中を押してくれる、勇気を与えてくれるところがあります。ただし、いまクラシックは、現実から逃避するためのヒーリングミュージックとして別の機能を果たしている可能性は多分にあると思います。

文明の時代に、文化はどう存続しうるのか

——社会に対してのご自身の役割として大切に思っていることや、使命感はありますか?

ムラカミ 僕は、社会あっての自分だと感じているので、自分の社会的役割が果たせないなら人生に意味がないと思っています。

自分の持つ才能みたいなものを、どう社会に還元できるかというときに、一つ、デザインがそのハブになると考えました。30年後にこの世界がどうなっているのかを想像して、働き方、企業、仕事をデザインしていく。それが今の自分の会社のありようです。

今、社会に課題があるとしたら、それをどうやって自分の仕事を通じて解決するか。デザインを社会にいかにインストールしていくかということが、僕の使命です

もしかすると、それはエゴなのかもしれないけれど、自分がやっている仕事に誇りが持てることは重要です。うちのスタッフにも、そう感じていてほしいと思っています。

人は生まれたときから死に向かって生きているのですから、それまでに何をやるかがすべて。最後に満足するかたちで死にたいと思ったとき、そこから逆算して、今何をすべきかを考えていますね。

田中 ムラカミさんは将来的に、クラシックのブランディングを手がけられたりはしないのでしょうか。

ムラカミ 田中さんはそこにすごくご興味をお持ちですから、これから相談しましょうね(笑)。

ムラカミ ただ、このコロナ禍で感じているのが、ここまで200年くらい、人間の想像力で発展しながら続いてきた文化が繁栄する時代が終わって、文明の時代に入ったのだということ。

文化の時代と文明の時代って、違うんですよね。コロナや環境問題などの状況下で急激なオンライン化を迫られるなど、人類が生存していくためには文化を一回ストップさせて、文明のアップデートをしないとまずいという状況になってしまった。産業革命が始まったのも、そんな文明のアップデートのタイミングでした。

そんな文明の時代に、文化はどう存続しうるのかという視点で、ものを見ていかないといけません

田中 クラシック業界でも、ムラカミさんのような方がアドバイスしてくださることが広まればいいですよね。業界の人たちだけで考えていては、気がつかないことがたくさんありますから。今日は刺激的なお話をどうもありがとうございました。

対談を終えて

一度バラバラに分解してそれぞれの良さを整理したうえで、もう一度組み立ててみて、初めの形よりも美しい仕上がりになっていたら成功、ということや、アーティストも社会問題や世界の状況を知って社会と関わっていくことによって、お互いが何をどういうふうに求めているのか、どのように時代の流れに沿っていけるのかがより見えてくるというお話。こういった世界の第一線でご活躍されているムラカミさんのアドバイスは、今すぐにでもそれぞれが始められる、とても明確かつシンプルなアドバイスだと思いました。斬新でハっとさせられることがたくさん! ムラカミさん、貴重なお話をどうもありがとうございました。

田中彩子

取材のダイジェスト動画

サステナブルな音楽活動を模索する人
田中彩子
サステナブルな音楽活動を模索する人
田中彩子 ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)

3歳からピアノを学ぶ。18歳で単身ウィーンに留学。わずか4年後の22歳のとき、スイス ベルン州立歌劇場にて、同劇場日本人初、且つ最年少でソリスト・デビューを飾る。ウィ...

司会・文
高坂はる香
司会・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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