インタビュー
2021.10.31
田中彩子の対談連載「明日へのレジリエンス」Vol.9

子育て、がん宣告、激務…バイアスにバイバイして正解なき人生を歩む〜電通・北風祐子

サステナブルな明るい未来のために活動されている方と対談し、音楽の未来を考えていくソプラノ歌手の田中彩子さんの対談連載「明日へのレジリエンス」。
第9回のゲストは、電通 第4CRプランニング局長の北風祐子さん。子育てやがん治療をしながら激務をこなした経験から、困難な状況に耐える力をどうつけるのか、制約のある人に対する偏見をどうやってなくすのかを伺いました。そして、クラシック音楽を人に勧める方法も聞いています。

サステナブルな活動を模索する人
田中彩子
サステナブルな活動を模索する人
田中彩子 ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)

3歳からピアノを学ぶ。18歳で単身ウィーンに留学。 わずか4年後の22歳のとき、スイス ベルン州立歌劇場にて、同劇場日本人初、且つ最年少でソリスト・デビューを飾る。ウ...

司会・文
高坂はる香
司会・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

写真:蓮見徹

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子育てとがん宣告の経験から、制約の中で最大限楽しくがんばれる環境づくりに目を向ける

田中 「Forbes JAPAN Web」の連載(乳がんという『転機』)で、北風さんがフラットに働ける社会についてお書きになっているのを拝読して、今日は、そのことについてぜひお聞きしたいと思いました。そこを目指されたきっかけは、何だったのでしょうか?

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北風 私は子どもが二人いるのですが、やはり、家事育児をしながら会社の激務をこなすことはすごく大変でした。しかも、当時は夫婦平等には家事分担できていなかったため、自分はずいぶん大変なんじゃないかと思うようになったのです。一方で、一緒に働いている仲間には、家に帰ればごはんができていて、家事もしてもらえるという男性社員が多かったものですから。

当然ながら、みんなが同じ状況で働いているわけではない。お母さん社員同士でも、夫がいろいろやってくれるとか、近くに手伝ってくれる人がいるとか、お金があってプロに頼めるとか、一見同じ立場に見えるなかでも状況は違います。そんなふうにいろいろ違うのは当たり前なのだから、それでも、それぞれが制約の中で最大限楽しく頑張れる環境はできないものだろうかと常々思っていました。

北風祐子(きたかぜ・ゆうこ)
電通 第4CRプランニング局長。1992年東京大学卒業後、電通入社。2008年電通初のラボであるママラボを創設。戦略プランナーとして各種企画の立案から社会実装までを実践する。2020年より現職。フラットでオープンな、誰もが働きやすい世の中の実現を目指している。2017年にステージ0期の乳がんに罹患後、電通社内のアンコンシャスバイアスを撲滅すべく「バイバイ!バイアス研修シリーズ」を実施したり、がんサバイバーのピアサポートの場であるLAVENDER CAFEを主宰したりと、できるところから実践中。https://15-min.net/ Forbes JAPAN Webオフィシャルコラムニスト。ピンクリボンアドバイザー中級。娘、息子、夫と暮らす。連載: 乳がんという『転機』https://forbesjapan.com/series/breastcancer 
著書に『インターネットするママしないママ』(2001年ソフトバンクパブリッシング)、『Lohas/book』(企画制作、2005年木楽舎)、『買いたい空気のつくり方』(共著、2007年ダイヤモンド社)がある。

北風 私は子どもの頃から、いわゆるマイノリティの存在に目がいくタイプだったのかもしれません。幼稚園の頃も、ダウン症の友だちと仲がよくて、写真を見返すといつも一緒に写っています。彼女がみんなと違うという理由で誘われないことに違和感があって、いつも、一緒に遊ぼうと誘っていた記憶があります。

広告会社で働いていると、人がどうやったら喜ぶかということをずっと考えていますが、そのなかでも、喜んでいない人に目がいくタイプでした。

そこにある日突然、自分ががんの宣告をうけて、一気にマイノリティの立場になり、病気という制約もあるんだと改めて気づきました。それでも私はラッキーで、休んでいる間も仕事に復帰してからも、たくさんの方に応援していただくことができました。自分は一人で頑張ってきたと思っていたけれど、弱っているときにいろいろな方に助けられる経験をして、ありがたいと単純に思いました。

でも、みんながみんなそうではないかもしれない、会社を辞めないといけない人もいるのかもしれない。実際に調べてみると、がんになって治療を始める前に、約3割の人が会社を辞めてしまうと知りました。

でも、そのときの上司やマネージャーが、がん治療についてどんな理解を持っているか、どんな言葉をかけるかで、その決断はずいぶん変わってくるはずです。働くことをやめてしまうと、生活面も大変ですが、生きがいもなくなってしまいます。つまらない偏見のせいでそういうことが起きてしまうなら、それをなくすために自分にも何かできないか、役に立てないだろうかと思いました。

余計な悩みがあると、クリエイティビティは生まれにくい

田中 おもしろいと思うのは、当人がどうするかということだけでなく、周りの人の理解をはじめ、環境を整えることに力を入れていらっしゃるところです。研修も、マネージャーの立場にある人たち向けということですものね。

田中彩子(たなか・あやこ)
ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)。京都府出身、ウィーン在住。22歳のときスイス ベルン州立歌劇場にて最年少ソリスト・デビュー後、オーストリア政府公認スポンサー公演『魔笛』や、日仏国交樹立160周年のジャポニスム2018、UNESCOやオーストリア政府の後援で青少年演奏者支援を目的とした『国際青少年フェスティバル』などに出演するほか、音楽や芸術を通した教育・国際交流を行う一般社団法人「JAPAN ASSOCIATION FOR MUSIC EDUCATION PROGRAM」を設立。代表理事として次世代のためのプロジェクトを推進している。Newsweek『世界が尊敬する日本人100人』に選出。

北風 はい、社内で1000人弱の管理職を対象に、ライブ配信で「バイバイ!バイアス研修」というものを行ないました。「もしもチームのメンバーががんになったら」という、事例としてはとても極端なものですが、広くマネージャーが持ったほうがいい視点を伝えるもので、さまざまなケースに応用できるはずです。

病気になった当事者は、目の前のことで精一杯です。それでは周りが何かできるかと考えたときに、がんだから働けないだろうという無意識の偏見から、楽な仕事に変えてあげようとすると、それが逆に仕事を奪ってしまうことになる。

でも今は、治療しながら働く方法がたくさんあります。マネージャーの立場にいる人がもつ偏見によって、がんになった当人から居場所を奪ってしまうことがあるのです。

それで、そんなバイアスを取り払うための研修を始めました。余計なことをしてと思う方もいるかもしれませんが、私は一度死んだと思ったので、怖いものがなくなったんですよね。そして、今できることは今やろうという気持ちにもなりました。

これはがん患者のメンバーに限ったことではなく、たとえば育休明けのメンバーに対しての偏見もなくなれば、働きやすくなって昇格もずっと早くなる可能性があります。

まずは足元からということで、社内に働きかけているんです。

田中 みんなが働きやすくなれば、よりクリエイティブなものができそうですね。

北風 そうですね、心理的に余計な悩みがあると、クリエイティビティはどうしても生まれにくい。だから環境を変えないといけないんだけれど、面倒だからと我慢して、そうするうちに我慢する人だらけになってしまうわけです。日本は特にそういう傾向がありますよね。

私自身は、もともとバンバン言いたいことを言えるほうでした。でもがんになって、そうできない人もいるんだと遅ればせながら気づいたのです。だったら、言える自分が言おうと思いました。誰もがフラットに、自分は人と違うからダメだと思わず、むしろ違うのが上等、というくらいの気持ちでいられる環境が作れるといいなと思っています。

答えを言わずに悩むことで力がついていく

田中 それは音楽をやっている立場からしても、勇気の出るお話ですね。

北風 音楽家は、聴く人がいるお仕事ですから、ご自身の音楽がどう思われるかという気持ちがいつもあるんですものね。

田中 そうですね、やはり多少は気にしないといけないのですが、気にしすぎると冒険しづらくなってしまいます。大切なのは、自分に素直であるということかもしれません。そのあたりは、「ネガティブ・ケイパビリティ」に通じるのではないかと思ったのですが……。

北風 ネガティブ・ケイパビリティは、正解がない人生を進んでゆくうえでの能力のようなものです。何をとっても正解がないときは、最後まで悩み続けなくてはいけませんが、その状況に耐える力をつけざるを得ないのが今の世の中です。

たとえば、部下が何か相談に来たとき、優秀なマネージャーほど、自分で勝手に正解を考えて答えを与えようとしてしまう。でもそれでは、その人は何も救われないかもしれません。そこで立ち止まって話を聞き、一緒に悩むことが大切だと思います。そうでないと、そのとき一瞬は楽になるかもしれないけれど、結局何も解決していなくて、またいつか同じ問題が戻ってきてしまうんですね。

北風 私は育児の中でも、子どもが何か質問をしてきたとき、絶対に答えを言わないようにしてきました。たとえば、月はなぜ丸いのかと聞かれたときは、なんでだろうねといって一緒に考える。今は娘が大学生になり、コロナ禍だけれどサークルの飲み会に行ってもいいかと聞いてきたとき、自分で考えなさいと言いました。

ずるいといえばずるいのかもしれませんが、質問をそのまま返すことで、一緒に答えを考えることになります。

田中 すばらしいですね。音楽に置き換えても、たとえばこれが弾けない、歌えないといわれたとき、すぐにこうだよと言っていいときと、言ってしまうと、たぶんまた似たような問題にひっかかってしまうときがあると思うので、自分で考えなさいといえば、ひとまず考えて自分なりの答えを見つける訓練になりますよね。

北風 そうですね。そうするとスッキリ解決しない状態が続いてしまうわけですが、でも、そこを耐える。さらには、その状態が当たり前になってくると、わからないことにぶつかっても動じなくなるんです。ちょっとしたトラブルでも、なんとも思わない。そうやって力がついていくのではないかと思います。

田中 私はすぐに白黒つけたくなる性格なので、もうちょっと時間をおいて考えたほうがいい、モヤモヤし続けるのも悪いことじゃないんだというお話は、衝撃でした(笑)。音楽って特に白黒つけられない、絶対的な正解にたどり着けない世界で、音楽家はそういうところにずっといるから、いつも心のどこかにフラストレーションを抱えている気がします。その反動で、たぶん私は普段の生活ではなるべくさっさと白黒つけて、忘れようとしてしまうんです。でもそれって、ただの自分のわがままなのかもしれないと思いました。

北風 でも、そういう意味では、田中さんにとって、すぐに白黒つけてはいけないものが音楽だから、それ以外のことはバンバン白黒つけてもいいのかもしれません。優先順位の問題で、本当に大事なことだけはよく考えて答えを後回しにするというので、いいのではないでしょうか。

マルチタスクは幻想、タスクを分解・選択して集中する

北風 それと、私がとても無駄だと思うようになったのが、対人ストレスを感じるということ。他に考えなくてはならない大切なことはたくさんあるのに、そんなことに時間とエネルギーを使うのはもったいない。そこで、嫌だなと思ったら、相手を切り刻むという方法にたどりつきました。その人の全人格を好きになろうとするから無理なのであって、分解して考える。

たとえば、高圧的な人がいたら、どうしてそうなのだろうと高圧的な部分だけを切り離すと、それ以外の部分、たとえば家に帰ると優しいお父さんであるらしいところとか、自信のなさそうなところを、冷静に観察できるようになります。そうすると、研究対象のように相手を見ることができて、むしろおもしろくなるわけです。

この切り刻むというのは、忙しすぎる生活の中でも使える方法でした。私はマルチタスクって幻想だと思っていて、子どもの面倒を見ながら料理をするとか、結局はやれているようでどちらもできていないのです。すべてシングルタスクに切り分けて、まずは目の前のことをやれば良い、とするほうが、よほど効率がいいのです。

田中 集中力ですね。あれもこれも一度にやろうとすると、結局全部いまいちな仕上がりになることもありますし。

北風 そうですね。あわせて、To Doリストの逆で、やらないことリストをつくることも効果的です。私は、なんとなく行っていた会社の飲み会に行かないと決めた。すると、一気に時間ができて、育児も仕事も急に楽になったのです。

一橋大学の楠木建先生が、「戦略とは何をするかでなく、何をしないか決めることだ」とおっしゃっていましたが、まさに私もそうやって、日々の「作戦」を立てています。

田中 作戦をたてる、と言い方が変わるだけで、つらいときでも気が楽になりそうですね(笑)。

組織を健全な方向に動かしていくためには、人を1対1で見ることが重要

北風 そうやって楽しんでいかないと、どんどん追い詰められてしまいますよね。あと、人に影響を受けて変わる部分、余白を取っておくことも大事にしたほうがいいと思っています。作戦はつくっておくけれど、自分で決めすぎないで、ここは流されようというときも持つ。そうすると、自分が気づかないところに飛んでいけることがありますから。

わからないことがあって当たり前だ、心配しなくていい、むしろそこをおもしろがって作戦を練っていこうとすることが大切ですね。

田中 自分に正直になるということ。立ち止まる時間を持って、自分に問う時間を持つことも大事でしょうね。

北風 そうですね。みんながそれぞれに考えながら生きていて、何が幸せかは違います。マイノリティの人の場合だと、多くの人にとっては、それを想像することが余計むずかしい。それでも理解しようとすることが広がっていくと、みんなが自分の幸せな主張をしやすい社会になるのではないかと思います。

ダイバーシティとか多様性って、耳障りはいい言葉なのですが、気をつけないといけないと思っています。がんサバイバーとか、LGBTとか、育休明け社員とか、いろいろなマイノリティをそれぞれくくって考えて対処し、思考停止になってしまうことは避けないといけません

組織を健全な方向に動かしていくためには、人を1対1で見ることが重要です。特にマネージャー職は、それこそが大切な仕事のひとつなのですから、腹をくくってしっかり取り組んでいくべきだと思っています。

偶然の音楽との出会いを

——最後に、クラシック業界は、聴衆の減少や高齢化などの問題がよく言われるのですが、マーケティング的な観点から、クラシック界が今後聴衆を増やしていくためのアドバイスやご提案はありますか?

北風 やはりクラシックって、たくさんありすぎて選べないことが理由で入っていけない人が多いのではないかと思います。経済心理学でも、選択肢が多すぎると人は選べなくなるものだといわれます。たくさんの中からなんでも選んでいいといわれると人は喜ぶかと思いきや、結局いつもと同じものにしてしまうんです。

そうならないような形をつくるのが、クラシックの魅力を新しい層に伝える方法なのではないでしょうか。

たとえば、誰か有名人がプレイリストをつくれば、その方のファンはその曲が聴いてみたくなるはずです。田中彩子さんが「日常のこんなときに聴きたいクラシック曲のプレイリスト」みたいなものを出してくださったら、田中さんのファンはみんな聴きたいですよね。好きな人から勧められるということは、やっぱり大きいですから。

うちも娘が4歳から22歳までピアノをやっていて、とにかくドビュッシーが好きなので、家族全員ドビュッシーが大好きです(笑)。

プレイリスト「This is ドビュッシー」by Spotify

北風 やっぱり、音楽の力ってすごいんですよね。私ががんで入院していたとき、高校時代の友人がお見舞いに来て、ちょっと恥ずかしいんだけど……といいながら、自分の好きな曲を入れたCDをくれたのです。私たちが若い頃、カセットテープに好きな曲を入れて交換するみたいなことをやっていましたけれど、そいういう感じで。

そのCDの中には本当にいろいろな曲が入っていたのですが、1曲目にWANIMAの「やってみよう」という曲があって、聴いた瞬間にバーっと涙が出てしまったんです。

北風 私、がんだと宣告されたときも泣かなかったのですが、この曲の「倒れるなら前に倒れよう」という歌詞を聞いた瞬間、そのときの自分の「やれることは全部やって死んでやろう」という気持ちと重なって、涙が出ました。

こういう偶然の音楽との出会いがもっと増えると素敵ですよね。

田中 今日はクラシック音楽界でも応用できそうな考え方がたくさん伺えました。とても興味深いお話を、どうもありがとうございました。

対談を終えて

心理的に余計な悩みがあると、クリエイティビティがどうしても生まれにくいことや、ネガティブ・ケイパビリティという、正解がない人生を進んでゆくうえでの能力のお話は、そっくりそのまま音楽界にも通じるお話だなと、とても勉強になりました。

戦略とは何をするかでなく、何をしないか決めることだ。私もこれから作戦をたてて、目の前のことから(すぐ白黒つけず)じっくり取り組んでいこうと思いました。北風さん、どうもありがとうございました!

田中彩子

ネガティブ・ケイパビリティ〜正解のない人生を生きるには

サステナブルな活動を模索する人
田中彩子
サステナブルな活動を模索する人
田中彩子 ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)

3歳からピアノを学ぶ。18歳で単身ウィーンに留学。 わずか4年後の22歳のとき、スイス ベルン州立歌劇場にて、同劇場日本人初、且つ最年少でソリスト・デビューを飾る。ウ...

司会・文
高坂はる香
司会・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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