壮大なSFアニメ『銀河英雄伝説 Die Neue These』の世界を、クラシックのエッセンスを取り入れた劇伴で彩る
NHK Eテレで放映中のアニメ『銀河英雄伝説 Die Neue These』。原作は田中芳樹のSF小説で、1982年に第1巻が刊行されて以来、累計発行部数1500万部以上を記録している。今回アニメの音楽を担当している作曲家の橋本しんに、劇伴制作プロセスや、クラシックから受けた影響、本作に対しての想いなどを語っていただいた。
国立音楽大学演奏学科鍵盤楽器専修(ピアノ)卒業、同大学大学院修士課程器楽専攻(伴奏)修了を経て、同大学院博士後期課程音楽学領域単位取得。在学中、カールスルーエ音楽大学...
大学院時代から映像の音楽に携わり、念願のアニメ劇伴を担当
多くのアーティストへの楽曲提供やアレンジ、ドラマや映画のサウンドトラックなど、幅広い活躍を続ける音楽プロデューサー・ピアニストの橋本しん。
これまでアニメの主題歌も担当してきた橋本は、現在NHK Eテレで放送中のアニメ『銀河英雄伝説 Die Neue These』(田中芳樹によるSF小説が原作)の音楽を担当している。老若男女問わず多くのファンに愛される『銀英伝』を美しくドラマティックな音楽によって彩る橋本にお話を伺うことができた。
「大学院生のときにドラマ『ロングバケーション』の音楽にかかわらせていただいたことが作編曲家としての活動の第一歩です。大学院修了後はJ-POPでユニットとして活動したこともありました。ピアノが弾けてアレンジができる人材が必要だというお話をいただき、そこからさまざまなドラマや映画、アニメの音楽(主題歌)を担当させていただくようになりました」
多くのアーティストに楽曲提供し、ドラマや映画のサウンドトラックを書き、主題歌も担当してきた橋本だが、アニメの劇伴を担当したのは今回が初めてだという。
「私の青春時代にはSFがすごく流行っていましたし、アニメに音を付けるということはずっと目標でもありました。その想いが強くなっていたとき、ちょうど今回の『銀河英雄伝説 Die Neue These』のお話をいただいたんです」
数千年後の未来、宇宙空間に進出した人類は、銀河帝国と、自由惑星同盟という“専制政治”と“民主主義”という2つの異なる政治体制を持つ二国に分かれた。この二国家の抗争は実に150年に及び、際限なく広がる銀河を舞台に、絶えることなく戦闘を繰り返されてきた。長らく戦争を続ける両国家。銀河帝国は門閥貴族社会による腐敗が、自由惑星同盟では民主主義の弊害とも言える衆愚政治が両国家を蝕んでいた。そして、宇宙暦8世紀末、ふたりの天才の登場によって歴史は動く。「常勝の天才」ラインハルト・フォン・ローエングラムと、「不敗の魔術師」と呼ばれるヤン・ウェンリーである。ふたりは帝国軍と同盟軍を率い、何度となく激突する。
“Die Neue These(新説)”というサブタイトルがついているように、現在放映されているのは再アニメ化版。石黒昇監督版(1988年〜)ではクラシックの音楽作品がふんだんに使われていたが、今回は橋本による新曲によって、現代にあった世界観を構築している。今回初めて“劇伴”の世界に入った橋本。製作はどのように進行しているのだろう。
「基本的には曲が先か、アニメと同時進行です。アニメができてから曲をつけるということはほとんどありません。プロットができるかできる前かくらいのタイミングで曲を提出して、監督と打ち合わせをしていきながら……という流れですね。今回最初に作ったのはメインテーマ。そこからさまざまな楽曲を作っていきました」
『銀河英雄伝説 Die Neue These』メインテーマ
メインテーマには、劇中に登場する楽曲の要素が登場する。オペラの序曲のような世界観だ。
「一曲で『銀英伝 DNT』を象徴するようなものをつくりたいなと思い、特に冒頭にはこだわりましたね。プッチーニのオペラ《トゥーランドット》のようなゾクゾクする開始をイメージして書いています」
プッチーニ《トゥーランドット》
『銀英伝』にはさまざまな戦闘シーンがあり、シーンに合わせて選択される楽曲も違う。しかし、戦闘シーンの音楽は共通するモチーフを含み、関連性が持たされている。これはベートーヴェンの用いた小さなモチーフをさまざまに変形させる「動機労作」の手法を思わせる。
「聴いて印象に残る音楽を作りたい。そのためにはどうしたらいいか……と考えたとき浮かんだのがベートーヴェンの手法でした。小さなモチーフを変形させ、楽曲に散りばめていくことで統一感を作ろうと」
『銀英伝』のストーリーが語り尽くせるのではないかと言うほど密度の濃い音楽が展開しているが、それはこの“統一感”が重要な役割を果たしているのかもしれない。さらに感じられるのがキャラクターの性格や物語の雰囲気とのマッチングの高さ。“石黒版”も参考にしたのだろうか?
「石黒版を参考にすることは敢えて避けました。そこからインスピレーションを多く受けてしまうと、そっちに作風が寄ってしまいますからね。あくまでも多田俊介監督の『銀河英雄伝説 Die Neue These』のための音楽を書いています。
そして行きついたのが、クラシック音楽を基礎としながら、そこにポピュラリティを取り込んでいくというスタイルでした。また、ハリウッドの映画音楽のスタイルも意識しています」
クラシックに現代的な要素を入れる、というところで重要な役割を担ったのが、アコースティックな楽器の生のサウンドと、シンセサイザーを用いた打ち込みサウンドとの絶妙なバランスだ。
「たとえばフルオーケストラで、ホールにマイクを並べて録ると、どこか生々しさを出してしまう要因になります。どうしても現代のアニメのタッチとはギャップが生まれてしまう。打ち込みに対し、そこにオーケストラをのせていく……というほうが音と絵のハマり具合がよく、また世界的にもいまはそれが主流です。生音を録る際の演奏者の人数などのバランスは、レコーディングの過程でバランスを見ながら決めていきました」
特に戦闘シーンは打ち込みのサウンドが主体になっていたように思うのだが、これは意識的なものがあったのだろうか。
「戦闘シーン冒頭のピアノは自分で演奏したいとも思ったのですが、機械的な正確さがもたらす緊迫感を入れたいと思い、打ち込みを選択しました」
物語の長い歴史を表現するため、クラシックのスタイルを取り入れる
壮大な歴史小説のようであり、あらゆる立場の人物が登場し、想いや考えが交錯する『銀英伝』だからこそ、長い歴史をもつクラシック音楽の感性を取り入れた橋本の音楽が、非常にマッチングしたのだろう。迫力あるメインテーマや戦闘シーンはもちろん、人間同士のかかわりのシーンで流れる繊細な美しさも魅力的だ。
「SFの要素もありますが、『銀英伝』の物語の“核”は群像劇。さまざまな人物が関わり合いますし、銀河帝国側と自由惑星同盟側ではそれぞれの思惑、政治の在り方も違う。考え方の違いなども音楽にのせていくのは苦労しましたね」
確かにキャラクターによって大きく音楽の雰囲気が変化していく。橋本の音楽は、登場人物の性格はもちろん、表情や思考に輪郭を与えていくように、その人物を深く描写している。
「そこはかなり意識しましたね。作曲にあたってはかなり“人”を見て作っています。例えば、ラインハルトの姉、アンネローゼ。彼女の楽曲にはチェンバロを使うなど、バロックのスタイルを意識しました。彼女の気高さとかそういうものを出せるようにと思って。
彼女に限らず、『銀英伝』の物語自体が長い歴史の中での戦いを描いたものですから、そのエッセンスを表現するために、音楽もさまざまなスタイルを取り入れています。自分がクラシック音楽を勉強していたころのすべてを振り返りました。その中で改めて、クラシック音楽の魅力や、名曲が名曲たる理由も再認識できました。そういった意味でも今回の劇伴は自分の“分岐点”ですね」
音楽的センスはもちろんだが、物語を読み取る力がなければ不可能なことだ。何かコツのようなものはあるのだろうか。
「一番大切なことは経験です。いくら想像を働かせて作っても、映像化すると思っていたのと全然違う、ということもあるんです。本当にちょっとしたことで音楽の表情が変わってくるので、何十曲も作ってようやく今回はこういう感じだったのか、とわかるくらいです」
いつか『銀河英雄伝説 Die Neue These』のコンサートを
『銀英伝 DNT』は非常に硬派なアニメであり、決してキャラクターを強調するような作りではない。だかこそ音楽の存在感が増しており、劇伴の魅力と存在感の強さを実感することができる。
そんな魅力的な音楽を、橋本は最近自身のYouTubeチャンネルでピアノソロのために編曲し、演奏を配信中だ。
「『銀英伝 DNT』の音楽は一生の中で分岐点になると思いましたので、いつかは自分のコンサートをやりたいと思っていました。アイディアを練るうち、ピアノだけでライヴをするのもいいかもしれないなと。それで編曲作業など、準備を少しずつ行なっていたのですが、今回のCOVID-19の影響で音楽活動がストップしてしまって……。でもその分、いまが『銀英伝 DNT』に向き合う最良の機会かもしれないと思って、譜面を作り、動画も自分で編集して配信することを思い立ちました」
音楽がもつ力を改めて実感させてくれた橋本の作品。アニメとの融合による感動はもちろんだが、作品そのものがもつ魅力や輝きも、多くの人々を魅了している。『銀英伝 DNT』を彩った音楽たちを橋本の演奏を通してじっくりと味わう日がくることを願ってやまない。
4月6日(月)午後10時50分よりNHK Eテレにて放送中
※放送日時は変更になる場合があります。
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