インタビュー
2021.09.11
室田尚子の「音楽家の“タネ”」第6回

クラシック音楽をリスペクトしながら独自の創作を~TSUKEMENのTAIRIK

音楽家の子ども時代から将来の「音楽のタネ」を見つける「室田尚子の“音楽家のタネ”」。第6回は、8月25日にニューアルバム『HAPPYキッチン』をリリースしたTSUKEMENのリーダーでヴァイオリニストのTAIRIKさん。

TSUKEMENはヴァイオリン2台とピアノの3人からなるインスト・ユニットで、2008年にサントリーホール ブルーローズでデビュー以来、これまでに日本をはじめ欧米・アジア各国で500回を超えるコンサートを開催。40万人以上を動員してきました。

アルバム『HAPPYキッチン』は、「音の料理人」というコンセプトで、クラシックと映画音楽やポップス、R&B、映画音楽などさまざまなジャンルをミックスした極上の音楽を披露しています。クラシック音楽をベースに独自の世界を生み出し続けるTAIRIKさんに、その生い立ちや音楽観を語っていただきました。

取材・文
室田尚子
取材・文
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

写真:各務あゆみ

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

TSUKEMENが13年続いてきた理由

クラシックの演奏家がポップスの曲を演奏したり、逆にポップスのミュージシャンがクラシック曲をサンプリングしたりすることは今では普通のことになりましたが、TSUKEMENのニューアルバム『HAPPYキッチン』に収められたクラシック・ミックス曲は、目のつけどころが斬新で全体のセンスも抜群。

 アルバム『HAPPYキッチン』

続きを読む

表題曲「HAPPYキッチン」(作曲 TAIRIK、編曲 阿久津健太郎)

TAIRIKさんによれば、こうしたミックスは狙ってやっているわけではないそう。

TAIRIK「デビュー・アルバムの時からミックスは自然にやっていましたが、3人とも、頭で考えるよりも“これとこれを混ぜたら面白いのでは”というひらめきや感性を大切にしています。

今回はKENTAが「スワン・レイク・シャレード」(チャイコフスキー 《白鳥の湖》×映画『シャレード』)SUGURUが「ショパン・ラブズ・セプテンバー」(ショパンの楽曲×アース・ウィンド・アンド・ファイヤーの「セプテンバー」)、そして僕が「ゴジラヴェル」(映画『ゴジラ』のテーマ×ラヴェル作品)をつくりました。

最後まで聴き終わったとき、元になる曲を知らない人に“こういう曲があるのかな”と思ってもらえたら大成功です」

TAIRIK(ヴァイオリン、ヴィオラ)
1984年8月11日生まれ。長野県出身。4歳からヴァイオリンを始める。2010年3月に桐朋学園大学音楽学部大学院を修了。「なぜかヴィオラをよく褒められるんです。古澤巖さんたちとの品川カルテット(弦楽四重奏)ではヴィオラを弾いています」

常に3人でアイデアを出し合い、意見がぶつかるときはとことんまで話し合うというTSUKEMEN(実際、意見がぶつかることはすごく多いそうです)。

もともと、桐朋音楽大学の2年生のときに、TAIRIKさんとピアノのSUGURUさんでデュオコンサートを始めます。そのうちTAIRIKさんの高校の同級生だったヴァイオリンのKENTAさんが参加。3人の演奏を聴いた事務所の社長がスカウトして、いきなりサントリーホール・ブルーローズ(小ホール)での2daysのデビューコンサートが決まったそうです。

TAIRIK「3人の相性が良かったことももちろんですが、3人ともクラシックをベースに置き、めちゃくちゃクラシックをリスペクトしている点は共通しています。当時の社長には、演奏家ではなく、音楽家として1人1曲オリジナル曲を作ってデビューコンサートで披露するように言われました。作曲家でもない自分の曲が受け容れられるのだろうかと不安でしたが、意外にもお客さんの反応がよかったんです。その後13年続けてこられて、今となっては感謝しかないですね。

よく、クラシックの人からはポップスだと言われ、ポップスの人からはクラシックでしょうと言われるんですが、僕ら自身としてはクラシックのアンサンブルをやっているという感覚が強い。どんなジャンルの曲でも、その楽曲の一番いい部分を出せるように、という気持ちで臨んでいます」

“時短”で楽しむTSUKEMENのアルバム『JITAN CLASSIC』~「DANCE!ベートーヴェン・シンフォニー」

高校で奮起、桐朋音大へ

実はTAIRIKさんは、シンガーソングライターのさだまさしさんの息子さんです。さださんがヴァイオリンを習っていたことは有名ですが、TAIRIKさんは3歳の誕生日プレゼントに、おばあさまからヴァイオリンをもらったのがきっかけだったそう。

TAIRIK「でも、弾くのがすごく嫌だったんです。変な音しか出ないし(笑)。4歳のときに、住んでいたマンションの隣にある片倉館という温泉旅館の2階にある音楽教室でヴァイオリンを習い始めましたが、英才教育というのでは全然なくて、いわゆる習い事のひとつでした。

父も特に僕に音楽をやらせようと熱心だったわけではなくて、後で“親が音楽家なのになぜ音楽を習わせてくれなかったんだ”と言われると困るのでとりあえずやらせた、と言っていました(笑)」

当時、長野県に住んでいたTAIRIKさんですが、地元の中学に進学すると、ヴァイオリンを習っている同級生など一人もいない環境のなかで、周りから「スゴイ!」「かっこいい!」とチヤホヤされ、「ヴァイオリンを弾けることがアイデンティティ」になったそう。「ヴァイオリンで勝負してやろう」と東京音楽大学附属高校に進学。ところがここで挫折を味わいます。

TAIRIK「小さい頃からヴァイオリン一筋でやってきた人たちが大勢いるなかで、自分は箸にも棒にも引っかからないということを知り、こうなったら“誰よりも伸びてやろう”と決心しました。それまでは嫌々やってきたところもあったんですが、ヴァイオリンに専念。

さらに、霧島国際音楽祭の講習会で(元読売日本交響楽団の首席ソロコンサートマスターである)藤原浜雄先生と出会って衝撃を受け、この先生に習いたいと強く思うようになりました」

こうして、猛勉強の末、見事、藤原先生のいる桐朋学園大学に進みました。

音楽から受けた恩恵を社会に還元したい

藤原先生に学ぶために、さらに大学院にまで進んだTAIRIKさんですが、クラシックの音楽家としてやっていこうとは思わなかったのでしょうか。

TAIRIK「音大を出てソリストとしてやっていけるのは、10年に1人ぐらいといわれています。オーケストラの団員にしても、入団の倍率が100倍になることも珍しくない。そんな世界で、それでも僕はずっとステージに立って演奏で生きていきたいという希望は、早くから持っていました。

そのためには、特にクラシックにこだわる必要はないと考えたんです。むしろゼロから独自にクリエイティブなことができるなら、そのほうが自分には合っているんじゃないかと。大学時代にTSUKEMENをスタートできたのは、だから本当に良かったと思っています」

ちなみに、お父さまは高校・大学進学についても特に何も言わず、好きなようにさせてくれたそうです。TAIRIKさんは「親が一切レールを敷かなかったことが大きかった」と語ります。

TAIRIK「僕にとっては、何かを創作するということがいちばん大切なことです。今、自分が創作したものを喜んでくれる人がいるというのは、本当に素晴らしい状況。

今後は楽曲提供やプロデューサー的なことにも挑戦したいですし、また、音大を出ても食べていける人が非常に少ないという状況をなんとかするために、仕事にリンクするような学校を作りたいという夢もあります。

自分が音楽から受けた恩恵を社会に還元するためにも、自分自身を音楽家としてもっともっと大きな存在にすること。TSUKEMENを、食べるつけ麺を超えるぐらいメジャーにしないとですね(笑)」

NHK Eテレ『きょうの料理』から「栗原はるみのキッチン日和」の司会のオファーが来るきっかけとなった、そして番組挿入曲の「HAPPYキッチン」にもつながった、魚をさばいている動画

取材・文
室田尚子
取材・文
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ