インタビュー
2026.04.07
劇場の存在意義を体感する、東京文化会館シアター・デビュー・プログラム

音楽・加藤昌則×ダンス・小㞍健太『ラヴェル最期の日々』刺激に満ちあふれた劇場体験

2024年に東京文化会館シアター・デビュー・プログラムとして初演された『ラヴェル最期の日々』が、2年の年月を経て2026年6月に再演されます。これは、作曲家モーリス・ラヴェルの生涯、とくに記憶喪失や言語障害に苦しんだ晩年の日々を、ラヴェル作品の演奏や演技とダンスによって描いていく作品。
音楽監督で作編曲とピアノを務める加藤昌則さんと、振付とダンスでラヴェルを演じる小㞍健太さんに、再演にかける思いや作品の意義、劇場体験とはどういうものかについて熱く語っていただきました。

室田尚子
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

撮影=飯田耕司

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創造のキャッチボールでつくりあげた舞台

——今回は、東京文化会館が休館中のため、新国立劇場中劇場での再演となりますが、再演に際しての変更点などがあれば教えてください。

加藤: 基本的な構成は変わりませんが、初演での反省や考察を経て、多少のブラッシュアップはあります。たとえば、前半でラヴェルの作曲思考を説明する場面があるのですが、そこは少し長かったかなと思うので短くするといった微調整です。新国立劇場中劇場は、東京文化会館小ホールに比べて舞台も大きくなり客席数も増えますが、空間を広く使ったりせず、あえて初演の凝縮された世界観を踏襲するつもりです。

加藤昌則(音楽監督・作編曲・ピアノ)
東京藝術大学作曲科首席卒業。同大学大学院修了。作品のジャンルはオペラ、管弦楽、声楽、合唱曲など幅広く、多くのソリストに楽曲を提供。共演ピアニストとしても評価が高く、創意あふれる編曲にも定評がある。また独自の視点、切り口で企画する公演やクラシック講座などのプロデュース力にも注目を集めている。NHK-FM「鍵盤のつばさ」番組パーソナリティー(2016年-)、長野市芸術館レジデント・プロデューサー(2019年-2023年)、ひらしん平塚文化芸術ホール音楽アンバサダー(2022年-)を務める。

——演奏者としては、バンドネオンが北村聡さんに変わりますね。

加藤: もともとこの作品を考え始めたときにイメージしていたのが、北村くんなんです。北村聡というバンドネオン奏者は、飄々としているのにゲームチェンジャーがもつ独自の空気感がある。もちろん初演の仁詩 Hitoshiさんもすばらしかったのですが、当初想像していた北村くんだったらどんなふうになるんだろうという思いがありました。仁詩 Hitoshiさんとはこういう舞台、北村くんとならばこういう舞台と、それぞれの化学反応を楽しんでいただければと思います。

北村 聡(バンドネオン)
関西大学在学中にバンドネオンに出会い、小松亮太に師事。アルゼンチンではフリオ・パネのレッスンを受け、オルケスタ・エスクエラ・デル・タンゴで学ぶ。世界各地のタンゴフェスティバルに出演し、2011年元ピアソラ五重奏団ピアニスト、パブロ・シーグレルのアジアチームに選抜され、国内はもとよりシンガポールのモザイクミュージックフェスティバル、ジャカルタ国際タンゴフェスティバルでも演奏、成功を収めている。現在、小松亮太ユニット、オルケスタ・アウロラ、クアトロシエントス、パブロ・シーグレルTJTE、西塔祐三&オルケスタティピカ・パンパ等で活動している。

——ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、バンドネオンが舞台上で演奏し、そこに俳優 西尾友樹さんがラヴェルの友人ジャック・ド・ゾゲブ役として登場し語りを担当する。そしてモーリス・ラヴェル役の小㞍さんはダンスで表現する、という音楽、演劇、ダンスが一体となった作品ですが、実際につくりあげていくプロセスはどのようなものだったのでしょうか。

加藤: 演出・脚本の岩崎正裕さんとは半年ぐらいかけてディスカッションをしたんですが、それをベースにしつつ、それぞれの専門家がお互いにやりたいことをキャッチボールしながらつくりあげていくという感じでした。表現者の集まりでそれぞれの知恵の集合となる場でしたが、主張がぶつかりあったり、逆に遠慮しあったりということが全然なくて、ひじょうに有意義な時間でした。

小㞍: 最初に加藤さんが、演奏したいラヴェル作品と、なぜこれをやりたいのかということについて明確に説明してくださったので、それをみんなで共有できたのが大きかったと思います。

音楽、ダンス、演劇、各ジャンルの表現者たちのきらめくアイデアの結晶となった、舞台『ラヴェル最期の日々』初演(2024年2月17、18日)。

——小㞍さんは、ダンサーとしてこうした創造の場に参加されていかがでしたか。

小㞍: クラシックの演奏家とゼロから共作するのは新しい経験で、動きと感情をわけても生演奏の音楽が自然につながる助けになりました。エネルギーの放出のしかたを変えたり、演奏家の音楽とまざったときに、物語が奏でられていくのは新鮮でした。

晩年になって記憶に障害が起こり、頭のなかに流れる豊かな音楽を書き表すことができなくなったラヴェルをどう身体で表現するか、自分の音楽から意識が離れていってしまう表現、というのはとても難しかったのですが、演出の岩崎さんが「ここは抽象的なイメージで」「ここはきちんとそう見えるように」といった指示をくださったので、それを参考にしながらつくっていきました。

それから、作曲家に直接意図が聞けるのも貴重な経験でした。作編曲した加藤さんならではの音には理由があって、そこから踊りや組み立てかたを変えるアイデアが増えました。

小㞍健太(振付・ダンス)
ローザンヌ国際バレエコンクール受賞を機に渡欧し、ネザーランド・ダンス・シアターⅠに日本人男性として初めて入団。2010年以降はフリーランスとして世界各地で活動し、『Study for Self/portrait』などの振付作品で国際的な評価を得る。2017年に始動した「SandD」では、ジャンルや世代を超えた舞台上のダンス表現を探求し、育成・開発、リサーチ・クリエーション、公演を軸に活動。ミュージカル『エリザベート』振付、舞台『千と千尋の神隠し』(カオナシ)出演、フィギュアスケート日本代表選手の表現指導など活動は多岐にわたる。

ラヴェルという作曲家を多角的に解釈する

——登場するラヴェルの曲はすべて加藤さんによる編曲になっていますが、確か初演のとき、「ボレロ」はあんまりやりたくないんだけど……みたいなことをおっしゃっていたと思いますが(笑)

加藤: 「ボレロ」のアレンジはオーケストレーションが大変だと思っていたんですよ(苦笑) でも結果的に、この舞台では「ボレロ」という曲がキーワードとなったと思います。僕は小学生の頃に「ボレロ」でラヴェルを知って、ラヴェルが好きだったんです。ラヴェルが20世紀初頭の文化芸術が爛熟しきった時代に新しい音を創造したのはすごいことだと思っていて、僕の「ラヴェル愛」が作品に反映されていると思います(笑)

小㞍: バレエダンサーとしてはモーリス・ベジャールの「ボレロ」という圧倒的なバレエ作品があるので、そのイメージが強い曲です。同じリズムの中でどう表現を繰り広げていくのかという、踊りの原点みたいな作品ですよね。音楽の1分って多分ダンスでの10分ぐらいの感覚だと思うんですよ。だから、同じリズム、同じ音で10分ぐらいはずっと踊り続けられる。その濃度の濃さがダンスとすごくマッチしているんだと思います。今作では「ボレロ」は鼓動の表現として使われていますね。

加藤: 「ボレロ」は知れば知るほど、ラヴェルの中ではすごく異質な作品だと感じます。そもそもラヴェル自身が「イダ(初演を踊ったイダ・ルビンシュテイン)が踊らなくなればこの曲は忘れられるだろう」と言っていて、そんな曲がラヴェルを有名にしているのは皮肉だなと思う。今作でのラヴェルの曲はすべてラヴェルの人生を音楽化して編曲しているので、示唆に富んでいるんじゃないかな。

——小㞍さんはラヴェルについてはどういうイメージをお持ちですか。

小㞍: 僕は2年前にこの作品に出演することになって、彼のお墓に行ったり、それまで知らなかった彼の姿を知りました。おしゃれだったり、彼の防御のひとつと思われる保守的なところ、内に秘めた繊細さや完璧主義なところがあるとわかって、音楽を論理的に理解できて、とてもおもしろかったです。

この舞台では、彼が若いときは姿勢がよくしっかり型のあるバレエ的な動き、年齢を経て型が崩れてコンテンポラリーや舞踏的な動きと、いろいろなダンスの要素を散りばめて場面ごとに踊りわけているので、ラヴェルの人生とともにいろいろなダンスをみられると思います。

その場の空気感をすくいとって、生と死のあわいまでも、クラシックバレエを軸とした多彩なダンスメソッドで表現する小㞍さん。物語を奏でたり、みる人の想像力を刺激する、圧巻の身体表現を劇場で浴びたい。

「シアター・デビュー・プログラム」の意味

——この作品は、中高生など初めて劇場に触れる人たちに向けた「シアター・デビュー・プログラム」として制作されていますが、初演を拝見したときに、大人がみても十分に楽しめる、オペラやダンスといった枠を超える創造的舞台だなと感じました。

加藤: 音楽に興味がある人でもこの舞台で小㞍さんのダンスをみたら、「ダンスってこんなにいろいろな表現があるんだ」って驚くと思うんですよね。音楽、ダンス、芝居、それぞれのジャンルのプロが出しあったアイデアのすべてがある舞台なんです。それぞれの感覚でその場でいろいろな人がしかけるので、劇場に来ないとわからない生の体験があります。年齢を問わず「体験するデビュー」にふさわしい作品だと思います。

そして、来てくださったみなさんがこの舞台をどういうジャンルにするのかを考えてもらえるといいのかな、と思います。これからの劇場が存在する意義がみんなに共有されていきますよね。外から客観的な刺激を受けるだけではなくて、自分が何を感じるかということを研ぎ澄ますことができるのが劇場の意義だと思うのですが、この舞台はそういうものに満ちた空間になっていると思います。

——みんなが「劇場」というものを知る、そのためのプログラムという意味でもありますね。

『ラヴェル最期の日々』は、中高生はもちろん、大人にも、演奏家にもダンサーにも俳優にも、インスピレーションを与えうる作品。どんなに文明が進んでも劇場でしか得られない貴重な体験がある、と劇場の役割に期待を馳せる、加藤さん。
公演情報
東京文化会館シアター・デビュー・プログラム『ラヴェル最期の日々』

日時:2026年6月27日(土)・28日(日)14:00開演

会場:新国立劇場 中劇場

音楽監督・作編曲・ピアノ:加藤昌則

演出・脚本:岩崎正裕

振付・ダンス:小㞍健太

俳優:西尾友樹

ヴァイオリン:橘和美優 *第19回東京音楽コンクール弦楽部門第2位及び聴衆賞

チェロ:清水詩織

バンドネオン:北村 聡

曲目:

ラヴェル:

ボレロ

亡き王女のためのパヴァーヌ

『ダフニスとクロエ』

ラ・ヴァルス

他、ラヴェルの作品より

料金:

S席5,500円、A席4,400円、B席2,200円

25歳以下(全席共通)2,200円

18歳以下(全席共通)1,100円

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室田尚子
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

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