インタビュー
2025.12.16
12月20日、東京文化会館で聖と俗が溶け合い、美へ昇華する

生身の人間のすごさを体験する、歌劇『ブラームス マゲローネのロマンス by ティーク』

12月20日東京文化会館で、ブラームスの歌曲集「マゲローネのロマンス」が歌劇として新たな命を吹き込まれる。
バリトン歌手 小森輝彦が歌い、そして語り、ダンスの山本裕が主人公のペーターを体現する。演出を手がけるのは、岩田達宗。ダンス、演劇、歌というさまざまなジャンルのエネルギーがあふれて境界線が溶け合う、これまでの概念が変わる舞台が生まれようとしている。
このクリエイションの核心に迫るべく、演出・構成 岩田達宗、バリトン 小森輝彦、振付・ダンス 山本裕に話を伺った。三者三様の視点から語られる言葉は、芸術が持つ根源的な力、そして生々しい人間そのもののすごさが立ち現れる予感に満ちている。

山崎浩太郎
山崎浩太郎 音楽ジャーナリスト

1963年東京生まれ。演奏家の活動とその録音を生涯や社会状況とあわせてとらえ、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。『音楽の友』『レコード芸術』『モーストリーク...

メイン写真は2020年歌劇『ヴォルフ イタリア歌曲集』より
©飯田耕治

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

「あらゆるリートの中で、いちばん演奏が大変」――知られざる大作の魅力と困難さ

――本日はお集まりいただきありがとうございます。まず「マゲローネのロマンス」という作品について、その魅力をお聞かせいただけますでしょうか。

小森 この作品は、ブラームスという高名な作曲家が手がけた大作にもかかわらず、意外に有名ではありません。その理由は、まず難易度にあります。特にピアニストにとってはものすごい難曲なんです。私がドイツで師事した先生は、「マゲローネの6曲目は、あらゆるリートの中でいちばん弾くのが大変だ」と言っていました。左手は3連符を、右手は8分音符を弾きながら、それぞれが主張しあう。まるで交響曲のような構成の大きさです。1曲の中に8も9もパートがあるかのようにキャラクターがどんどん変わっていき、リートなのにオペラ1曲分くらいのドラマがある。音楽的な構成もテクニックも、物理的に難しいのです。

小森輝彦(バリトン)
日本人初のドイツ宮廷歌手。プラハ州立歌劇場で欧州デビュー後、独アルテンブルク・ゲラ市立歌劇場専属第一バリトンとして12年間活躍。ザルツブルク音楽祭などヨーロッパ各地に客演し演じた役は70を超える。帰国後は東京二期会、新国立劇場などの公演で主役を務める他、ドイツ在住時から現地で高く評価されたリート歌手としての活動も盛んに行い、その深い文学的解釈に裏付けられた表現力で聴衆を魅了し続け2019年にリリースした初CD「R.シュトラウス歌曲集」はレコード芸術準特選盤に選ばれた。二期会会員。東京音楽大学教授。

――歌手にとっても、やはり難しいのでしょうか。

小森 ええ、音域がとても広く、求められるダイナミックレンジも大きい。そうした難しさから、あまり取り上げられてこなかった。不当な扱いを受けている、と感じるほどです。ブラームスのこの曲が知られていないのはものすごくもったいない、この魅力をもっとみなさんに伝えたい、という気持ちをずっと持っていました。

――その難易度を乗り越えてでも伝えたい魅力とは、具体的にどのような点でしょうか。

小森 込められている感情の生々しさですね。主人公のペーター伯爵は、美しく強いヒーローでありながら、不安定なところがある。青春を前にした子どものような部分もあれば、私は凶暴なところも感じる。もちろん、甘美で繊細な面もある。そうした裏腹な、ロマンティックで多方向に広がっていく内面を、ブラームスの音楽が見事に表現しています。ほんとうに歌いがいがあるし、聴きがいもある作品です。

「マイクを使わない音楽や演劇は、もうオペラしかない」――「人間はすごい」を伝えるために

――岩田さんは、この難易度の高い作品を、なぜ歌劇にしようと考えたのでしょうか。

岩田 私がなぜオペラをやっているのか、その理由からお話しする必要があります。現代において、音楽はスピーカーを通して聴くのが当たり前になりました。演劇の世界ですら、マイクを使うのが普通です。マイクを使わない音楽や演劇は、もうオペラしかない。

岩田達宗(演出)
東京外国語大学フランス語学科卒業。1991年より栗山昌良氏に演出助手として師事。96年五島記念文化賞オペラ新人賞を受賞。オペラ演出家として全国のオペラ・プロダクションで作品を発表し、高い評価を得る。2021年『稲むらの火の物語』は佐川吉男音楽賞を受賞。21年『蝶々夫人』は三菱UFJ信託音楽賞奨励賞を受賞。11年ブリテン作曲『ねじの回転』は文化庁芸術祭大賞に選ばれた。06年には自身が音楽クリティック・クラブ賞を受賞。その他、受賞多数。ひろしまオペラルネッサンス芸術監督。

――マイクを使わないことに、それほど大きな意味が?

岩田 生で舞台を見て、「人間はすごい」と言ってもらいたいんです。スポーツを見て「人間はすごい」と感じるのとは少し違う。競技ではなく、その場で目に見えないもの、聞こえないものを想像している人間の姿を見て、「すごい」と感じてもらえるもの。それを実現するには、スピーカーやマイクを介さない方がいい。

――その「人間はすごい」を伝える上で、「マゲローネのロマンス」は最適な演目だったと。

岩田 これまでもリートを題材にした舞台は作ってきましたが、もっとストレートに「オペラ歌手ってすごいんだね」と言ってもらえる演目はないかと考えていたところに、小森さんがブラームスを提案してくれたんです。この作品は、曲自体が重く難易度が高い上に、セリフも多い。物語も伝えなければならない。この作品を上演できたら「人間はすごい」ということを伝えられるぞ、と賛成しました。

――小森さんが歌だけでなく、通常なら歌手とは別に俳優が朗読する、語りの部分も担当されると伺いました。

岩田 歌いっぱなし、しゃべりっぱなしで、しかも、ただ朗読するのではなく、演じるわけです。歌うことと語ることが別次元になっている歌手では、潰れてしまいます。でも小森さんは、セリフも歌も同じところで、正しく肉体を使って表現できる。だから壊れない。この舞台に乗っている全員の肉体的負荷は、凄まじいものがあります。他では絶対に見られないと思います。

「両極端を内包している」――ダンスで体現するペーターの「ロマン」とは

――山本さんは、小森さんが歌う主人公ペーターをダンスで演じられます。どのような役だと捉えていますか?

山本 金髪の美少年という役です。最初に聞いたときは「美少年になれるかな」なんて思いましたけど、物語を通じて、どこか自分と重なる部分があると感じています。恋をして、いろんな経験をしていく様が、これまでの自分の人生と重なって見えるんです。

山本裕(振付・ダンス)
文化庁主催公演新人賞、ダンスプラン賞、全国舞踊コンクール第1位、Outstanding Contemporary Choreographer Award(アメリカ)、Dance Theater Prize(チェコ)など多数受賞。文化庁新進芸術家海外研修員制度にてオランダのスカピーノバレエ団に1年間留学。ヨーロッパやアジアのフェスティバルより招待されると共に、国内では瀬戸内国際芸術祭、六本木アートナイト、都民芸術フェスティバルなどの振付家に選出。オン・ステージ新聞新人振付家ベスト。振付家、ダンサーとしての実績とジャンルを超えた幅広い活躍が評価され、各地の芸術祭のアートディレクターを務める。

――ご自身の人生と。

山本 きっと誰が演じても同じではなく、自分が演じるペーターになっていくんじゃないかと思います。踊りを固めて質を高めていくだけでなく、自分が機械ではない、人間がやっているんだということを常に思い出して、野生に戻っていくような、直感的で考えても思いつかないようなものに追いついていきたいという気持ちで臨んでいます。

――小森さんがペーターの多面性について「ロマンティック」と表現されていましたが、その点はいかがですか。

岩田 今回のコンセプトは「ロマンを極めよう」ということなんですが、そのロマンの意味のひとつに、「両極端を内包している」ということがあります。静と動、明るいと暗い、賢いと阿呆、そういったコントラストが大きい、古典的な形式や整合性からはみ出していくものがロマン派です。とくにブラームスと原作者ティークの作品には、崇高で美しいものと俗っぽいもの、月とすっぽんが同居している。そのレンジの広さが、この作品の魅力であり、大変さでもあるんです。

山本 僕はロマンティストなので(笑)、本能的にその両極端を楽しみたいと思っています。ペーターの人生と自分の人生を重ね合わせることで、さらにレンジが広がって新しいものが生まれる。いろんなことを思い出しながらペーターの人生を追体験するのは、おもしろい取り組みです。

「舞台上にいるのは、等身大の今を生きる生々しい人間」――ジャンルの境界線を超えた先に目指すもの

――この作品では、歌、ダンス、演劇といったジャンルの境界線が曖昧になっていく、というお話がありました。

山本 この創作の現場では、歌は歌、ダンスはダンスというより、みんなで「人間とはこういうものなんじゃないか」という真意を求めていっているような気がします。その目的に向かっていくからこそ、ジャンルの境界線が曖昧になっていく。最終的に、歌がただの歌に聞こえたり、ダンスがただのダンスに見えたりするのではなく、もっと混じり合っていく。そうなれば、お客様との距離も曖昧になっていくんじゃないかと思うんです。すべての境界線がなくなっていくことが、この作品の到達点なのかなと感じています。

岩田 マイクを持たないというのは、境界線がなく溶け合う状態になります。舞台と客席の境界も、今回は取り払っていきます。描かれているのは中世の騎士の物語ですが、ここにいるのは等身大の、今を生きる生々しい人たちなんだと、普通のオペラ以上に感じてもらえるはずです。綺麗な恋愛だけじゃなく、恋愛の汚い部分もお見せできると思います。自由で暴れている人たちばかりが舞台にいる、そういう作品です。

小森 一般的に道徳に照らしたら悪や醜いとされるものが、美しくなるのがアートだと思うんです。ペーターもマゲローネも、自分でも制御できないマグマを抱えていて、常識から逸脱した行動に出る。でもそこに人間の生々しさ、切実さがあるからこそ、人の心を打つのでしょう。

歌、ダンス、演劇のジャンルを超えて、エネルギーがあふれ溶け合う稽古風景。左から、山本裕、小玉友里花、小森輝彦

「AIが普及している今だからこそ、人間のすごさを知ってほしい」

――最後に、公演を楽しみにしている方々へメッセージをお願いします。

山本 このプロダクションは、大いなる実験であると同時に、多くの人の心をつかむ公演だと思っています。多くのクリエイターにとっても励みになるはずです。本当にいろいろな方に見に来てほしいです。

小森 新しい試みですが、奇をてらっているわけではありません。僕らがとことん自由にやっているのに、それが野放図にならないのは、アートとして「美」を求めているからです。僕らが自由でなければ、お客様に幸せになっていただくことはできません。ロマンティックで、いろんなものを包含している宇宙のような作品には、絶対にどこか面白がっていただける部分があるはずです。

岩田 ダンスは演劇であり、演劇は言葉であり、言葉は歌であり、音楽です。踊ること、演じること、語ること、歌うこと、これらはひとつのことなんだと実感していただける機会になると思います。AIが普及している今だからこそ、人間のすごさを知ってほしい。生々しい人間はすごいんだってことを見てくれ、と言いたいです。

公演情報
歌劇『ブラームス マゲローネのロマンス by ティーク』[原語(ドイツ語)上演・日本語字幕付]

日時:2025年12月20日(土)15:00開演

会場:東京文化会館 小ホール

作曲:ヨハネス・ブラームス

演出・構成:岩田達宗

出演

座長:小森輝彦(バリトン)

マゲローネ:小玉友里花(ソプラノ)

ペーター:山本裕(振付・ダンス)

音楽:井出徳彦(ピアノ)

料金:S席6,600円、A席4,400円、B席2,200円(完売)

25歳以下割引:S席3,300円、A席2,200円

65歳以上割引(50枚限定):S席5,940円

障碍者割引(介添え1名まで同一料金):S席5,500円

お問い合わせ:東京文化会館チケットサービス 03-5685-0650

詳しくはこちら

山崎浩太郎
山崎浩太郎 音楽ジャーナリスト

1963年東京生まれ。演奏家の活動とその録音を生涯や社会状況とあわせてとらえ、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。『音楽の友』『レコード芸術』『モーストリーク...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ