インタビュー
2021.09.21
『シルヴァー・ライニング・スイート』発売記念スペシャル対談【後編】

上原ひろみ×西江辰郎〜ジャンルの壁など存在しない! いい音楽を作る素敵な繋がり

ピアニスト、上原ひろみさんの新アルバム『シルヴァー・ライニング・スイート』は、ピアノと弦楽四重奏というクラシカルな編成による作品。共演しているのは、新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターを務めるヴァイオリニスト西江辰郎さん。
後編は新アルバムの制作秘話から、上原さんと西江さんが思う「音楽ジャンル」のお話に。いい音楽を作りたいというお二人の共通の情熱を語り合っていただきました。

聞き手・文
小室敬幸
聞き手・文
小室敬幸 作曲/音楽学

東京音楽大学の作曲専攻を卒業後、同大学院の音楽学研究領域を修了(研究テーマは、マイルス・デイヴィス)。これまでに作曲を池辺晋一郎氏などに師事している。現在は、和洋女子...

photo:各務あゆみ

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今は雲の厚みで見えないけど、必ずその向こうに光がある......《シルヴァー・ライニング・スイート》誕生秘話

——ピアノと弦楽四重奏というクインテットは上原さんにとっても新たな試みですけど、なぜこの編成でやろうと思われたのでしょう?

上原 そもそもはライブ音楽業界を救済するため、ブルーノート東京でSAVE LIVE MUSICという企画を立ち上げたのがきっかけです。最初は去年の8月から9月にかけて16日間(32公演)、全部ソロでやったので、次の第2弾は違うフォーマットでもやりたいなと思って。でも、ずっと今までやってきた仲間のミュージシャンは、来日がかなわない。じゃあ今、この状況下で自分がやりたいこと、できることって何だろうっていうのを考えたときに——私、西江さんのことを王子と呼んでるんですけど——、「王子!」って本当にピンとひらめいて。ピアノと弦楽四重奏が面白いなと思ったんです。

それでブルーノートのエンジニアの人に頼んで、ステージのピアノをちょっと左にずらして、無人の椅子を4つ置いてみたら「ああ、これ絶対、面白くなるな!」って自分の中でイメージができたんですよ。それで王子に電話して「こういうことやろうと思ってるんだけど、やってもらえるかな?」って話をしたら、やっぱりすごい好奇心があって、「是非是非、やろうやろう」って言ってくれました。

メンバーについては、王子からパートごとに何人か紹介していただきました。その上で、私がその人たちの作品をいろいろ聴かせていただいて、この人の音が好きだなとか、こういうプレイスタイル好きだなという方にお声掛けさせてもらいました。

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——電話をもらった西江さんとしては、いかがでした?

西江 もう飛び上がるくらい嬉しかったです! 実はその数か月前、僕からもひろみさんに1度電話してるんです。「どうしてる?」って。うちのオーケストラも去年の2月の終わりぐらいから5ヶ月くらい、本番が全然なくなってしまって、7月まで公演ができなかったんですね。最初は楽観的に捉えてたんですけど、だんだんと周りの音楽家もちょっとおかしくなり始めて……。このままじゃ駄目だよな、どうしよう……と思っていたんです。

そういうときに、音楽をやってる人は「音楽にできることって何だろう?」って考えると思うんです。演奏の場は奪われてしまっているけれど、例えば、みんなに喜んでもらえるようなCDを作るとか、配信するとか……。いずれにせよ、なにか皆が明るい気持ちになれるようなことはないかと考えたとき、思い浮かんだのがひろみさん、そして2015年の公演でした。たぶん、このような状況じゃなかったら電話できなかったかもしれない。

上原 でも、ちょこちょこ電話来るよ。

——あれ?(笑)

西江 それは、おいしいラーメン屋の話とか(笑)

上原 音楽の話では普段電話しなかったっていうことね(笑)

西江 それで、電話したとき、ひろみさんは「まずは自分の箱(※ブルーノートなどのライヴ会場)を救いたい」と。それで、お互いに出来ることをやろう、という話になりました。僕にとってはコンサート会場やオーケストラ、音楽仲間、家族ももちろんですがレストラン経営者等など。皆が模索していました。

——上原さんがお電話した時点で、何を演奏するのか決まっていたんですか?

上原 王子からも聞かれて、「これから書く!」って言ったのはよく覚えています。弦楽四重奏のために書くことだけは自分のなかではっきりしていたので、曲を書いてそれを後で弦楽四重奏に編曲するのではなく、どうなるかはわからないけど弦楽四重奏を思い浮かべながら《シルヴァー・ライニング・スイート》という曲を書きだました。

——アルバムのタイトルチューンになっている全4曲からなる組曲(スイート)ですね。各曲には「孤独」という意味の〈アイソレーション〉、「未知なるもの」という意味の〈ジ・アンノウン〉、「漂流者」という意味の〈ドリフターズ〉、「不屈の精神」という意味の〈フォーティチュード〉というコロナ禍以降の時の流れを想起させるタイトルが付いていますけど、「シルヴァー・ライニング Silver Lining」というのは、どういう意味なのでしょうか?

上原 シルヴァー・ライニングというのは英語でよく使う慣用句で、雲の淵にできる光の輪のことです。「そこにシルヴァー・ライニングがある」って言うと、今は雲の厚みで見えないけど、必ずその向こうに光があるっていうことの証拠なんです。それが今のこの状況下で、自分が曲を書いたことを言い表している言葉だなと思いました。作曲中、ずっと弦楽器の音が頭の中に鳴っていて、ヴァイオリンで歌っている様子が見えてきたり、ヴィオラの音色が聴こえてきたりしたので、ピアノでは普段書かないようなメロディを書かせてもらいました。すごく幸せな時間でしたね。

——西江さんは《シルヴァー・ライニング・スイート》という楽曲をどのように受け取りました?

西江 ひろみさんが経験なさったコロナ禍のいろんな気持ちを音符にしていった、その過程を手に取るようでした。だから何とも言えなかった……。書き始めた頃から今までの、僕らが演奏する日までの経緯っていうか、僕らにとっては今、曲、譜面を渡していただいて知るけど、それまでに月日があるわけじゃないですか。だから、本当にいろんな思いや葛藤があったのだなって。

悪いことばかりじゃなかったって思えるように——コロナ禍の不安や感謝を作品に込めて

——《シルヴァー・ライニング・スイート》の後には、このアルバムで唯一ピアノソロ「アンサーテンティ」という楽曲が続きます。

上原 SAVE LIVE MUSICの第2弾はピアノ・クインテットだけでなく、他にもピアノのソロ、タップダンサー熊谷和徳さんとのデュオと、3演目を18日間にわたってやる予定でした。ところがクインテットとの8日間(2020年の年末~2021年の年始)を終えたタイミングで、また緊急事態宣言が発令されました。お客様が予定を合わせてチケットを買ってくださっていたのに、残りの日程は2ヶ月延期になってしまったので、皆さんの予定を空けてしまったなと。やっと進んだと思ったら、また戻って、立ち止まって……。ぽっかり心に穴があいたような状況のなか、書き始めたのがこの曲です。

——それで「不確実性」「不安」という意味の「アンサーテンティ Uncertainty」というタイトルだったのですね……。

上原 「アンサーテンティ」を書きながら、3月の延期公演で絶対に発表しようと思っていました。そしたらお客さんも悪いことばかりじゃなかったって思えるんじゃないかと。ライブでも作品でも、何か新しいものが生まれると私自身、悪いことばかりじゃなかったという気持ちに絶対なるので。

今回でいえば、クインテットのアルバムを作ったことも、ライブができたこともそうだし。2015年に初めて一緒に演奏して、また西江さんとご一緒できた。自分でこの年を振り返ったときに悪いことばかりじゃなかったよねって言えるようになることが、自分にとってこの状況にあらがう一番の行動だったので……そういう気持ちで書きました。

——アルバムの中央に位置する《アンサーテンティ》のあとに続く後半の4曲は、1曲を除いて上原さんが昨年5~8月に、SNSやYouTube上で配信されていたOne Minute Portrait(「インスピレーションを与えてくれるミュージシャンの為に、1分間の曲を書き下ろし、リモートで共演した映像を公開する企画」とのこと)で披露した曲がもとになっていますね。

上原 はい。

——アヴィシャイ・コーエンさんとの曲が《サムデイ》、ステファノ・ボラーニさんとの曲が《ジャンプスタート》、エドマール・カスタネーダさんとの曲が《リベラ・デル・ドゥエロ》というタイトルで収録されていますけど、曲名はもともと決まっていたんですか?

上原 決まっていなかったです。その相手とやることをイメージして、こういう曲が2人の化学反応を起こしそうだなと思って、曲を書きました。そのなかでクインテットでやるなら、弦とアンサンブルする意味がある楽曲がいいなと思って、弦で弾かれる意味がある曲を選びました。

Hiromi – One Minute Portrait “Stefano Bollani”

Hiromi – One Minute Portrait “Avishai Cohen”

Hiromi – One Minute Portrait “Edmar Castaneda”

——そしてもう1曲、最後から2番目に収録されている「11:49PM」という楽曲は、もともと上原さんのアルバム『MOVE』(2012)でトリを飾っていた曲でしたよね。

上原 この曲はトリオでやっているときから、メロディがヴァイオリンの音色で聴こえました。というのも、ピアノは音を弾いた瞬間に音がフェードしていく楽器なんですけど、「11:49 PM」のメロディって1フレーズが凄く長いんですよ。ヴァイオリンなら長いフレーズが本当に歌えるので、この旋律が活きる楽器で弾いているのを聴きたいなって思っていたんです。実際にやってみたら、「これこれ!」と思いながら聴いていました。

「11:49 PM」

上原 そもそも『MOVE』というアルバムは1日の時間の流れについて書いた作品で、最後の曲である「11:49PM」は最終的に夜の12時になったことを知らせる鐘の音が3回鳴って終わるのですが、その直前に秒針を刻んでいる部分があります。そこを弦のピツィカートで刻んだら、秒針の感じが凄く出るだろうなというのもずっと思っていました。

——この曲に限らず、上原さんの楽曲には「時間」をテーマにしたものがいくつかありますが、「時間」という概念に興味があるのですか?

上原 『Time Control』(2007)というアルバムとか、確かにそういう作品はいくつかありますね。常日頃、自分が感じているのが、時差があると、なぜ瞬間を共感できないんだろうとか、自分がすごいエモーショナルになっているときに向こうが凄く理性的だったりとか——もちろん、逆もまた然りで——、そういう時間のトリックみたいなことをたびたび感じてきたので、興味持つ機会は多いですね。

——なるほど。「時間」をテーマにしていない楽曲にも、異なるものがズレたり合わさったりするようなものがありますよね。上原さんの楽曲をそういう視点で聴くのも面白そうです。

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