聴かなきゃもったいない! おもしろさ満載の「古楽」へのお誘い
クラシック音楽のなかでも、古楽というとちょっとマイナーなジャンルでしょうか。「古楽」とは文字通り古い時代の音楽のこと。古い時代の音楽と聞くと、音楽史の勉強みたいで小難しそう、なにを聴いても同じように聴こえてしまいそう、なんて思ってしまう方もいらっしゃるかもしれませんね。ところがところが! 作曲家の生涯は破天荒だったり、クラシック音楽の概念をくつがえすような作品があったり、めちゃめちゃおもしろい世界なのです。
古楽入門にぴったりの一冊!
一般的に「古楽」(英語ではearly music)とは、西洋音楽のなかでも、オーケストラのコンサートなどでもよく取り上げられるハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンらに代表される「古典派」の音楽よりも古い時代の音楽のことを指します。ヴィヴァルディの《四季》、パッヘルベルの「カノン」、J.S.バッハの「G線上のアリア」といった、みなさんもよくご存じの作品も含まれる「バロック音楽」や、それ以前の「ルネサンス音楽」、さらにそれ以前の「中世音楽」など、古楽の時代は、8、9世紀頃から18世紀半ばまでおよそ1000年。そこには、とてつもなく豊かな世界が拡がっているのです。
あまりに膨大で、どこから聴いたものか、と悩まれた方にぜひ読んでいただきたいのが、この秋刊行された那須田務著『古楽夜話』(音楽之友社)。60の作曲家や作品を一人一話形式で紹介していくスタイルで、作品にまつわる一夜の空想シーンとわかりやすい解説を組み合わせているのが特徴。先頃惜しまれつつ休刊となったクラシック音楽専門誌『レコード芸術』の連載をまとめた一冊です。
この本で紹介されているエピソードをもとに、古楽の世界の入口へご案内しましょう。
恐怖の暴力作曲家!
イギリスのジョン・ブル(1562or63〜1628)は、鍵盤楽器の名手として鳴らし、その作品も鍵盤音楽が中心。このブルさん、ひじょうに気性が激しい人だったそうです。宗教界の権力者カンタベリー大主教を椅子から引き摺りおろして殴る蹴るの暴行をしたり、姦通罪で告発されたりでロンドンにいられなくなり、フランドル(現在のベルギー、オランダ、フランスにまたがる地域)に逃亡してしまいました。
彼の作品《ブル博士のおやすみ》は、暴力沙汰のエピソードとは裏腹に、ほのぼのとしながら、どこか優しさも感じられます。
Faculty of Music Collection, Oxford University所蔵
フランスのヴィオラ・ダ・ガンバの名手アントワーヌ・フォルクレ(1672-1745)。この人はひどいDV男でした。妻と息子に暴力をふるった挙句、息子ジャン=バティスト(この人も父に劣らないガンバの名手でした)を牢獄のような精神病院に閉じ込め、さらに国外追放まで画策するというありえない所業。なのに、その息子は毒父の死後に「不朽の名声を維持するために」として父の作品群を出版し、後世に残したのです。人間てわからないものですね。
アントワーヌ・フォルクレの《組曲第4番》には、どこか激情の片鱗を感じてしまいます。
さまざまな純愛
修道士であり音楽家であり詩人でもあったフランスのギヨーム・ド・マショー(1300-1377)。60歳過ぎのとき、彼の作品のファンだった18歳ほどの少女ペロンヌと交友が始まり、やがてふたりは熱烈な恋に落ちました。しかし、年の差は埋められなかったのか、少女にべつの恋人ができ、結局は破局を迎えることとなります。さすが才能のある人はただの失恋では終わらせません。マショーは二人の手紙や詩歌を厳選し『真実の物語』としてひとつの作品にまとめ上げ、二人の関係を格調高い物語として後世に残すことになったのです。
恋愛スキャンダルの果てに欧州各地を放浪することになったのは、フランスの作曲家アンリ・デマレ(1661-1741)。デマレは、個人レッスン先の少女と相思相愛の仲になりますが、少女の父親の許しを得ることができず、ついに駆け落ち。ふたりの間には子どもも誕生しますが、激怒する父親は法的手段をとり、デマレはついに死刑判決を受けることに。しかしふたりは純愛を貫き、最終的には恩赦を得て帰国が叶うのです。
彼の作品《深き淵より》に通底するそこはかとない切なさには胸が締め付けられます。
古楽殺人事件!
まずは殺人者。イタリアの大貴族でもあったカルロ・ジェズアルド(1561or1566-1613)は、浮気した妻をその相手もろとも殺害! しかし貴族が自らの名誉を守るためであったとして罰せられることはありませんでした。若い頃から音楽愛好家でしたが、事件後の音楽への熱中ぶりは常軌を逸するほどだったそうです。繊細な美しさをもちながらも、ふと不気味な不協和音が影を差すその作品には、人間の心の闇の深さを感じざるを得ません。
殺されてしまった作曲家もいます。ヴァイオリンの名手、作曲家として活躍したフランスのジャン=マリー・ルクレール(1697-1764)は、ある夜自宅前で襲われ刺し殺されてしまいました。当時の詳細な捜査記録が残されていて、どうやら怨恨による殺人だったようですが、殺されるほど恨まれた音楽家というのもどうなんでしょうね。甘美で優雅なのにどこか陰影のある彼のフルート・ソナタを聴くと、底知れぬメランコリーを抱えたルクレールの心情が垣間見られるようにも思います。
*
ここまで『古楽夜話』に収録された6人の作曲家のエピソードをご紹介しましたが、ほかにもJ.S.バッハは大旅行で実際にはなにをやっていたのか、ヘンデルはスパイだった?!、商売上手なフルートの名手、チェスの戦術に名を残した作曲家などなど、この本には興味深いエピソードが満載(おかしな人たちばかりでなく、人格者や良い人のエピソードもちゃんと出てきます)。
各エピソードにおすすめCDを挙げてあるので、CDはもちろん、サブスクなどで実際に音楽を聴きながら読むのがおすすめ。音を体感することで、ぐっと世界が広がります。ぜひ『古楽夜話』を手に“古楽沼”にはまってみてはいかがでしょうか。
『古楽夜話』で紹介した全CDプレイリスト (一部掲載していない参考音源も含みます)
定価 2,530 円(本体2,300 円+税) 四六判・208ページ(音楽之友社)
中世・ルネサンス・バロック期の作曲家たち――12世紀のヒルデガルト・フォン・ビンゲンから18世紀終わりのボッケリーニまで、かれらにまつわるある一夜の出来事を物語仕立てで綴る空想シーンと、最新情報にもとづくわかりやすい解説で各話を構成。古の音楽家がリアルな実体感をもって蘇ります。当時の社会や文学・美術と絡めた視点、映画で描かれたシーンの真相なども盛り込み、さまざまな角度から古楽のおもしろさに迫ります。作曲家のバイオグラフィ、おすすめCDなど資料的情報も充実。古楽器紹介、ミニ音楽史ほか、本書用の書下ろし新原稿も収録。古楽入門のみならず、作曲家・作品事典としても最適!
主なトーク内容(予定)
・「古楽夜話」連載はどうやって始まったか~『レコ芸』連載時のこぼれ話~
・そもそも、“古楽”って、どんな音楽?~中世、ルネサンス、バロック期の音楽の概略~
・作曲家さまざま~敬虔な宗教心、情熱的な恋、破天荒な生涯からスパイ疑惑、殺人まで!?~
・『古楽夜話』掲載の音楽について――聴きどころと聴きくらべ~演奏でこんなに変わる驚き~
日時:2023年11月27日(月)19:30~
会場:ジュンク堂書店 池袋本店 4階喫茶コーナー
定員:30名
入場料:2,000円(ドリンクなし、イベント当日受付で現金にてお支払い)
問い合わせ・申し込み:ジュンク堂書店池袋本店 03-5956-6111 ※要事前予約(ジュンク堂書店池袋本店 1階サービスカウンターまたは電話にて)
詳細はこちらから
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