《椿姫》の舞台をNYへ~オペラ界の“異端児”柴田智子が今を生きる人に贈るオペラの形
ニューヨークを拠点に長年オペラやミュージカルに携わり、またジャンルを横断する「クロスオーバー」歌手の先駆者としても知られる柴田智子さん。昨年、自らプロデュース・演出した《椿姫》を豊洲シビックセンターホールで上演し、大きな評判となりました。
この6月、《椿姫》の改訂版が再び豊洲で上演されます。改めて柴田さんにこの公演の企画意図や、《椿姫》という作品について伺いました。
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
ヴィオレッタに息子がいたとしたら? 今の時代に合わせてオペラをもっと自由に
——実は私、1995年にリリースされたアルバム『マンハッタン・ドリーム』が大好きで、ディズニーやミュージカルのナンバーを歌う柴田さんの音楽に魅せられました。ちょうどクロスオーバーというジャンルが注目を集め始めた頃だったと思うのですが、そんな柴田さんが《椿姫》という、いわばオペラのど真ん中に位置する作品を演じようと思われた、その意図をお聞かせください。
柴田 おっしゃるように、これまで私の音楽活動はクロスオーバーが多く、オペラに出演する機会は限られていました。でも最近、自分の声のリミットということを考え始めて、まだ高音がきちんと出る今のうちに、好きなオペラを歌っておきたいという思いから昨年の公演を企画しました。
今を生きる喜びとして心に響く歌を世界に発信するソプラノ。アメリカ音楽のスペシャリスト。現在は日本語の歌にも力を入れる。
武蔵野音楽大学を卒業後、ジュリアード音楽院に学び、リンカーンセンター、カーネギーホール、サントリーホール、新国立劇場等にてオペラに出演。国内外でミュージカル「王様と私」、蜷川幸雄の「魔女の宅急便」等にも主要キャストとして出演。NY.TIMESから何度となく高い評価を得る。
クロノスカルテット等と現代音楽の初演を数多く手がけイタリアへ留学、バーンスタインの音楽を普及させる。新日本フィル、読売日響、東響、アカデミー管等とも共演。EMI専属歌手として3枚のCDをリリース、バーンスタインの曲を収録した「マンハッタン・ドリーム」著名なエンジニア・プロデューサーのジョン・マックルーア氏との共同プロデュースが話題を呼ぶ。とくにアリアになったビートルズ「Let it be」は史上初の女性カバー。
近年では、豊洲シビックセンターホールにて「柴田智子の自由で素敵なコンサート」を2020年6月より開催。2024年5月には、同ホールで自身のプロデュース・演出による「Message from Violetta ~La Traviata~」を手掛け、主演。東京オペラプロデュース「ビバ・ラ・マンマ」プリマドンナ役(新国立劇場)、東京二期会主催「メリー・ウィドー」シルヴィアーヌ役や「天国と地獄」ジュノー役(日生劇場)に出演。昭和音楽大学・桜美林大学講師。二期会会員
——昨年の公演の評判はいかがでしたか。
柴田 幸いなことに良い手応えを感じました。ミュージカルを学んでいる学生さんや、コアなオペラ・ファンではない一般のお客様にも大勢いらしていただけて、今の時代に合ったオペラを、という思いがある程度受け入れられたと思います。
私自身、これまで《椿姫》という作品をメトロポリタン歌劇場をはじめ、いろいろな劇場で観てきましたが、実は心から感動できたことがなかったんです。そこで、来てくださるお客様がすんなりとわかるように、とくに今の時代を生きる若い方たちに興味を持ってもらえるようにと考えて、ヴィオレッタに息子がいてその子孫が現代のニューヨークで暮らしている、という設定を思いつきました。
——それがロバートですね。
柴田 そうです。ロバートはニューヨークの裕福な家庭で育った青年として登場します。今年はとくに彼の境遇に今のアメリカの社会状況を反映させています。
父がニューヨークでレストランを経営していたのですが、ロバートの恋人ルチアを含む従業員が全員イリーガルな滞在だったために、強制送還されることになります。ロバートは恋人を失い、父のレストラン経営も芳しくない状況が続きます。そんな時、父から手渡された古い箱の中に、ヴィオレッタが残した古い日記を見つけ、ロバートがその日記を読み始めると、200年前のパリに舞台が移っていく、という筋立てになっています。
《椿姫》全曲は少し長いのでカットを施していますが、スコア自体には手を入れていません。ヴェルディが書いた音楽そのものの魅力を味わっていただければと思います。
ヴィオレッタは実はすべてを手に入れた女性だと思う
——ヴィオレッタは高級娼婦で最後は亡くなってしまう、悲劇のヒロインの代名詞のようにいわれますが、柴田さんはヴィオレッタをどんな女性だと考えていらっしゃいますか。
柴田 ヴィオレッタにはおそらく家族がおらず、自分の命が長くないと知っていた彼女は、高級娼婦になってからは当然家族を持つことなど考えもしなかったはずです。そんな中でアルフレードに出会い、彼女はただ純粋に恋をした。
ところがそこに父親のジェルモンが現れ、彼から「別れてくれたら自分の娘として受け入れよう」と言われた時、彼女の頭の中は完全に切り替わった。つまり「家族が持てる」という思いに支配されたんです。
だからラストシーンで、間に合わないかと思われたアルフレードが帰ってきて、ジェルモンもそこにはいて、彼女は愛も家族もすべて手に入れた。諦めていたものがすべて手に入ったという意味で、ヴィオレッタはとても幸せな人だったのではないでしょうか。
ヴィオレッタが最後に発する「gioia!(嬉しいわ!)」という言葉には、「私は幸せだ」という思いが込められていると思います。
——昨年同様、ピアノは追川礼章さんが担当されます。
柴田 追川さんとは私がコロナ禍で企画していたコンサートに出演いただいたのが最初の共演です。オペラ、クラシックからアレンジや自作曲まで、オールマイティで素晴らしいピアニストです。最近開催しているジャズやポップス、昭和歌謡などを歌うライブ・シリーズでもご一緒しています。
実はこのライブから生まれたCDが、《椿姫》後の7月にリリースされます。『Songs of Japan』というタイトルで、日本語の歌を集めました。6月13日に会場での先行発売を予定しています。私と追川さんの共作によるオリジナル曲もあるので、こちらもぜひお聴きください。
日時:2025年6月13日(金)18:30開演
会場:豊洲シビックセンターホール
出演
ヴィオレッタ:柴田智子(ソプラノ)
アルフレード:金山京介(テノール)
ジェルモン/ヴェルディ:髙田智士(バリトン)
ロバート:下司愉宇起
オーケストラピアノ:追川礼章
演出・コンセプト・公演監督:柴田智子
演出監修:三浦奈綾
音楽アドバイザー:久保晃子
チケット・問合せ:(株)T.S.P.I. 03-3723-1723
ライブ配信チケット:サロンダール03-6873-2064
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