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2020.11.12
おやすみベートーヴェン 第332夜【最後の10年】

《ミサ・ソレムニス ニ長調》より「キリエ」——ルドルフ大公の大司教就任のために書いた壮大な作品!

生誕250年にあたる2020年、ベートーヴェン研究の第一人者である平野昭さん監修のもと、1日1曲ベートーヴェン作品を作曲年順に紹介する日めくり企画!
仕事終わりや寝る前のひと時に、楽聖ベートーヴェンの成長・進化を感じましょう。

48歳となったベートーヴェン。作品数自体は、これまでのハイペースが嘘のように少なくなります。しかし、そこに並ぶのは各ジャンルの最高峰と呼ばれる作品ばかり。楽聖の「最後の10年」とは、どんなものだったのでしょう。

ONTOMO編集部
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神楽坂を拠点に、取材・編集作業をしています。

監修:平野昭
イラスト:本間ちひろ
編集協力:水上純奈

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ルドルフ大公の大司教就任のために書いた壮大な作品!《ミサ・ソレムニス ニ長調》より「キリエ」

1819年夏、ベートーヴェンはルドルフ大公の大司教就任を祝う式典のため、ミサの作曲に集中することになりました。

この年の33日に書かれたルドルフ大公宛の手紙(BB1292)は「帝国殿下! 慈悲深くも貴殿下からご伝言を頂きました日、遺憾ながら不在にしておりました。また、その直後ひどい腸カタルに見舞われベッドに横臥しなければならず、そこで貴殿下に手紙を書かなければなりません」という書き出しで、枢機卿からオルミュッツの大司教へと昇任することの祝辞を述べ、後半では「貴殿下のための儀式で私の盛儀ミサが演奏されるであろうまさにその日は、私にとって生涯で最も素晴らしき日となるでしょう。私の弱き力がこの荘厳なる祝祭の日を賛美することに貢献できますように、神が私に啓示を与え給わんことを」と書いている。

このころベートーヴェンの難聴はかなり進み、人との話し合いには筆談帳を常用するようになっていた。当時の筆談メモに「月額給与6フローリン」と記されているのは、ウィーンから連れてきた家政婦のほかにメードリングでもうひとりのお手伝いさんを雇ったときの交渉条件のメモである。《ミサ・ソレムニス》の作曲に専念したいとの思いから、掃除、洗濯や食事等々の日常雑事の一切を二人の家政婦に頼ったのである。

——平野昭著 作曲家◎人と作品シリーズ『ベートーヴェン』(音楽之友社)165、166ページより

ルドルフ大公は、ベートーヴェンが唯一とったという作曲の弟子です。そんな彼の大司教就任式典は、ベートーヴェンにとって大きなものだったに違いありません。進行していく難聴と闘いながら書いたこの作品。まずは「キリエ」(歌詞冒頭のキリエ・エレイソン「主よ、憐みたまえ」の意)からお楽しみください。

作品紹介

《ミサ・ソレムニス ニ長調》Op.123

作曲年代:1819年4月初旬〜23年3月(ベートーヴェン48歳〜52歳)

初演:1823年3月26日

出版:1827年4月

ルドルフ大公に献呈

平野昭著 作曲家◎人と作品シリーズ『ベートーヴェン』(音楽之友社)
ONTOMO編集部
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神楽坂を拠点に、取材・編集作業をしています。

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