プレイリスト
2023.01.13
ただいまショパン第52回

バラード第4番 ヘ短調 Op.52――恩師と親友の死

ショパンの作品を全曲聴いてみよう! ショパン自身がつけた作品番号順に聴くことで、ショパンの“設計図”が見えてきます。

ONTOMO編集部
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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

イラスト:本間ちひろ

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バラード第4番 ヘ短調 Op.52

バラード第4番へ短調・作品52は、1842年から1843年にかけて作られた。当時のショパンの思いがこめられているかのようだ。恩師ジヴニーと親友マトゥシンスキの死。そのような内面の陰影がこの作品には感じられる。

——小坂裕子著 作曲家◎人と作品シリーズ『ショパン』(音楽之友社)134ページより

1842年、故郷の恩師ジヴニーの死の知らせを2月に受け取り、4月20日にはポーランド時代からの友人マトゥシンスキを看取ったショパン。この二人の死は、ショパンの人生に大きな影を落とします。

ヴォイチェフ・アダルベルト・ジヴニー(1756〜1842)現在のチェコにあたるボヘミア生まれで、ポーランドで活躍した音楽家。1816年から22年までショパンにピアノを教えた。
ヤン・マトゥシンスキ(1808〜1842)はポーランド出身の医師で、ショパンの生涯の友人。結核に倒れ、ピガールにあるサンドのアパートで看病するも、「ゆっくりと残酷な苦痛の末、私たちの腕の中で息絶えた。ショパンは献身的だったが、その後粉々になった」(サンド)

創作活動の点では、量・規模の両面で頂点を迎えていたショパン。暗い影を落とす大作バラードは、このジャンルの最後の曲となりました。

作品はパリ社交界の花形、ショパンのパトロンでもあった銀行家ジェームス・ド・ロスチャイルドの娘シャルロットに献呈されています。シャルロットはショパンのピアノの弟子であり、画家としても活動しました。

作品紹介

バラード第4番 ヘ短調 Op.52

作曲年代:1842-1843(ショパン32-33歳)

出版:1843年

献呈:シャルロット・ド・ロスチャイルド

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