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2019.01.08
映画『ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー~』

今もなお愛され続けるホイットニー・ヒューストンのドキュメンタリーを彩る、あの楽曲たち

48歳で不慮の死を遂げた歌姫 ホイットニー・ヒューストン。本人映像と関係者の証言で綴ったドキュメンタリー映画が公開中。リアルな生きざまとむき出しの感情に触れた魂の歌声を映画とともに再現!

東端哲也
東端哲也 ライター

1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...

© 2018 WH Films Ltd

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ホイットニー・ヒューストンについて私たちが憶えていることといったら、何だろう……。
鮮烈なデビュー以降、洋楽シーンを席巻した80~90年代の全盛期から、世界を熱狂させた映画《ボディガード》の成功。R&B界の問題児ボビー・ブラウンとの結婚、薬物中毒による転落や家族との確執、そして2012年2月11日、48歳という若さでの不慮の死。

かつて、ポピュラー音楽史上最高の女性シンガーと讃えられ、時代を急いで駆け抜けて行ってしまった、そんなスターの知られざる素顔に迫る作品が届いた。

ホイットニー・ヒューストン財団の完全協力のもと、本人映像と関係者証言により作られたドキュメンタリー映画は、初公開となるホームビデオ映像を始め、数多の貴重なアーカイヴ映像や記録写真が全編に満載。

その手法は時に冷徹にも徹し、ファンならずとも思わず目と耳を覆いたくなるような本人の醜態や問題発言、親しい人間からの衝撃的な証言も散りばめられている。しかしそこから滲み出る真実の手応えや重みによって、私たちは不世出のDIVAのリアルな生き様とむき出しの感情に、触れることを許されるのである!

120分の本編に織り込まれた数多の名曲たちとその裏側に隠されていた真実。たとえよく知っているはずの人気曲であっても、ひとたび映画を観終わった後で再度耳にしたならば、きっとそれまでとは違った印象で深く胸に迫って来るはず。ここではそんな気になる楽曲のいくつかを紹介しよう。

〈ホーム〉アルバム『ホイットニー・ヒューストン・ライヴ』(2014年)収録

オリジナルは映画《オズの魔法使》(1939年)と同じ原作を、アフリカ系アメリカ人のキャストで舞台化したブロードウェイ・ミュージカル《ザ・ウィズ》(1975年)のクライマックスで披露される主人公ドロシーのナンバー。1978年の映画版では34歳にしてこの役を演じたダイアナ・ロスによっても歌われるこの曲を、10代のホイットニーは得意にしていたようだ。映画では、母親と共にライヴ・ハウスに出演していた19歳の彼女が、母シシーのステージの合間に用意された自分のコーナーで、この曲を歌う場面が登場する。ちなみにこの時の見事な歌唱がアリスタ・レコードの創業者クライヴ・デイヴィスの目と耳にとまり、同社と契約。1985年のアルバム・デビューへと繋がるのであった。

ホイットニーの母親シシー・ヒューストンはエルヴィス・プレスリーやアレサ・フランクリンのバックコーラスを務めたこともあるソウル・シンガー。仕事柄、ツアーなどで家を空けることが多く、幼いホイットニーは親戚や友人に預けられることも多かったとか。母を見送るたびに泣いていた彼女は11歳で教会の聖歌隊に入り、13歳でプロの歌手を目指すようになる。シシーはソロ歌手として成功しなかった自分の夢を託すように、厳しく娘を指導するのだが、そんな母親の浮気(相手は教会の牧師)で両親はやがて離婚してしまう。一方、ホイットニーはというと、16歳の夏にバイト先のキャンプ場で終生の親友となるロビン・クロフォードと出会い、18歳になると母親に反発して家を飛び出し、ロビンと共同生活を送るようになるのだった。ホイットニーは、ドロシーが「愛に溢れた場所、わが家に戻りたい」と歌うこの曲〈ホーム〉をどのような想いでカヴァーしていたのだろうか……。

〈すてきなSomebody〉アルバム『ホイットニーⅡ』(1987年)収録

本作は何かに追いかけられて必死で逃げる悪夢について語るホイットニーの言葉で幕を開ける。目覚めると走り疲れたように息切れしていたという彼女に、母親の「悪魔があんたの魂をねらっている」と告げる声が重なっていく衝撃的な場面だ。

実際、ホイットニーはとても美しい女性だった。ニュージャージーのカトリック系の女子校でも入学したその日から彼女のエキゾチックな容姿は目を惹き、称賛と敵意の的にされただろう。そして高校時代から大手事務所と契約して有名ファンション誌のページを飾り、歌手デビューを果たす前から当時のトップ・モデルのひとりとして活躍していた。しかし眩しい光の下には必ず影が生まれるもの。母親が心配したように、彼女の美貌が恐ろしい悪魔を引き寄せたりはしなかっただろうか? 実は映画の終盤で義理の姉(実兄ゲイリーの妻)パット・ヒューストンによってホイットニー最大の秘密が明かされるのだ!

この曲〈すてきなSomebody〉は彼女の人気を決定付けた2ndアルバムからのファースト・シングルで4曲目となる全米No.1ソング。デビュー・アルバムに収録されたヒット曲〈恋は手さぐり〉と同じく売れっ子ナラダ・マイケル・ウォルデンがプロデュースした、弾けるようなポップ・フィーリングを持つダンス・チューン。ヴァイタリティと健康美に溢れ、まさに誰からも愛される女性ホイットニーの魅力を象徴するようなナンバーだが、その背後にあれ程の深い暗闇が隠れていたことを知ったならば、この曲の印象も違ってくるはず。

〈スター・スパングルド・バナー(アメリカ国家)〉『ホイットニー・ヒューストン・ライヴ』収録

2枚のアルバムからシングル・カットした7曲を連続して全米チャートのNo.1に送り込む前人未踏の快挙を達成し、3枚目のアルバム『アイム・ユア・ベイビー・トゥナイト』も大ヒット。名実共にポピュラー音楽シーンのスター歌手となったホイットニーだが、1991年・第25回スーパーボウルでのアメリカ国歌独唱パフォーマンスは、彼女を単なる人気アーティストから、国民的アイコンにまで高めた歴史的な瞬間だった。

当時、湾岸戦争に突入していたアメリカにとって、彼女の歌は愛国心の象徴となり、国歌としては異例の全米シングルチャート20位に堂々のランクインまで果たす。そして後の2001年に同時多発テロが起きた際にも再びリリースされ、今度は6位まで上昇することとなる。

それもこれも、オーケストラをバックに自信に満ちた表情で伸びやかに希望を歌い上げる、あの圧倒的な歌唱があってこそ。本作の劇中では世紀のパフォーマンスが生まれた背景、いかにして人々の心を掴んだのか、あの独特の4拍子アレンジ(アメリカ国歌は普通3拍子で歌われる)にまつわる秘密についてもたっぷりと描かれているのでお見逃しなく。

〈オールウェイズ・ラヴ・ユー〉『映画《ボディガード》OST』(1992年)収録

そして彼女の代名詞ともいえるあまりに有名なこのナンバー。劇中では映画《ボディガード》のヒロイン役になぜ(ケヴィン・コスナーの相手として)異人種であり、スクリーンでの経験もないホイットニーが選ばれたのか、本来カントリーシンガーのドリー・パートンの持ち歌であったこの曲がなぜ主題歌に選ばれたのか、ア・カペラで始まる心に残るあのイントロを考えついたのが誰なのかが描かれていて、本作最大の見どころとなっている。

加えて、この曲で手にした大いなる成功が、ホイットニーの周囲の人間たち(娘のマネージメントに精を出す父親、職を持たず妹のツアーに同行しておこぼれに与っている兄弟たち、そして妻とは対照的にかつての輝きを次第に失っていく元スターの夫、ボビー・ブラウン)を巻き込んで、彼女の運命をどのように変えていったのかをぜひ見届けて欲しい。

そして、ホイットニーが生涯で唯一心を開いたといわれるロビン・クロフォードとの関係にも注目。兄ゲイリーが「同性愛者だ」として忌み嫌っているこのロビン本人のインタビュー・コメントは本作には登場しないが、ボビー vs ロビンのホイットニーを巡る激しい衝突も、家族問題と並んでホイットニーの人生のダークサイドの構成要因だったことは明白である。「いつまでも、私はあなたを愛するでしょう」と歌い上げるこの究極のラヴ・ソングを聴きながら、果たしてホイットニーが本当に愛したのは誰だったのか、彼女が追い求めていた真実の愛の姿とは一体何だったのか、考えずにはいられない。

〈グレイテスト・ラヴ・オブ・オール〉『そよ風の贈りもの』(1985年)収録

最後に紹介するこのナンバーはいわずと知れた3枚目となる全米No.1ソングだが、彼女にとってはデビュー前から母シシーと一緒のステージで持ち歌のひとつとしていた、大切な曲でもある。オリジナルは1977年にモハメド・アリの伝記映画《ザ・グレイテスト》のテーマ曲として書かれたもので、ギタリストのジョージ・ベンソンが歌っていたもの。ロマンティックなラヴ・バラードのようにも聴こえるが、歌詞の内容からしても自分の揺るぎない信仰心を讃えるような志の高い曲であることがわかる。

前述したように、義理の姉の口からホイットニーを幼少期から蝕んでいた暗闇の正体(※衝撃の内容はぜひ劇場で!)を知った今となっては特に、この曲の「私から何を奪おうと、尊厳だけは奪えない」というフレーズを涙なくして聴くことはできない。悪魔はずっと昔からホイットニーの心に巣くい、彼女はずっとそれと闘って、逃げるようにして愛を求め続けていたのだ!

 

1月4日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
映画『ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー~』

監督:ケヴィン・マクドナルド 製作:サイモン・チン『シュガーマン 奇跡に愛された男』、ジョナサン・チン、リサ・アースパマー 編集:サム・ライス=エドワーズ 撮影:ネルソン・ヒューム

出演:ホイットニー・ヒューストン、シシー・ヒューストン、エレン・ホワイト、メアリー・ジョーンズ、パット・ヒューストン、ボビー・ブラウン、クライヴ・デイヴィス、ジョン・ヒューストン、ケヴィン・コスナー、ケニー“ベイビーフェイス”エドモンズ

配給:ポニーキャニオン/STAR CHANNEL MOVIES

東端哲也
東端哲也 ライター

1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...

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