プレイリスト
2023.05.15
特集「ラフマニノフ」

ラフマニノフの真髄に迫る名曲5選〜これであなたも“ラフマニア”

ラフマニノフ愛にあふれるチェリストの伊藤悠貴さんが、ラフマニノフをディープに知るための名曲5作品をトリビアとともにご紹介!
ラフマニノフ・ビギナーにとって必聴の名曲5選とあわせて、ぜひラフマニノフ沼にはまっていきましょう!

生まれ変わったらラフマニノフのチェロ・ソナタになりたい!
伊藤悠貴
生まれ変わったらラフマニノフのチェロ・ソナタになりたい!
伊藤悠貴 チェロ奏者、ラフマニノフ研究家

15歳で渡英。王立音楽大学在学中、ブラームス国際コンクール、ウィンザー祝祭国際弦楽コンクールに優勝。名門フィルハーモニア管弦楽団との共演でデビューして以来、国内外の主...

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

音楽は心で生まれ、心に届かなければ意味がない。

-セルゲイ・ラフマニノフ(1873〜1943)

続きを読む

ラフマニノフ生誕150年。哀愁に満ちた交響曲第2番をはじめ、ピアノ協奏曲第2番、前奏曲などのピアノ作品は、今や定番曲として日本でもすっかりお馴染みとなりました。

もっとディープにラフマニノフを知りたい! というファンの方から、ラフマニノフはまだ……というビギナーの方まで、まずは読んでいただきたい新感覚のラフマニノフ名曲5選。

今日から使えるトリビア、イチ推し音源のご紹介と合わせて、ラフマニノフ研究をライフワークとするチェリスト・伊藤悠貴がご案内します。

1. 合唱交響曲《鐘》(作品35)

本人のお墨付き!“ベスト・オブ・ラフマニノフ”

最初にご紹介するのは、ラフマニノフが自身の最高傑作として公言したリアル・ベスト・オブ・ラフマニノフ。3人のソリスト、合唱、オーケストラによる4楽章の大作で、エドガー・アラン・ポー(米・詩人)の詩を基に、人生の4つの大きなイベントを鐘になぞらえています(誕生=銀の鐘、結婚=金の鐘、苦難=銅の鐘、葬送=鉄の鐘)。魂の浄化と永遠の平安の訪れを歌う最終楽章の終結部は、ラフマニノフの書いた音楽の中でももっとも美しいものと言って過言ではありません。

トリビア

ラフマニノフは自身のトレードマークとして、ロシア正教会の鐘のモチーフや、グレゴリオ聖歌(中世ヨーロッパの教会音楽)の「怒りの日」的な音型を多用しましたが、意外にも後者に関しては、彼が正確に原曲を知ったのは晩年になってからのことでした。本作品にもそれらしい音形が多く登場しますが、このときはそれが何なのか、実はまだよくわかっていなかったようです。

 

「怒りの日」譜例

イチ推し音源:キリル・コンドラシン(指揮)/モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

2. 無伴奏合唱曲《徹夜祷》(作品37)

オーケストラもピアノもいらない! 声だけによる“究極のラフマニノフ”

ラフマニノフが前述《鐘》と並んで気に入っていたもう一つの作品。全15曲を通して人の声のみで奏でられます。ラフマニノフが幼い頃から大きな影響を受け続けた聖歌と、彼独自の音楽が完璧にブレンドされ、壮大なオーケストラにまったく引けを取らない合唱の立体感は圧巻です。

特に第9曲「キリストの復活」(古の呪文のようなタイトル「主や爾は崇め讃めらる」で表記されることも)では、ラフマニノフ音楽の大きな特徴の一つである絵画的な響きを存分に楽しめます。

トリビア

ラフマニノフは《聖金口(せいきんこう)イオアン聖体礼儀》(作品31)というもう一つの無伴奏合唱曲の傑作を遺していますが、全体を祈りの儀式で使用できる形で作曲したにもかかわらず、「芸術的すぎて祈りへの意識が奪われる」という理由で、当時の聖職者からはNGを食らいました。

イチ推し音源:ゲオルギ・ロベフ(指揮)/ブルガリア国立合唱団

ニコライ・コルニエフ(指揮)/サンクトペテルベルク室内合唱団

3. 《6つの歌曲》(作品38)

おーい!(……歌曲のタイトルです)

次にご紹介するのは、抒情歌曲をたくさん書いたラフマニノフが最後に行き着いた、不思議な雰囲気に満ちた歌曲集。第4曲「ねずみ取り」や第6曲「おーい!」など、題材からして風変わりなものが多く、第5曲「夢」に至っては、あたかも幻想が現実であるかのような錯覚をもたらします。音楽も歌詞も一見謎だらけですが、聴けば聴くほど、これこそがラフマニノフの本来の姿なのだと確信してしまうほどに、どんどん味が染みてくる歌曲集です。

トリビア

ラフマニノフは元の予定では、「祈り」「神の栄光」というもう2つの歌曲も曲集に含めるつもりでしたが、それらは彼の死から30年経って遺作として世に出されました。「神の栄光」はラフマニノフが書いた最後の純粋な歌曲であるため、最初期の歌曲「聖なる僧院の門のかたわらに……」と合わせると、彼の最初と最後の歌曲はどちらも宗教的主題のもとに書かれていたことがわかります。

イチ推し音源:エリザベート・ゼーダーシュトレーム(ソプラノ)/ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)(ラフマニノフ:歌曲全集)

4. ピアノ協奏曲第4番(作品40)

旋律? 斬り捨て御免!

ロシア革命を機にアメリカに亡命したことで、故郷の自然から得ていたインスピレーションは消え、演奏活動に忙殺されていたラフマニノフが苦労の末に完成させた曲。人気と地位を得る必要があった頃のピアノ協奏曲第2番と違って、美メロはほとんどなく、瞬間的に甘美な雰囲気が現れてもすぐにぶった斬ります。断片的な旋律の積み重ねによる急展開の連続で、気付くと曲が終わっている……。とにかく爽快、終始スマート。

トリビア

ラフマニノフは1914年にこの作品の作曲を始めたとされていますが、作曲の中断を経てようやく1926年に完成しました。初版は「長すぎる」と批判され、その後改訂を重ね、最終版が完成したのは1941年のこと。実に27年という年月を要しました。

イチ推し音源:セルゲイ・ラフマニノフ(ピアノ)/ユージン・オーマンディ(指揮)/フィラデルフィア管弦楽団(1941年最終改訂版)(ラフマニノフ:自作自演全集)

5. 《交響的舞曲》(作品45)

贅沢な“ラフマニノフの詰め合わせ”

ラストはこちら。改訂や編曲を除いてラフマニノフが書いた最後の作品で、ラフマニノフが大切にしてきた自身の作品(前述《鐘》や《徹夜祷》も含む)のオマージュが走馬灯のように現れます。この作品こそラフマニノフを知る一番の近道と言えるでしょう。

トリビア

ラフマニノフは、満を持して発表した交響曲第1番(作品13)の初演失敗や他の不運によって、重度の自信喪失に陥ったことがありました。その後。彼はその交響曲を封印し、生前は一度たりとも再演されることはなかったのですが、なんと本作品には密かにその交響曲のテーマを引用しています。最後の最後にして、ラフマニノフは自己最大のトラウマを克服したのです。

しかし本作品の作曲当時、実は交響曲第1番の楽譜は失われたものとされていたため、この引用は“自分だけにとっての秘密”になると、彼は信じていたでしょう。交響曲の楽譜は、奇跡的に別人によって回収されていたパート譜が発見されたことで、ラフマニノフの死後に復元されました。

イチ推し音源:セルゲイ・ラフマニノフ(ピアノ)/他(ラフマニノフ、交響的舞曲を弾く)

ウラディーミル・アシュケナージ(指揮)/フィルハーモニア管弦楽団

番外編

6. チェロ・ソナタ(作品19)

ラフマニノフ初期の傑作の一つで、筆者が「生まれ変わったらこの曲になりたい」と思っている作品です。ラフマニノフが室内楽の作曲家としても優れていたことがわかるという意味で、番外編にランクイン。ベートーヴェン以降の輝かしいチェロ・ソナタの系譜の中でも、圧倒的な存在感を放っています。

トリビア

ラフマニノフは乗り物が大好きでした。汽車を自分の家と喩え、車の運転もうまく、おまけにボートの趣味まで。チェロ・ソナタにもその影響が現れており、第2楽章にはロマンティックな汽車の描写が登場します。

イチ推し音源:ダニール・シャフラン(チェロ)/ヤコブ・フリエール(ピアノ)

執筆者の音源もご紹介!

7. 歌劇《フランチェスカ・ダ・リミニ》(作品25)

あまり日本では取り上げられませんが、ラフマニノフはオペラの分野でも偉大な功績を残しています。ダンテ(伊・詩人)の叙事詩『神曲』で描かれる悲恋を題材とした本オペラ以外には、《アレコ》と《吝嗇の騎士》があり、“オペラなのに器楽的”な抒情性を持った斬新なスタイルで、ラフマニノフのオペラは20世紀ロシア歌劇の重要な先例となりました。

トリビア

オペラ自体は1905年に完成しましたが、第2場に登場する「愛の二重唱」だけは1900年の夏に完成していました。前述の自信喪失(《交響的舞曲》トリビア参照)からの復活の象徴として、ピアノ協奏曲第2番を挙げるのが一般的ですが、筆者はそれよりも書かれた時期の早い「愛の二重唱」こそ、彼の再起を決定付けていると考えています。

イチ推し音源:ネーメ・ヤルヴィ(指揮)/エーテボリ交響楽団(ラフマニノフ:オペラ全集)

「ラフマニノフの真髄に迫る名曲5選(+2選)」、いかがでしたでしょうか。“ラフマニア”になった方は、次はぜひ周りの方に、ラフマニノフの魅力を思う存分! 語っていただけたら幸いです。

ラフマニノフの演奏会情報
東邦音楽大学エクステンションセンター講座「ラフマニノフ生誕150年・ロシア象徴主義と銀の時代」(演奏付き)

日時: 2023年5月27日(土)14:00~16:00

会場: 東邦音楽大学文京キャンパス

内容: 第1部 ラフマニノフとロシア象徴主義
第2部 ラフマニノフの生きた銀の時代
第3部 ラフマニノフ作品のチェロとハープによる実演
まとめ ラフマニノフの音楽

講師: 伊藤悠貴

共演: 中村愛(ハープ)

受講料: 4550円(資料代含む)

詳しくはこちら

 

浜離宮アフタヌーンコンサート  伊藤悠貴&中村愛デュオリサイタル ラフマニノフ生誕150年記念

日時: 2023年6月29日(木)13:30開演

会場: 浜離宮朝日ホール

出演: 伊藤悠貴(チェロ)、中村 愛(ハープ)

曲目: J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲第1番 BWV1007 (チェロ独奏)、F.シューベルト/セレナーデ D957-4(歌曲集『白鳥の歌』より第4番)(ハープ独奏)、R.シューマン/3つのロマンス Op.94、P.チャイコフスキー/花のワルツ Op.71a(バレエ音楽『くるみ割り人形』より)、N.リムスキー=コルサコフ/太陽への賛歌(オペラ《金鶏》より)

S.ラフマニノフ/前奏曲《鐘》 Op.3-2(ハープ独奏)、曳舟人夫の歌、作品番号付きの歌曲集より「ああ、私の畑よ」Op.4-5 、「睡蓮」Op.8-1 、「小島」Op.14-2 、「リラの花」Op.21-5、「キリストは蘇り給いぬ」Op.26-6 、「ヴォカリーズ」Op.34-14 、「雛菊」Op.38-3、交響曲第2番より第3楽章「アダージョ」Op.27

料金: 5000円(全席指定)

詳しくはこちら

みなとみらいアフタヌーンコンサート2023後期 《オール・ラフマニノフ》 伊藤悠貴 チェロ・リサイタル ラフマニノフ生誕150年記念

日時: 2023年11月2日(木)13:30開演

会場: 横浜みなとみらいホール

出演: 伊藤悠貴(チェロ)、渡邊智道(ピアノ)

曲目: 【オール・ラフマニノフ・プログラム】6つの歌曲 op.4(伊藤悠貴編曲)、6つの歌曲 op.38(伊藤悠貴編曲)、2つの聖なる歌<遺作>(伊藤悠貴編曲)チェロ・ソナタ ト短調 op.19

ラフマニノフ本人が愛用したピアノ「1932年製ニューヨーク・スタインウェイ “ex-Rachmaninoff”」を使用

詳しくはこちら

生まれ変わったらラフマニノフのチェロ・ソナタになりたい!
伊藤悠貴
生まれ変わったらラフマニノフのチェロ・ソナタになりたい!
伊藤悠貴 チェロ奏者、ラフマニノフ研究家

15歳で渡英。王立音楽大学在学中、ブラームス国際コンクール、ウィンザー祝祭国際弦楽コンクールに優勝。名門フィルハーモニア管弦楽団との共演でデビューして以来、国内外の主...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ