レポート
2025.12.26
マキシム・パスカル、沼尻竜典、出口大地が指揮

「第九」2025 聴き比べ!Vol.1 ~読売日響×神奈川フィル×日本フィル

年末の定番であるからこそ、オーケストラのカラーが出る「第九」。今年も各オーケストラ、こだわりの布陣と構成となりました。ここでは3楽団を聴き比べ! 読売日響は共演を重ねるマキシム・パスカルを、神奈川フィルは音楽監督・沼尻竜典を、日本フィルは若手の出口大地をそれぞれ指揮に迎えた「第九」公演をレポートします。

取材・文
加藤浩子
取材・文
加藤浩子 音楽物書き

東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院博士課程満期退学(音楽史専攻)。音楽物書き。主にバッハを中心とする古楽およびオペラについて執筆、講演活動を行う。オンライン...

音楽の友 編集部
音楽の友 編集部 月刊誌

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...

読売日本交響楽団の「第九」公演(12月20日・東京芸術劇場)©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

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多彩な音色、劇的表現の「第九」~読売日本交響楽団

《第九》1本という潔いプログラムで臨んだのは読売日本交響楽団。指揮はフランスの若手で、近年共演を重ねているマキシム・パスカルである。両者は直前に二期会公演のベルリオーズ《ファウストの劫罰》で共演しており、その余韻を感じさせるオペラティックな演奏となった。

指揮のマキシム・パスカル ©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

まずは音色の多彩さを挙げたい。各パートの「色」が際立ち、音響がカラフルに、重層的に迫ってくる。とりわけ、思わぬところで立ち現れる管楽器の煌びやかな競演には耳を奪われた。第1楽章の小コーダや第2楽章のトリオで、金や銀のかけらに映える光のように煌めいた木管楽器群は忘れ難い。弦は弾力があり、芯に透明感がある。第3楽章のカンタービレな旋律は、しなやかに流れながらプリズムのように繊細に色を変えてゆく。特別客演コンサートマスター日下紗矢子の牽引力も大きい。

速めのテンポと躍動感も、音楽をヴィヴィッドに活気づける。第2楽章では、クレッシェンドのテンポやボリュームを微妙に変え、駿馬の手綱を操るような冴えを見せた。そしてダイナミズムと劇的表現。第4楽章のメリハリの効いた壮麗さはまさにオペラ的であり、この先にベルリオーズがいることを確信させるものだった。オーケストラの精度の高さも、この美演に大いに貢献したと思う。

合唱と独唱は第4楽章の「歓喜の歌」直前で入場。音楽のスピード感にふさわしい演出で、視覚的にも緊張感が高まった。テノールのシヤボンガ・マクンゴは明るく力強い響きで喜びを歌い上げ、ソプラノ熊木夕茉はやや細いながら映えのある高音を聴かせ、《ファウストの劫罰》で共演したばかりのメゾ・ソプラノ池田香織は安定した深い音色で魅せた。新国立劇場合唱団の、整ったディクションが可能にした立体的な表現も圧巻だった。

ソリストたち(左からソプラノ熊木夕茉、メゾ・ソプラノ池田香織、テノールのシヤボンガ・マクンゴ、バス・バリトンのアントワン・ヘレラ=ロペス・ケッセル)
公演データ

日時:12月21日(日)

会場:東京芸術劇場

出演

指揮:マキシム・パスカル

ソプラノ:熊木夕茉

メゾ・ソプラノ:池田香織 

テノール:シヤボンガ・マクンゴ

バス・バリトン:アントワン・ヘレラ=ロペス・ケッセル

合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:平野桂子)

読売日本交響楽団

曲目

ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱付き」

歌心に満ちた正統派の「第九」~神奈川フィルハーモニー管弦楽団

神奈川フィルの「第九」(12月23日・ミューザ川﨑シンフォニーホール)©撮影:藤本史昭

音楽監督の沼尻竜典が指揮台に立った神奈川フィルハーモニー管弦楽団は、「第九」ときいておそらく多くの日本人が思い浮かべるような正統派の演奏を聴かせた。楽譜に忠実に、劇的で高揚感があり、一方で重心は安定してバランス感覚もあり、安心してベートーヴェンの音楽に身を委ねることができる。沼尻とオーケストラの良好な関係性も感じられた。

第1楽章の怒涛のような第1主題と嵐のようなコーダ。第2楽章の二つの主題の鮮やかな対比と、それが醸し出す躍動感。複数のマレットを使い分けて響きやアクセントを微妙に変えるティンパニが効果的だ。トリオは一転して温かみに満ちる。

第3楽章では、歌心に満ちた旋律を丁寧にかつ熱気を込めながら歌いあげてゆく手腕に、オペラ指揮者沼尻の実力を感じた。ホルンのソロが秀逸。ほぼ切れ目なく突入した第4楽章では、ベートーヴェンが意図した高揚への道筋が鮮やかに示された。「歓喜の歌」のカンタービレも美しい。最後はテンポを速め、一気呵成に振り切った。

ソリストは第4楽章の途中から登場。比較的重量級の歌手が揃う。4人のアンサンブルでのバランスも良かった。ソプラノ伊藤晴がブリリアントな音色、よく通る高音で傑出。チャールズ・キムは柔軟性のあるヘルデンテノール。バリトン青山貴も堂々と押し出しの強い歌で魅了した。神奈川ハーモニック・クワイアの合唱は厚みがあり、荘厳で、ベートーヴェンが描いた天上の讃歌への共感に満ちていた。

ソリストたち(左からソプラノ伊藤晴、メゾ・ソプラノ山際きみ佳、テノールのチャールズ・キム、バリトン青山貴)

前半はクリスマスシーズンにちなんで、バッハの待降節とクリスマス用のオルガン・コラールと、トランペットとオルガン用に編曲したヘンデルの組曲が演奏された。ミューザ川崎の看板であるオルガンと、オルガン台からのトランペットが燦然とホールを満たした。抜群の音響が生かされた、ミューザ川崎らしいチョイスだった。

左から林辰則(トランペット)、小島弥寧子(オルガン)

公演データ

日時:12月23日(火)

会場:ミューザ川崎シンフォニーホール

出演

指揮:沼尻竜典

ソプラノ:伊藤晴

メゾ・ソプラノ:山際きみ佳

テノール:チャールズ・キム

バリトン:青山貴

合唱:神奈川ハーモニック・クワイア(合唱指揮:岸本大)

トランペット:林辰則

オルガン:小島弥寧子

神奈川フィルハーモニー管弦楽団

曲目

J.S.バッハ:『18のライプツィヒ・コラール集』より「いざ来ませ、異邦人の救い主よ」BWV659

J.S.バッハ:『オルガン小曲集』より「われらキリストを讃えまつらん」BWV609

ヘンデル:組曲ニ長調HWV341より Ⅰ.序曲 Ⅲ.エア(メヌエット) Ⅳマーチ(ブーレ)

ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op.125「合唱付き」

フレッシュでピュアな「第九」~日本フィルハーモニー交響楽団

日本フィルの「第九」(12月13日・横浜みなとみらいホール)©藤本史昭

日本フィルハーモニー交響楽団は、若手の出口大地とベテランの小林研一郎が今年の「第九」を担当。筆者が聴いた出口組ではソリストにも注目の若手を迎え、フレッシュな演奏となった。

出口の指揮は丁寧で、音符を隅々まで掘り起こし、軽快なテンポながら慎重に音楽を進めていく。音色はピュアで温かく、レガートは伸びやかで、横の線が強調される。そのような音楽作りがもっとも生きたのは第3楽章で、永遠に続くかのような長くゆったりしたフレージングは、まさに天上の音楽にふさわしいものだった。最後のファンファーレの清々しさも特筆に値する。

独唱陣はベルカントもので活躍する若手が中心。砂田愛梨は安定した技術と艶やかな声でくっきりとソロを聴かせ、山下裕賀はしっかりした支えのある美声で四重唱をリードした。石井基幾はリリカルで柔軟な声を生かしたソロで存在感を発揮し、高橋宏典は若々しくスタイリッシュな声で「歓喜の歌」の口火を切った。合唱も瑞々しく、未来を感じさせる「第九」となった。

前半は「第九」と同時代のウェーバー「《オベロン》序曲」。後半に向けて違和感のない選曲だった。

公演データ

日時:12月13日(土)

会場:横浜みなとみらいホール

出演

指揮:出口大地

ソプラノ:砂田愛梨 メゾソプラノ:山下裕賀

テノール:石井基幾 バリトン:高橋宏典

合唱:東京音楽大学(合唱指揮:浅井隆仁)

日本フィルハーモニー交響楽団

曲目

ウェーバー:歌劇《オベロン》 序曲

ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》 ニ短調 op.125

取材・文
加藤浩子
取材・文
加藤浩子 音楽物書き

東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院博士課程満期退学(音楽史専攻)。音楽物書き。主にバッハを中心とする古楽およびオペラについて執筆、講演活動を行う。オンライン...

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